第74話 誘いと夕食と運動

「琴葉、夏休みが始まってから3日後って暇か?」



学校が終わり奏太の家に2人集まったので、その日の予定をさっそく聞いてみた。学校から一緒に下校する事はまだ・・ないが、いつもすぐにやって来てくれる。



奏太からのいきなりの質問にポカンと口を開けていた琴葉だったが、答えはすぐに返ってきた。




「私に夏休みの予定なんてないですよ」

「……まぁ、空いてるなら良かった」

「夏休みに予定と言われても、今までそんな経験ないですし」



寂しいセリフを述べている琴葉だが、不思議とその顔に悲しい表情は見られず、むしろ紅潮しつつあった。




「………なので、今年の夏休みに誰かと一緒に過ごすっていうのがとても楽しみで………」



モジモジと小動物のように可愛らしい仕草をする琴葉は、もう後ろを振り向かず、前だけを向いて行動しているらしかった。



だったら奏太もそれに応えるように、しっかりと見守らないといけない。



目を瞑ったままジッと立つ琴葉の頭に右手を伸ばして、ヨシヨシと撫でる。




「また頭を撫でて…」

「なんだか成長したな、と」

「奏太くんは私の親ですか?」

「親でもあるし、彼氏でもある」



いつ触っても、銀髪の真っ直ぐに伸びた髪は柔らかくて心地よい。ふんわりとシャンプーやらの匂いも鼻を掠め、男の髪との違いを感じさせられる。



奏太も男にしてはストレートで柔らかい方だが、琴葉とは比べものにならなかった。



手をクシのようにして髪に指を通せば、左の手の平も追い討ちをかけるかのように参戦した。




「本当に髪を触るのが好きですね」

「落ち着くからな」



落ち着くのは奏太だけなのか、琴葉も髪を触れられている間は猫のように緩やかで写真に残したくなるような顔つきをしている。




「…………もっと丁寧にお手入れしなきゃ」

「何か言ったか?」

「いえ!何でもないです!」



ピクリと体を震わせ、背筋をピンと伸ばすが、それでも奏太の手をどかす事はない。あまりに無防備な頬を人差し指で突いてみれば、より幸せそうな顔をする。




「拓哉から旅行に誘われてるんだけど行くか?七瀬もいるぞ」

「旅行ですか?」

「旅行と言っても大したものじゃないぞ、拓哉の祖父母が経営してる旅館に泊まりに行くだけ。あとは祭りとか、星とかも観れるらしい」



それだけ説明すれば、琴葉は頭を何度も頷かせた。目はキラキラと純粋な輝きをしており、見ている奏太の口元を緩めた。




「星、祭り、旅館……」

「行く?」

「迷惑をかけても良いのなら行きます!」

「決まりだな。拓哉には後で連絡しておくわ」

「ありがとうございます」



琴葉は、その言葉と同時に奏太の家のソファに腰を下ろした。大抵琴葉が先に座っている事が多いのだが、この日は奏太の方が先に座っていた。



ひとまずの要件は伝え終えたので時計を見てみれば、もうすぐ6時になろうとしていた。




「……じゃあ俺、そろそろ行くわ」

「もうですか?………いってらっしゃい」



いつからだっただろうか、詳しくは覚えていないが、ここ数日は琴葉が夕食を作ってくれている。



理由は単純で、奏太が夕食前に走り始めたからだ。近くにある運動公園で、距離としては1日2,3kmちょっと。



そこまで時間もかかるわけでもないこのメニューを、走りの早い間宮から教えてもらったのだ。その他にも、きちんとした腕立てや腹筋などを色々と教えてもらった。



奏太には、間宮にどんな事情があったのかは知らないが、根は良いやつというのが分かった。間宮が琴葉にした行為は許される物ではないが、きちんと謝罪もしたのでとりあえず一件落着だろう。




「気をつけてくださいね」

「あぁ、」

「湯も張って置きますね」

「助かる」



そう言って、玄関までお見送りに来てくれた琴葉に手を振りながら、走り始めた。




 ♢




「ただいま」

「奏太くん、おかえりなさい」




こうして玄関まで見送りとお出迎えがあると、新婚夫婦のように感じるのは奏太だけか。ここ最近見始めたエプロンのせいで、よりそう感じてしまう。




「………ポニーテール、」

「気づいてくださりましたか」

「当たり前だ」



奏太がその言葉を出せば、琴葉は後ろに結んだポニーテールを元気に揺らした。体育の時に見たポニーテールが今は目の前にある。



ポニーテールとエプロンという組み合わせが見事に噛み合っていて、琴葉の魅力を底上げしていた。




「似合ってるな」

「どうもです」



自分のポニーテールを触りながらそれを見つめる琴葉は、嬉しそうな顔から表情を変えた。




「私はもう少し夕食の用意に時間がかかりそうですので、先にお風呂に入ってくださいね」

「ん」




いよいよ嫁のようなセリフを言い出した琴葉は、小さな足音を立てながらリビングの方へと向かって行った。



後ろから静かにポニーテールを眺めてみれば、普段は下ろしているだけの長い髪も、纏まれば案外雰囲気が変わった。



大人っぽいというか色気がある。白いうなじは何とも言えず色っぽいし、歩くたびにゆらゆらと動く1つの束が、奏太の心をくすぐった。



だからと言って襲いかかるわけではなく、見る景色が変わって多少新鮮味が増しただけだった。




(………このままでいるわけにもいかないし、風呂に入るか)



一度2階にある自室に戻って着替えを取る。自分で洗濯と収納を行なっているので、ささっと着替えを用意出来る。



階段を降りれば、キッチンから料理をしているだろう音が聞こえてくる。チラッと覗けば、一生懸命に菜箸とフライパンと睨めっこしている琴葉の姿があった。



(……努力してるのは俺だけじゃないよな)



当然といえば当然なのだが、奏太が体を鍛えている間に、琴葉は料理の腕を磨く。奏太だけが成長するだけでなく、琴葉も共に成長していた。



これでは琴葉との差は縮まらないままだが、奏太のためを思って料理を頑張る琴葉を見てると、自然と応援したくなる。



琴葉もきっと同じ気持ちなのだ。

 



(………腹もへったな)



汗を流した後に食べる琴葉の手料理が、この世で一番美味しい事を奏太は知っている。



それを知っているからこそ、奏太は琴葉のためにもっと頑張ろうと思えるのだ。



それを再度自覚したら、キッチンを覗くのをやめて脱衣所へと向かった。腕や脚を上げれば筋肉痛で痛い。



これらの痛みは、まだまだ取れそうにはない。自分の運動不足を目の当たりにされながらも、1日の至福のために大人しく浴室へと入り、汗を流した。




「ご飯はいつでも用意出来ていますから、ゆっくりと浸かって疲れを癒やしてくださいね」


 

浴室のドア一枚越しの琴葉の声が聞こえる。頭と体を洗い終えて湯船に浸かる奏太には、琴葉の声が天からの声にしか聞こえなかった。





-----あとがき-----


・えっ?突然の嫁展開?いいな、、、。



ギリギリ1日2話投稿!!!


誤字等あるかもなので、自分でも探しますが、報告してくれれば助かります。


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