第22話 鍋

「出来た」



全ての具材を入れて、味付けも完璧に終わった。テーブルの上にガスコンロを用意して、その上に鍋を乗せた。




「いい匂いがするわねぇ〜」

「本当です」



リビングのソファに座っている2人の元にも鍋の匂いが届いていた。その他の必要な道具も準備したので、いつでも食べ始められる。



鍋の準備をしている時にも2人は話していたので、キリが良いところで来て欲しい。




「琴葉ちゃん、そろそろ食べましょう」

「はい」



あちら側の都合もちょうど良かったようだった。2人はすでに仲良くなっていて、それご良いことであるはずなのに、心にもやがかかる。




「私はここで、奏太と琴葉ちゃんはそっちね」



母から俺と琴葉が隣に座るという席指定をされた。俺はどこに座っても良いが、隣同士というその言葉が変に意識させてくる。




「母さんが隣に座ればいいじゃん」

「奏太ってば隣に座るのが嫌なの?それともそういうお年頃?」

「……嫌じゃないけど」



隣になる事で否定されるのは、される側もする側を辛いので、言われた通りの席に座った。




「俺の隣が嫌だったら変わってもいいからな」

「………嫌じゃないです」



横を見ると、すっかりいつもの表情に戻った琴葉がいた。どうやら母親という存在に対する懸念は、すでに消え去っていたようだ。



母に耳打ちされて真っ赤になったからか、まだほんのりと赤みが残っていた。




「食べるか」

「そうね、食べましょう!」



手元に置いてある箸を取って、鍋に突っ込んだ。熱々のちゃんぽんとモツ、野菜を皿に入れる。お玉でスープも少量すくって、無難な攻め方をした。



もつ鍋の本命のモツを手始めにいただいた。染み込んだスープの味と、モツの味が良い感じに合っていた。


白米を一口、二口とどんどん進めた。




「琴葉、遠慮しなくていいんだぞ?」

「そうよ。遠慮しなくていいのよ」

「遠慮といいますか……どれから食べるべきなのでしょう」



一人鍋はした事あるが、大勢で鍋をした事がないようで、様子見をしていた。




「ほら、皿貸して。入れてあげるよ」

「ありがとうございます……」



琴葉から皿を受け取り、俺が取ったものとほとんど同じものを入れた。




「なるほど、これくらいの量をとれば良いのですね」

「食べたい量を好きなだけ取ればいいよ」

「人を食いしん坊みたいに言わないでください」



ツンとした言葉を発していたが、表情自体はとても楽しそうにしていた。




「………2人は夫婦みたいな関係性ね」

「夫婦?」

「夫婦ですか?」



は?思わずそう声に出そうになった。付き合っている関係ならまだ理解できるが、夫婦のような関係については、いまいちピンと来なかった。




「なんて言えば良いのかしら。付き合いたてのカップルのようにギャンギャン騒いでるわけでもないし、かといって静かすぎるわけでもない」



確かに、俺も琴葉も一つ一つの物事に対して一々騒いだりするタイプでもないし、全くの興味を持たないわけでもない。




「そんな適度な関係が、夫婦みたいだなって」

「ないだろ……」

「どうなのでしょう……」

「付き合っている2人という関係よりは、夫婦が近いわよ」



ただ琴葉が困っていたから、救いの手を差し伸べただけだし、心配だから声をかけただけだ。そこに恋心はない。



あるのは俺の自己満なので、付き合うも夫婦もありはしない。




「夫婦って……」

「まさかこんなだとはね……」

「どう意味ですか?」

「いや、何でもないわ」



何か言いたげにしていたが、口を塞いで話そうとしなかった。特別聞きたいわけでもないし、爆弾発言をする恐れもあるので、母の事は放置した。




「美味しいです」

「お口に合ってたなら良かったよ」

「はい、やっぱり優しい味がします」



気を取り直して、また鍋を食べ始めた。口に入れて、一番最初に出てきた言葉が『美味しい』だと、作った側はとても安心する。



以前、琴葉の家でうどんを作った時にも優しい味がすると言っていたが、昨日食べたラーメンからは優しい味がするとは聞いていない。



奏太の手作りの時にだけ適用されているその言葉は、恐らく込められた気持ちの事を指している。



来る客来る客に機械的に提供しているラーメン屋よりも、1人のために作るご飯の方が気持ちが込められているのは当然だった。




「優しい味か、…」

「お世辞じゃないですよ。それに、この鍋もこの前作っていただいたうどんも本当に美味しかったです」

「この前作ったうどん、へぇ〜」

「看病に行った時に作っただけだから」



母がいてはペースを崩されるので、少し黙っていて欲しいが、久しぶりに会ったという事もあり、強い言葉を口に出来ない。




「あら、琴葉ちゃんの家にも行った事あるの?」

「あー、まぁ……」




琴葉の過去と、今日おかずを作る事しか話していないので、母はそれ以外何も知らなかった。当たり前だが教えるつもりはない。



異性との思い出や出来事をわざわざ親に報告する男子高校生なんているはずもない。男友達との話などは話す事もあるが、基本的に女子の事は話さない。


 


