第20話 迎えに行く

母が来て数時間経ち、昼の時間になった。言われた通り昼食は俺が作る事になっているので、買い出しをする。



そのついでに夜ご飯の分の食材も買ったので、今日の分の買い出しは終わった。スーパーへは母も同行し、必要な物を揃えた。



母と話した結果、夜はもつ鍋にする事になり、タッパーに詰めるには無理な物へと変わっていた。なんでも、団欒だんらんを囲むなら鍋という考えのもと決まった。




「まさか鍋をするとは思わないでしょうね」

「だろうね」



スーパーの帰りにそんな会話をしながら歩く。自分でも鍋になるとは思わなかったが、効果的だとも思った。



家に帰り着き、買った物を冷蔵庫にしまう。昼も何一つする気のない母は、またソファにぐてぇーっと体重を乗せていた。



昼食にはオムライスを用意して、ダイニングテーブルに運ぶ。手伝いを1つもしてくれなかった母も席についた。




「結構美味しそうに作るのね」

「ちなみに言っとくけど、俺は見た目よりも味に重視している」

「そうなの」



ご飯を覆った卵にスプーンを刺す。とろとろの卵とチーズが溢れ出る。大きく口を開けて頬張った。




「うん、美味しいわね」

「ありがと」



すぐに食べ終えて、皿を台所まで持っていく。母に自分の料理を食べさせれて良かったと思いながら、皿洗いをした。




「本当に1人で何でも出来る様になっちゃって」

「何でもは言い過ぎ」



中学の頃と比べて出来ることの幅は広がったが、全てが可能なわけがない。そもそも全てが可能な人間なんているはずもない。




「そういえば、あの子も日本に帰ってきたみたいよ?」

「あの子?」

「ほら、奏太がお世話になった子よ」



あの時にデパートで見かけた人が、俺の恩人である人の可能性が高くなった。今でも恩に感じているし、感謝もしている。



過去のトラウマに悩まされた俺を救ってくれた人なので、忘れるはずもない。年は俺の三つ上で、今年から大学生だった。日本の大学じゃなくて、海外の大学に通っている。海外に旅立った理由はそれだった。




「帰ってきたって、今何かの期間なの?」

「……色々と事情があるんでしょ」



そこら辺については、今度会った時に教えてくれるはずだ。




「……でも俺、そんな連絡とか来てないけど」

「きっと忙しくて連絡する暇なかったのよ」



もし本当に帰ってきていたとすると、海外から帰ったくる事になるので、確かに時間はなさそうだ。腑に落ちない点もあるが、そう納得した。




「会ったら挨拶くらいしなさいよ」

「するに決まってるだろ」



約1年ぶりか、懐かしさを感じながら残りの作業に集中した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「俺迎えに行ってくるから」

「気をつけるのよ〜」



琴葉には7時くらいに迎えに行くと連絡をしているので、ちょっと早めに家を出た。一度は引いた眠気がまた襲いかかってきたので、この時間が来るまで寝ていた。



若干頭がボーッとするが、琴葉を連れて歩くだけなので気にしていなかった。スウェットにジャージのズボンという部屋着っぽさが丸出しの服装で向かうのは、女性に対する失礼だったかもしれない。



今更引き返して着替えるのも時間の無駄なので、そのまま向かった。




「下についたぞ」



インターホンを鳴らすのは面倒だし、今は上に上がる予定もないのでスマホで連絡した。




「今から下におりますね」

「準備とかまだ時間かかりそうだったら、ゆっくりでもいいからな」



女性には準備が必要だからきちんと待つのよ、と母から釘を打たれたので確認した。男の俺にはその感性はよく分からないが、準備に時間がかかるのなら、言われなくとも待つつもりだ。




