第75話 記憶と夏の始まり?
「ふぅ………」
「今ご飯盛り付けますね」
「ありがとな」
「いえ、今までずっとやってもらってましたし」
風呂から上がってリビングに戻れば、ご飯を盛り付けている琴葉の姿があった。
「ハンバーグか、良く作れたな」
「………これを見てハンバーグと言える奏太くんは凄いとおもいます」
琴葉の言う通り、たしかに見た目は所々で焦げまくっているしハンバーグを作るなら奏太の方が上手いだろう。
だが見た目なんて大した問題じゃなかった。大切なのは誰が作ったかであって、琴葉が頑張って作ったのなら美味しそうに見えてくる。
「座って待っててください、すぐに持って行きますから」
相変わらず似合っているエプロン姿に、動くたびにピョンピョンと揺れるポニーテールはやはり良い。
他にどんな髪型のレパートリーがあるのだろうかとワクワクしながらも、琴葉の盛り付けの手伝いをした。
「座っててと言ったのに………、お疲れでしょうから大丈夫ですよ?」
「琴葉だって疲れてるだろ?」
「私は別に疲れてないですけど………」
琴葉に目を合わせて見れば、急に頬を赤く染めた。どうやら手伝って欲しくない理由があるらしい。
奏太にはこれっぽちもその原因が思いつかないが。
「俺、手伝ったら駄目?」
「駄目ではないです……」
「手伝って欲しくないのか、」
「そうだけどそうじゃないです」
立ち止まって琴葉と話をすれば、琴葉の顔はどんどん赤くなる。
「………何が原因だ?」
思った事を口に出せば、琴葉はついに両手で顔を覆った。指の間から顔の火照りが見え、照れているのは分かるのが、それしか分からない。
「言ってくれないのか?」
空いた耳元でそう呟けば、体をビクッと跳ねさせた。
「言わないと駄目ですか?」
「出来れば言って欲しい」
「…………………からです」
「なんて?」
ボソボソと小さく呟くので、上手く聞き取れなかった。再度尋ねれば、今度は聞き取れる声で話してくれた。
「今日の奏太くんはいつもよりも体が火照って見えます。なので、その……」
「その?」
「思い出してしまったと言いますか………」
琴葉のその言葉に、自身の耳に熱が昇るのを感じた。
完全に予想していなかった言葉が出てきたので、今の攻撃を直で受けてしまった。
奏太にとっては、そのセリフよりも琴葉の表情に心臓を掴まれた。
顔を真っ赤にし、視線を逸らして恥ずかしながら放つそのセリフは、普通に言うよりも何倍にも攻撃力が跳ね上がる。
奏太も忘れかけていた物を色々思い出して、今の琴葉の表情とリンクした。
「琴葉………、それはずるい」
「ごめんなさい。でも今日の奏太くんはそれくらい……」
気温が少しずつ上昇しつつある外の気候に、拓也からの夏休みの提案。それだけで、いつもの運動よりも激しめになった事は大いに予想がつく。
普段よりも多い運動量をこなした後の入浴なので、今日の奏太がいつもより火照って見えてしまうのも筋が通った。
「ちょっと顔洗ってくる……」
「私は、、ご飯机に運んでおきます」
再び脱衣所に来てみれば、自分でも見て分かるくらいに顔に熱を集めていた。
(………あれは反則だろ)
あの状況で耐えた自分は素直に凄いと思う。並みの男子ならあの誘惑には勝てない筈だ。
それでも何とか耐えたのは、それほどまでに琴葉を大切に思っているからか。
蛇口を捻って冷水を出す。それを手にためて顔を濡らせば、より冷たさを感じた。
一度だけでなく、二度、三度と繰り返していくうちに、ようやくほとぼりが冷めてきた。
(………戻るか)
心なしかドギマギしながらもリビングに行けば、すでにテーブルに座った琴葉がいた。
ポニーテールの後ろ姿から見える頸は、純白から薄い赤色に変わっていた。
「ごめん。………食べるか、」
「そうですね」
変な空気にならぬよう、いつも通りを演出しながら会話を始める。
「そういえば海とかもあるらしいな、」
「海ですか!?」
今までの空気感が嘘だったかのように、琴葉はテンションを上げた。先程までの真っ赤な顔が嘘かのように、純粋な瞳へと変わった。
「海、、、楽しみ」
「行った事ないのか?」
「ないですよ。1人で行く事なんてないですし」
行った事がないのが当たり前の程で話すのだが、やはり未経験の事が多すぎる。
「水着とか、着たりするんですよね」
「裸で入るわけにはいかないからな、」
「そういう事が言いたいんじゃないですよ、、、、バカ」
胸の辺りを押さえて奏太に罵倒をするのだが、これっぽっちも嫌な気分にはならない。
むしろ、琴葉が少しずつ自分を曝け出しているような気がして嬉しいまである。
「………もうすぐ夏休みだもんな」
「そうですね」
「琴葉がまだ未経験のものとか、たくさんやれるといいな」
「私だけが満足しますよ?」
「それなら俺も満足だ」
今度はお互いに目を合わせて笑う。絶対に良い夏にすると天に誓いながらも、琴葉が作ってくれたハンバーグを口に運ぶ。
焦げはあるものの全体としての焼き加減は良く、ソースも濃すぎず薄すぎない。経験がないだけで、数を積めばすぐに満点になりそうな仕上がりだ。
まるで、今の琴葉を表しているかのようなハンバーグだった。
「……ハンバーグ、どうですか?」
結果を楽しみに待っている琴葉は、奏太の口元をジッと見た。
「優しい、幸せの味がするな」
「いつもそれを言いますね」
「俺が言われても嬉しかったからな。それに上手いものにはきちんと敬意を払わないといけない」
奏太は、琴葉が作ってくれた料理に必ずこの幸せの味という言葉ををつけるようにしている。
自分が言われて嬉しかったというのが大きいが、奏太も琴葉の作った料理からその味を感じるからだ。
「奏太くん、目を離さないで私をちゃんと見続けてくださいね」
「当たり前だ」
「………こんなに楽しみな夏休みは初めてです」
「俺だってそうだよ」
変わらず会話をしながらご飯を食べる。ただそれだけなのだが、琴葉の一つ一つの動きがいつもより飛び跳ねて見えた。
-----あとがき-----
・更新遅れてすみません。
耐えた奏太くん凄いなぁ。多少会話や描写が荒かったかもですが、ご了承ください。
次話からいよいよ夏休み開幕ですね。
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