第57話 母と琴葉
「やっぱり膝枕好きなんですね」
「あー、好きかも」
奏太限定オムライスの特典である、オムライスとは一切の関連性のない膝枕を堪能している奏太は、気の抜けた声でそう返す。
水族館の時よりも明らかに人を駄目にする琴葉の太腿は、そこに頭を乗せるだけで眠気を引き起こさせた。
居心地もよく、心が落ち着くこの太腿の上は、間違いなく好きだと言えるだろう。最も、ここ数日は寝過ぎたので、そう簡単に眠ることはないだろうが。
「んっ、」
奏太の息が太腿に当たり甘い声を漏らす琴葉。悪い気がしたので上を見てみると、下からのアングルとは思えない顔がある。
エプロンに隠された双丘は、琴葉の顔を微かに遮った。
「耳掻きでもしましょうか?」
「………七瀬からの受け売り知識か」
「いやですか?」
「………やる」
「はい。では横向いてください」
指示通りに横向きになってみれば、急に居心地を悪く感じる。腹部の方に顔を向けているので、ミニスカートの内部が見えそうになった。
隙間の出来た左右の太腿とスカート丈は、ふぅと息を吐き出してしまえば、その中身は隠れることなく露出されるだろう。
清楚系のあの布地をふたたび思い出しながらも、瞳を閉じる。さすがメイド服と参るくらいには、その能力と破壊力を知らされた。
「気持ちいですか?」
「あぁー、やばいなこれ」
「良かったです」
「堕落させられそう」
「ぜひ堕落してください」
これは冗談ではなく本音だ。琴葉はここ最近料理も練習してくれているようなので、近い未来は本当に駄目にされてしまいそうである。
奏太自身もやすやすと駄目になるわけにはいかないが、膝枕などの魔力には到底敵いそうにない。
「はい。では向きを変えてください」
「あい」
膝の皿がある方に顔の向きを変えてみれば、居心地の悪さはなくなり、また抱擁されるような感覚に陥る。
くすぐったいけど気持ちいい耳元に、頬にはモチモチの太腿と、本来ならば中々に体験できないサービスを受けている。
当の本人は奏太の世話を出来て嬉しいのか、幸せそうな顔をしていた。
「終わりましたよ」
「ありがと」
限定オムライスの特典はどうやらここまでのようで、頭上からそんな声が聞こえて来る。勿体ないが頭を退かそうとすると、琴葉が小声で囁いた。
「………もう少し、太腿をお貸ししましょうか?」
「それは私欲なのか?」
「………私欲というか、奏太くんに対する同情ですかね?」
その返答に奏太は笑みを溢してしまう。今のこのやり取りで同情という言葉を使うとは、琴葉にしてやられた気分だ。
「じゃあ頼む」
「………素直ですね」
「それくらい気持ちいいんだよ」
即答で答えるくらいには依存性のあるこの膝枕に、奏太はゾッコンしてしまう。ついつい堪能させてもらえば、琴葉が顔を近づけてきた。
「………女性の足に寝てるんですから、感想の一つくらい欲しいです」
「感想を言えばいいのか?」
「まぁ、、、はい」
過去の記憶を振り返ってみれば、奏太が1人堪能しているだけで、琴葉には何の感想も言っていなかった事を思い出す。
感想の1つも言っていないのに、膝枕が好きだと思われているのは奏太の表情から判断したのか。とにかく、1つの礼儀だと捉えて感想を述べた。
「思わず眠ってしまうくらいの心地よさと、ほどよい質感。心が落ち着く太腿の弾力には、駄目にされそうになる」
「………もうそれくらいでいいです」
「まだたくさんいい所あるんだけどな」
「膝枕をされてる最中にそんなこと言われると、何だか恥ずかしいです」
恥ずかしいのは琴葉だけでなく奏太もだった。生殺しのような気分に気がついたのは、感想を述べているちょうど半分くらいの時だったか。
奏太的にも琴葉的にも、このタイミングが良い潮時だった。
「また寝ますか?」
「眠気も感じるしそうしたいんだが、病院で寝過ぎたので体が中々寝ようとしない」
「それは仕方ないですね」
膝の上でだらける奏太に琴葉にも母性が目覚めたのか、頭を撫でられた。撫でるだけではなく、髪をもふもふしているのは気のせいだろうか。
「奏太くん、髪の毛触ってもいいですか?」
「もう触りまくってるだろ」
「そうでした」
「今度俺も触っていい?」
「私ので良ければ構いませんよ?」
会話の最中も奏太の髪に指を通してぐちゃぐちゃにして遊んでいる琴葉に、奏太も腕を伸ばして髪に触れる。
奏太とは違い、髪1本1本がさらさらとしていて触り甲斐がある。右手の指を全て髪に通してみれば、カーテンのようにはふわりと揺れた。
ロングヘアーの髪はケアや維持が大変だと聞くが、抜かりはないらしい。
「奏太くんの髪、モフモフして気持ちいいです」
「琴葉の方が綺麗で柔らかい」
「でも、奏太くんも男性にしては凄く柔らかいですよ?」
「両親ともに髪質がいいから、俺もそれに恵まれたっぽい」
簡単に言うと、ほとんど何の手入れもしていないという事だ。
奏太は市販の少し高めのシャンプーとリンスだけしか使っておらず、ヘアオイルなどには全く手をつけていない。
ヘア維持を頑張る女性や、癖毛や髪質改善を頑張っている男性からすれば贅沢な髪質だ。
「琴葉も、髪とかには気を使うんだな」
「いつか私を見てくれるかもしれないという淡い期待の元、それなりに頑張っていました」
聞けば聞くほどに辛い過去が次々に出てくる。もうそんな目にはあってほしくない、だから奏太が守るんだと再決意した。
「………俺が見てるから、ケア怠るなよ?」
琴葉が今までやってきた事に意味があるように、奏太は琴葉に向けて、そう言った。
「もちろんです。次は触れただけで悩殺できるような髪にしておきます」
「そりゃ楽しみだな」
「待っていてください」
琴葉のやる事を増やしてしまった気もしたが、その目はやる気に満ち溢れていた。
♢
「じゃあな。また明日」
「はい。………明日も私がご飯作りますからね?」
「俺がつくる」
「奏太くんは病み上がりなので、大人しくしていてください」
琴葉からめっ!と忠告を受けながらも、琴葉の住むマンションまで見送りをする。久しぶりの道路や風景に、いつも通りに戻ったんだと感じる。
「分かった分かった。明日も作るんなら、今日は早く寝ろよ?」
「分かりました」
今週一度も学校に行くことなく、今日は金曜日なので、明日からはまた土日だ。琴葉の事なので、家で夜も練習をしていそうなのでそう注意した。
眠気に負けて指をグサっと行く可能性を断ち切りながらも、琴葉がエントランスへ入って行くのを見届ける。
琴葉の後ろ姿を眺めていると、エントランスの付近に珍しく人が立っていた。その姿は銀髪のショートカットで、誰かとどこか似た面影を感じる、1人の女性だった。
-----あとがき-----
・更新遅れました。すみません。ちょっと眠っていました。もう少し早い時間に投稿できるよう、気をつけますね。
そしてここ最近、経験済みの純粋カップルという謎のワードを生み出してしまいました(←どうでもいい)
次話もお待ちを!
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