「言っとくけど看病だから」

「目的は看病だと言い張るのね」

「誤解を生むような発言はやめてくれよ」



また妄想が膨らみ始めているので、こちらに害が及ばないように、そっとしておいた。




「そういう事にしておきましょうかね」

「勝手な認識もやめてくれ……」

「奏太くんが振り回されてる……」



その会話を最後に、また鍋に戻った。3人とも食べるのに集中していたが、その最中にも賑やかな会話はあったので、琴葉に団欒というものを体感させてあげられたと思う。




「ごちそう様でした」

「片付けは私がやるから、奏太も休んでていいわよ」



義務感からなのか、流石にそれくらいはするらしく、ここの家に来てようやく母らしい事をしてくれた。



鍋だけ台所に運んで、俺もソファに座った。




「それで琴葉ちゃん、明日からはどうするか決まった?」

「はい……」



皿洗いをしていたが、無言で洗い続けるには暇だった母が、ご飯を食べる前に聞いた質問をまた聞いていた。



ここの家で食べなくとも、タッパーに詰めて持っていくという事はやるつもりなので、変わるのは場所だけだ。



その場所だけなのに、答えを待っている自分がいた。




「迷惑をかけると思いますが、ここでいただこうと思います……」

「良かったわね奏太!」

「………まぁ」



良かった。そう思えたのは好きだからとかそんな理由じゃない。お互いに一人で食べるのは寂しいし、琴葉の食生活改善にも繋がるから良いと思っただけだ。



ここ最近になって見せてくれるようになった可愛い一面にドキリとする事もあるが、特別な感情は抱いていない。そもそも可愛いと思う人に一々好意を抱く程、奏太はもうお子様じゃない。



今の奏太にとっては、ただの保護対象でしかないのだ。そう、今は………。




「けど、お金はやっぱり払います」

「気にしなくてもいいのよ」

「奏太くんにもそう言われました。でも罪悪感があるのです」

「だったらそうするか、」



払わなくても良いし、そのかわりに別のものとしてくれれば良い。そう言ったのは俺だが、無理にそうさせるつもりはない。



さらに、罪悪感があるなら尚更だ。俺が琴葉に伝えたのはあくまで方法の一つであって、不快感を覚えるくらいなら、割り勘でもなんでもした方が早い。




「明日から、ですか……」

「琴葉、顔赤くない?」

「そんな事はないです……鍋食べたから暑いだけです」

「……そう」



琴葉にマンションのエントランスでされた事を思い出したので、仕返しがてら同じ事をする。




「でも、熱っぽくないか?熱ぶり返したんじゃない?」

「いや、え、、ねつ…じゃない、と」



手を伸ばして、おでこに触れた。熱っぽさはないものの、暖かい温度だった。




「でも顔赤いし、」

「ですから鍋を食べたから体温が上がって……それで、えっと、、その…」




明日から一つ屋根の下で一緒に食べる。その事に嬉しさを感じているが、少し表に出てしまった事に対して、恥ずかしさがあったようだ。




「やっぱり、夫婦じゃないわね」



皿洗いを終えた母がリビングに来ていた。最悪な所を見られたが、すでに脳内がお花畑になっている母にとって、違和感はなかった。




「夫婦な訳ないだろ」

「もう初々しいすぎて、凄いわ」

「初々し………か、帰ります。ありがとうございました…」



落ち着いていた琴葉だったが、突然荷物をまとめて玄関に走り出した。



「奏太、ボケッとしてないで家まで送ってきなさい」

「最初からそのつもり」



言われなくとも、夜は危険なので送っていくつもりだった。その予定だったのに、母が揶揄ったせいで帰ると言ったのだ。



嫌という気持ちよりも、恥ずかしくてその場にいられない……そう思っていたのは琴葉の表情を見れば分かった。



一人走って怪我でもしないように、急いで追いかけた。






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