第93話 お面とキス
「とりあえずお面は買えたし、次はどこ行く?」
ようやく屋台なんかがある場所に到着すれば、何よりも先にお面を購入した。狐のお面という、祭りなどではよく見かけるお面だった。
人目を集めないためとは言え、顔につけて歩かせれば前が見えなくなって怪我をしてしまうかもしれないので、買ったお面は頭に乗せておいた。
怪我をしないために、奏太が今も手を繋いでいるのだが。
「あの、頭に乗せてるだけってお面の意味あるんですか?」
「ないよりマシ」
「どういう意味ですか」
「ま、こっちの事情」
「なんですかそれは」
お面をつけて人目を避けさせるなんて事を、琴葉に直接言えるわけがない。頭にお面を乗せたからと言って劇的な変化があるわけではないが、心なしか、奏太が少しだけ安心出来た。
「あの子可愛い〜」
「本当だ。あんな子いるんだねぇ」
それでも流石は美少女と言うべきか、お面を乗せたところで、変わらず注目を集めた。むしろお面を乗せた事で幼さが出ているのか、奏太の目にはさっきよりも可愛らしく映っていた。
琴葉の頭に乗る狐のお面は、つけている人の小顔さを強調する。狐のお面に琴葉の整った端正な顔、さらに浴衣という組み合わせは相性が良く、人の目を多く惹きつけた。
「やっぱりお面もなし」
「………奏太くんはよく分からないです」
「分からなくていいんだよ」
琴葉の顔を隠す術がないというのは、奏太を不安にさせる。お面を顔の表面につけるべきか迷うが、初めての祭りでそんな事をするのは良くない。
初めてに関わらず、自分の彼女の顔を隠そうとする事自体があまり良い事ではない。
ひとまず、琴葉の魅力を上げているお面は取っておくべきだろう。そう思って、奏太は手を伸ばした。
「………似合って、ないですか?」
何を勘違いしたのか、琴葉は親指と人差し指に挟んで、頭に乗っているお面の下方を持つ。そして、そのまま頭から取り外し、取ったお面で口元を隠した。
目元だけが隠れる事なく露出され、恥ずかしそうにして奏太と目を逸らす。目を合わせては逸らしたり、合わせては逸らしたりを数回繰り返す。
どうやら琴葉は、自分にはお面が似合っていないから、奏太が回収しようとしていると思ったらしい。
「琴葉に似合わないものはないだろ……」
「そうですか、」
自分から聞いておきながら、琴葉は嬉しそうな顔と照れたような表情を奏太に感じさせた。
「奏太くん、ちょっと来てください」
「ん?寄ればいいのか?」
「いえ、私の前に来てください」
「前にか?」
奏太が琴葉の前に来れば、琴葉は急に背伸びを始めた。必死に腕を伸ばして、奏太の頭に触れる。
(これはやばい……)
本日2度目の正面からの接触は、意識しないようにしてもどうしても意識してしまう。琴葉は一生懸命に取り組んでいるので気づいていないのだろうが、体のあちこちが触れていた。
奏太の浴衣は生地が薄めという事もあり、いつも以上に感触が伝わる。浴衣の中にある、琴葉の胸元を支えているレイヤーの部分に、弾力を与える果実。
こんなの意識するなという方が無理だ。下を見れば熱心な琴葉の表情に、緩んだ胸元が目に入る。雪のように白い肌は、昨日の海でも日焼けをしていなかったらしい。
(………しゃがむか、)
奏太と琴葉の身長差は、他のカップルにも比べてかなりあるので、琴葉が頑張って背伸びをしても少し足りない。
奏太が琴葉を気遣って膝を曲げれば、突然高さが変わったからか、上に伸びていた体のバランスが崩れて、琴葉が前方にふらつく。
幸い奏太が前にいるので転倒する事はないが、奏太の低くなった姿勢と琴葉の背伸びをしていた体では、顔がちょうど同じ高さにあった。
バランスを崩した琴葉は体を前に傾け、奏太の唇と琴葉の唇は重なる。
「っ\\\」
どちらも予測なんてしているはずもなく、不意の出来事に沈黙が生まれた。お互いの唇の感触は鮮明に残っており、カァと音を立てて共に顔を染める。
一度そういう関係にあったとはいえ、好きという感情の有無があっては感じ方も大きく異なる。それの良い例となった。
赤く染まった頬に、瑞々しさのある琴葉の唇は、見ていて色っぽさがある。その唇に指先を当ててしまえば、なまめくような表情が出来上がった。
「………悪い」
「今のに悪いもないです」
「なら良かった」
「それに、付き合ってるんですし、キスくらいは………」
本番はしたのに、キスで照れるカップルなんて恐らく存在しない。『愛』というのは、人の考え方や感じ方を変えてしまうのだから凄い物だ。
科学的には証明できない、人間だからこその良さと言うべきか、数式では決して表せるものではない。
「………このお面付け終わったら、もう一回、、今度は事故じゃなくて優しくしてください」
「あ、あぁ。分かった」
琴葉は奏太にお面をつけているのかと分かると同時に、キスの予約という、言葉に表すには中々恥ずかしい事が起きてしまった。
最後にキスをしたのはあの病室の夜か。それからもっと深まった2人の仲は、愛という関係でさらに強く結ばれた。
今日の祭りでは、本来の祭りとはかけ離れたものを、琴葉に教えてしまいそうだ。
-----あとがき-----
・今話は描写が思うように書けなかったので、後ほど修正する可能性があります。
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