「準備はとっくに終えていますよ」



そう返信が来ると共に、エレベーターが1階から上に上がっていった。上がったエレベーターがまた1階に降りてくるのに、そんなに時間はかからなかった。



「ピンポン」



その音が鳴り、エレベーターの扉が開く。




「お待たせしました」

「いや、全然待って………な、い」

「どうかされましたか?」



言葉を出すのに躊躇うほどに綺麗だった。清楚系の可愛いらしい顔つきをしている琴葉は、上下真っ白のボタンデートワンピースを着ていた。



上はボタンをしっかりと留めていて、スカートの部分は無地でヒラヒラとしている。真っ白な服から出ているのにも関わらず、柔らかそうな肢体は彼女の肌の白さをより強調する。



この前とは系統の違う服装がとても似合っていて、直接目を合わせられない。清楚系の服が似合いすぎるというのは、返って目に毒だった。



これから鍋をするに相応しい服装ではないし、汚れるかもしれないが、着替させたくもない。ジワジワと顔に熱が昇るのを感じた。



連れて行くだけだと安易な考えでいた自分を恨む。




「この服変でしょうか、」



服はチラチラと見ているのに、一度も目を合わせていない俺を不審がっていた。




「………変じゃない、」



ここで素直に褒められれば男として完璧なのだが、目すら合わせられない恥ずかしさと、想像以上の破壊力にまともに褒められるわけもない。




「変じゃないなら良かったです」

「そ、そうか……」



変じゃない、それだけで充分だったらしい。そう聞いてホッとしたのか、琴葉の顔を見た。




「奏太くん、なんか顔赤くないですか?」

「そんな事ない」



油断して顔を見つめてしまい、俺の顔が赤くなっているのがバレてしまった。今の状況下では俺が琴葉を見て照れてしまったのが大いに予想がつく。



慌てて下を向くも、それすら逆効果だということに気づいた。




「もしかして奏太くん、私に…」

「違う、これはたまたまであって、さっきまで寝てたから…」

「熱だって事を隠してますか?」

「え?」

「ですから、熱だって事を隠してますか?」



琴葉の予想は見事に外れたが、謎に自信満々の表情をしていた。どうなんですか?と言わんばかりに俺の顔を覗き込む。




「熱はないけど」

「本当ですか?」

「家には母さんもいるし、熱だったらここに来れない」

「そう言われるとそうですね……」



今の会話のやり取りで、急に1人照れてるのが馬鹿バカしくなってきて、いつもの落ち着きを取り戻した。




「本当ですかね」



何か怪しいとジロジロと見られるが、いつもの調子に戻ったので普通に目を合わせる。次に瞬きをすると、目の前でスルリと手が伸び、俺の目の前に来ていた。




「でもまだ顔熱いですよ?」



伸びた手は俺のおでこに触れていた。以前俺も許可なく触れたので、辞めろと言うことが出来ない。




「ちょっ…」



身長差的に奏太のおでこまで手が届かない琴葉は、背伸びをして何とかギリギリ届いていた。視点的に下を見ると、僅かに空いた襟元から鎖骨が目に映る。



覗けば覗くほど見えてくるデコルテに居心地を悪く感じる。罪悪感を覚えながらも、この体制が続くのはまずい。




「とにかく、大丈夫だから!」

「やっぱり怪しいです」

「何もないよ……」

「そうかもしれないですけど、私は……」



慌てて一歩下がったが、琴葉の言いたい事は何となく分かった。ただ心配だっただけなのだ。それなのに俺は1人勘違いしてしまっていた。




「………その服が似合いすぎてたから」

「はい?」

「似合いすぎてたから緊張したんだよ」



自分の感じた事を相手に伝えるのは羞恥心が数倍に上がる。しかし、心配してくれた人に対して無礼な態度を取ったのも事実なので、話さないといけない。




「それは、その…」

「もういいだろ、行こう」

「は、はい」



これ以上はもう限界だった。ここから先は琴葉に言わなくても伝わるし、口に出すと気まずい。なのでここで終わって正解だった。




「奏太くんも、充分に……」



1人小さく呟いたその言葉は、自分の事で精一杯だった奏太の耳には届かなかった。






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