第42話 今日と明日の話

「奏太くん、そんなに気になさらなくてもいいですよ」



奏太を励ますかのようにニッコリと暖かい笑顔を浮かべる。



間宮と話した後、その後の授業や生活を含め、何をするにもやる気が出てこなかった。ただ後悔と自責を感じながら家まで辿り着いた。



ちょっと前に琴葉と約束した「俺が守る」という言葉も、口で言うのは簡単な事なんだと現実味を持って知らされる。



自分のせいで、また琴葉が悲しい思いをしてしまうかもしれない。その考えが一向に頭から抜けないかった。




「奏太くん、奏太くんがそこまで気にかけてくれるのは嬉しいですけど、私の責任でもあるので…」

「……そんな事はない。琴葉は悪くない」



琴葉に辛い思いをさせてまで、自分を励まされている気がして居た堪れない。



100%悪くないと言うと嘘になるが、今はそんな事よりも、自分の無力さで心が折れそうだった。




「奏太くん、それは違いますよ。私にも責任はあります」

「いや、琴葉は悪くない」

「奏太くん、今の私は過去の私も含めて出来上がっています。なのでその過程に起きた問題は自分の責任です」



琴葉も自分にも非があるという事は分かっていたようだ。確かに過去を経て人は成長するが、琴葉に関しては例外と言ってあげたい。



あの時の彼女には、そうするしか選択の余地がなかったはずだ。



しかし、誠意を示して奏太に話した事を、一方的に『琴葉は悪くない』と無下にするのは違う気もする。



こちらも誠意を示して、謝罪と今奏太が感じている事を発するべきだ。




「そうだな。それはすまなかった。でも、俺は約束を守れなかった」

「約束、ですか?」

「俺が守るって言ったのに…」



結局の所、奏太も自分の事しか考えていないのかもしれない。約束を守れなかった、琴葉を悲しませてしまった。



それらを全て一人で解決するのは難しいはずなのに、人のせいにして自分のエゴに近づけようとしている。



琴葉の心情を二の次にして、自分の発言の方を先に悔やんでしまった事が何よりの証拠だ。



だが、その約束の通り、琴葉を守ってあげたかったという気持ちが強いのは、琴葉にとっては良い事なのかもしれない。




「………守ってくれましたよ」

「え?」



予想していなかった言葉が返ってきた。




「約束通り、ちゃんと駆けつけてくれましたよ」

「それは駆けつけただけで、守ったとは……」



一息開け、こちらに軽く笑みを見せえ話始めた。




「奏太くんにとって、守るって何ですか?」

「………悲しい思いをさせない。とか?」

「それも『守る』という認識としては合っているでしょうし、そうされた時にはすごく嬉しいでしょうね」


 

これが説教なのか、慰めなのか。そのどちらかなのか、それとも別の何かなのか。もう少し琴葉の話に耳を傾ける。




「私は、そこまで大きな事をしてもらえなくても、駆けつけて来てくれただけで嬉しかったです」



これまでどんなに悲しくて辛い事があっても、それらを全て一人で抱え込んでしまっていた彼女は、たったそれだけの事で良かったらしい。




「ちゃんと約束通り、奏太くんは来てくれた。それが分かっただけで、私は満足でしたよ?」

「そうか……」




柔らかくて、つい甘えたくなるような瞳をしていた。そして、自分は大丈夫と胸を張ったような表情もしていた。



だが奏太は、そんな琴葉の手が震えているのを知っている。



どんな人間であっても、嫌な記憶というのは残り続ける。琴葉もそのはずなのに、それを我慢して奏太のために言葉を伝えていた。



(成長したな…)



またも父親のような感性になるが、これは本心だった。




「それに、今度も駆けつけてくれるのでしょう?」

「当たり前だ」

「なら私はもう平気です」



彼女がここまでしてくれて、それに応えないのは男じゃない。今度も駆けつけて守ってみせる。そう深く意気込んだ。




「……出会ったばかりの時にも聞きましたが、奏太くんが私の心配をしてくれるのは何でですか?」



ここまで過剰に保護してしまうと、親切心と同情というのにも限界が来そうではある。だが8割方はそれで成り立っているのも事実だ。



ただ動機はもっと深い。



『別にあんたなんて…』あの時にフラッシュバックした言葉だが、いつかはその事も琴葉に話すべきだ。



偽物のこいを送られた、奏太の話。最も琴葉よりも酷で辛い話ではないのだが。




「前にも言ったろ?ちょっと過度な・・・・・・・親切心と同情だよ」

「……そうなんですね」



しょぼんとしたのは何故なのか。恋心というのは何か違うかもするが、奏太がそれを否定している可能性もある。



(ごめんな。いつかは話すよ)



心にそう誓って、琴葉の方を向いた。




「私はそんな事よりも、明日が楽しみです」

「そうだな。いつまでもへこたれていてもな」

「ですね。私は明日を見るという事の楽しさを知りましたし」



何だろう。今日の琴葉は一段と凛々しく見える。自分とは違って輝いているような、そんか感じ。




「今日の事を忘れてとはいわないけど、俺が絶対なんとかする」

「………お願いしますね。奏太くん」



琴葉が奏太に頼った。それだけなのだが、いつもよりも遥かに高いやる気を取り戻した。





-------あとがき------


・次回、過去話に何度かチラチラ見せていた謎の人物が登場。その後、その女性によって、琴葉は奏太の過去の話を聞く。



悲しい過去を持つ二人は今後どうなっていくのか。ぜひお楽しみに!







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