第64話 出番なし?

「琴葉、映画は?」

「見ます」

「じゃあ離れた方がいいんじゃないか?」

「ここから見ます」



アルコール入りのチョコを一気喰いした琴葉は、酔ったのが顔に出るくらいに顔を赤くし、そして奏太の腿と腿の間に入り込んだ。




「俺は見づらいけど……」

「嫌ですか?」

「嫌ではない、」



こちらを振り向いて奏太のへそから胸の辺りに体重を乗せ、肩に手を置いている琴葉。酔っているからか、その表情はいつもより感情表現が激しく、実にずるい上目遣いをしていた。



それにこの体制は色々とまずい。




「はぁー、分かったよ。このままでいい」

「にへ〜。ありがとうございます」



顔中に大きな笑みを浮かべ、画面の方へと体の向きを戻した。今度は背中を奏太の体に預けて、恋人と呼ぶに相応しい体制で試聴を始めた。




(………見えてる)



体を奏太に傾けているのとサイズのデカい服を着ているので、琴葉の胸元はガラ空きだった。



躊躇いながらも中を覗けば、真っ白なデコルテとその少し先までが見える。白が似合う琴葉のイメージとは違う黒のレースは、どこか大人っぽさを感じさせる。



もちろんその先端部分は見えないが、見えないからこそ感じるものがあった。



さらに琴葉本来の匂いなのかボディーソープなのか、甘くて良い匂いが鼻を掠めた。奏太にとって、ホラー映画よりも琴葉の観察の方が、時間を費やしていそうだった。




「暑い」

「…そうか?」

「体中がポカポカします」



シャツの胸元をつまみ、上下に揺らし風を作り出す。視線には困るのでそれはやめてほしい。




「じゃあクーラーつけるか」

「クーラーお願いします!」



映画を鑑賞しつつも、明るく跳ね上がるような声でそう言う。このままだと酔っているから脱ぐとか言い出しそうなので、多少の寒さは我慢でつけるしかない。



リモコンを取りに、ソファから立ち上がろうとすると琴葉が胴体に抱きついてきた。




「………琴葉、離れてくれないか?クーラーつけれないから、」

「このまま進んでください」

「進めったってどうやって、、」

「わがままを言ってもよいのではないですか?」

「………仰せのままに」



胴体に抱きつく琴葉をだっこするかのように持ち上げ、そのままエアコンのリモコンがある場所まで連れて行く。



甘え慣れてない人が甘えるとここまで凄いのか、と感心しつつも、看病した時にも似たような事が起きていた。



その時よりも今の方が何倍も破壊力がある。




「迷惑、ですか?」

「………聞き方が悪魔的だ」


 

こちらの様子を覗き込むように、とろけるような表情に変える。迷惑なはずがないのだが、こんな聞かれ方をして、迷惑だと言える人が存在するのか。



もし言えるのだとしたら、その人はきっと凄い人なのだろう。修行中の身でない限り、この魅力には勝てそうにない。




「わざとですからね」

「いよいよ悪魔だな」

「女の子は時に悪魔にも天使にもなるそうなので」



これも七瀬からの知識なのだろうと考えるまでもなく思い至る。まだ酔いが抜けそうにない琴葉は、奏太に抱きつく力を強めた。




「迷惑じゃ、ないんですよね……?」



何故かその言葉だけは琴葉の本心のような気がした。自分の中にある疑念が、酔いによってポロリと出てきてしまったような、そんな感じ。



数時間前に辛い思いをしたばかりなので、これからを過ごす自分に、きっと不安があったのだ。



何故なら初めてだから、



誰かと一緒に明日を生きるという事が。




「迷惑なわけないだろ?」

「良かったです」



琴葉の酔いが奏太にも移ったかのように、奏太も気分が上がる。自分に抱きつく少女を撫で回したくなるくらいには、思考が追いついていなかった。



これは青少年にしては可愛いもので、自分の彼女を撫でたいだけだ。決して不純ではない。



やっとの思いでエアコンのリモコンを手に取り、そしてクーラーを入れた。その後も琴葉を抱いたまま、ソファへ戻った。




「結構進んでるな」

「そうなんですかー?」



猫のようにグリグリと頭を突き出してくるので、ついつい手を伸ばしてしまう。頬に触れてみると熱く、熱が昇っているのを肌身を持って感じた。




「水持ってくるよ」



この考えが一番最初に出てくるはずなのに、今になってようやく出てきた。



奏太も奏太で混乱していたので、仕方ないと言えば仕方ない。また立ち上がろうとすると、今度は勢いよく奏太に飛び込んできた。




「琴葉………?」

「………奏太くん、、、奏太くんがしたいなら、いいですよ」

「は?」

「私、奏太くんのためなら何だってしますよ?」



自分のためなら何でもする。そんな言葉が琴葉から出てきた。女の子からこの言葉が出てくるのは危険だが、相手が奏太なら問題はない。



だが、いくら酔いが回ったとは言え、こんな危ない思考状態のままだと少し危険だ。危険に晒されるのは奏太の心も同じだが。




「後悔するぞ。勢いに任せて言っちゃったって、」

「しませんよ。私なんかに出来るのはこれくらいですし、」



一度やっちゃっているので確かに後悔なんてしないかもしれないが、『私なんかか』、その言葉が奏太には聞き捨てならなかった。




「私なんか、、ね」

「はい?」


 

小さく呟く奏太に、琴葉はハテナマークを浮かべた。




「……俺は嬉しかったぞ。帰ってきてくれた時に可愛いメイドさんが出迎えてくれた事とか、色々と俺のために考えてくれていた事」

「奏太くん?」



自分の思っている事を琴葉に伝える。どんな事情があろうと自分を卑下してもよいなんて人は存在しないんだ。


 

ましてや自分の彼女なら尚更だ。




「たまに見せてくれる表情とか、すぐに顔を赤くする所とか可愛いし、」



奏太の感想を黙って聞く琴葉。その顔は照れなのか酔いなのか、どちらか分からない程に一段と赤く染まる。




「奏太くん、」

「何だ?」

「好きーー」



抱きついた状態から奏太を押し倒すようにして、さらにずっと強い力で抱きついてくる。それに負けじと奏太も抱き返す。



華奢で小さな体を痛めないよう、優しくぎゅっと。








-----あとがき-----



・奏太くん!


1話よりも破壊力のある誘いに良く耐えた!


偉い偉い!!


奏太も奏太で成長してましたね。これが愛というやつなんでしょうか。



あ、最近伸び悩んでるので良ければ拡散等していただけると嬉しいです。

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