第18話 来客
「今日の7時くらいでお願いします」
「琴葉の家に持っていけばいいんだな」
「ありがとうございます」
日付は変わり日曜日になった。朝から琴葉とこんかjineをする。今日は夕飯のおかずをタッパーに入れて持っていく事になっていたので、その詳細の連絡だった。
昨日は女子と二人キリで遊ぶという緊張感の中、街の中をたくさん歩いたりしたので、家に帰り着いたらお風呂に入った後にすぐに寝た。
疲れが取れていない体をベットから起こし、昨日貰ったケースに包まれたスマホをポケットに入れて洗面台に行く。鏡にはクマのある眠そうな自分の顔が映っていた。
「まだ眠いな……」
毎朝使っている洗顔料でいつものように洗顔した。冷たい水で顔を濡らしても眠気は残っていたので、またもう一眠り必要そうだ。今日は夕方までこれといって予定もないので、一日中眠っていても誰も文句は言わない。
もう一眠りするとは言っても昨晩から何も食べていないので、お腹は減っていた。家にあるのは食パンくらいしかないので、これを使うしかない。
リビングに向かいカーテンを開けると、眩しい朝日が窓から差し込んだ。リビングにある全てのカーテンを開いたら、冷蔵庫の前まで移動する。
冷蔵庫を開けるといつかのために買っておいたベーコンと生ハム、チーズとケチャップがあったので、簡易的なピザトーストが作れそうだった。
「夕飯に提供できそうな食材は残ってないな」
今日の夕飯のための食材を探してみるが、冷蔵庫には良さげな物がなかったので、昼過ぎくらいに買いに行かなければならない。
こんな事なら一昨日は弁当じゃなくて、食材を買っておくべきだったと今になって後悔しながらも、空いた腹を膨らめるために、朝食の準備をした。
この家は両親が建てた一軒家なので、家電製品や家具も一式は揃っていた。食パンにケチャップを塗り、ベーコンとチーズを乗せたらトースターに入れる。
トーストするまでは数分かかるので、ポケットからスマホを取り出した。琴葉とのやり取りを見てみると、写真への返信と昨日の感謝、今日の連絡だけしかなく、簡単に見終われる量だった。
自分のコミュニケーション能力の低さを実感しながらも「今日どっか行こうぜ」拓哉からそう来ていたjineに返信をする。
「今日は用事あるから無理」
「お前がか?」
今日はすぐに返信が来たのは良かったものの、俺を小馬鹿にしたような返信だった。
「俺だって用事の一つや二つくらいある」
「お前に限ってそんな事があるとは…」
「俺を何だと思ってんだ」
ちょうどトーストが終わった音が鳴ったので、いつまでも俺を馬鹿にする拓哉のことは未読無視する。以前同じ事をされているので今日はそのやり返しだ。
贅沢に生ハムも乗せて、6人まで座れるダイニングテーブルに作ったピザトーストを運んだ。自分で沸かしてあるお茶をコップに注いで、それも一緒にテーブルの上に乗せた。
「いただきます」
熱々のパンを口に入れる。ケチャップと生ハムの匂いがぷんぷんと香った。噛み切ろうとすると、チーズが凄く伸びる。ケチャップの味の後にチーズの甘さとベーコンと生ハムのしょっぱさが絶妙にマッチしていた。
お茶を流し込めば口の中はリセットされて、またピザトーストを欲した。
「ごちそうさま…」
一枚では足りず二枚目も作って食べたので、割とお腹は膨れた。朝食を食べ終わった後は、歯磨きを済ませる。
「ピンポーン」
突然家のインターホンが鳴った。何かネットで注文した記憶もないし、両親からの宅配物かな?そう思いながらモニターを見てみた。
「奏太?元気にしてる?」
「げっ、母さん?」
「げって何よ、げって」
両親からの荷物ではなく、母親が届いていた。
「………すみません。頼んでないです」
「何をふざけた事言ってるのかしら。鍵開けるわね」
「……だったら最初からインターホン鳴らさないでくれよ」
自分たちの家なので、当然鍵も持っている。インターホンを押した理由は分からないが、ただの遊び心だろう。扉の鍵を開け、玄関に入ってきた音が聞こえてきた。
「連絡くらいしてくれよ」
「連絡したら一人暮らしの様子が見れないじゃない」
「もてなせたりはするだろ」
「とりあえず、そんなのよりも挨拶が先でしょ」
ベシッと頭を叩かれる。この元気そうな母は、一人暮らしをしている俺の様子を
「おはようございます。そしてご苦労様です」
「はい、おはよう」
玄関で靴を脱いだら、肩に掛けていた荷物を下ろして家中を散策し始めた。
「……一軒家で大変なのに片付いてるわね」
「そういう約束だったしな」
一通り家中を回った後、感心したように俺を見てきた。奏太がこの家で一人暮らしをする上での約束で、成績の維持と家の掃除や片付けがあるので、実はどちらもマメに行っている。
春休み明けという事もあり、ダラけていた部分もあるが、それらに関しては問題はなかった。他にも約束はあったが、特に気にする必要もない約束だった。
「本当に守ってるとは思わなかったわ」
「まぁ、する事もないし」
「偉いじゃない」
「やめてくれ」
この年にもなって頭を撫でられても全く嬉しくない。母の手を軽く振り解く。
「片付けはいいとして、ご飯はどうしてるのかしらね」
「……隅々まで見るつもり?」
「もちろんよ。息子に何かあってからじゃ遅いからね。事情は把握しておかないけないのよ」
母の言う事も分かるので、住まわせてもらっている以上大人しくしているしかない。ついさっきまでいたリビングとキッチンに行った。
「あら、ちゃんと朝ご飯も自分で準備しているのね」
「材料あったし、出来る時には自分で用意してる」
「成長したわねぇ」
「一々感動するのやめてくれ」
息子の成長が嬉しいのも分からないでもないが、一つ一つに喜びを感じられては反応に困る。
「で、もう帰るの?」
「一人で色々出来るからって生意気になって!」
「いやマジで帰ってほしい」
今日の午後というか夜は、琴葉の家に行く事になっているので、母親がいては面倒な事になりそうだ。そもそも渡しにいけるかも分からない。
母親が何時までいるのかにもよるが、あまり長いされても食材を買いにも行けない。いや、買い出しには行けるのだが、二人分の材料を買うとなると絶対に怪しまれるので、琴葉との約束を勘づかれる可能性がある。
バレたところで問題はないのだが、変に揶揄われたりしそうなので極力バレないようにしたい。
「何時までいるの?」
「今日は泊まるわよ。荷物見たでしょ?」
「泊まるの?」
「先週出張があってね、それの振替があったから様子見がてらに帰ってきたのよ」
折角の休みを使ってまでここに来てくれた母に対して、『帰って』と言った事に悪いと思いながらも、琴葉との約束への道のりがまた遠くなった。
母親の事は決して嫌いでもないし感謝もしているのだが、今回は帰って欲しい。
「夜ご飯とか作ってもらおうかしら」
「いや、ちょっ……あの、」
「どうかしたのかしら?」
楽しそうに笑みを浮かべている母に、二度も帰ってと言えるはずもなく、仕方なく今日の事を話した。ただ変な誤解を与えないように、付き合ってはいない事を強く主張し、一度そういう関係にあった事は伏せておいた。
「ふーん。じゃあ今日は、その子に夜ご飯のおかずを持っていくの?」
「そうだけど……」
「付き合ってもないのに?」
「うん……」
親切心と同情で、不健康な食生活を送る琴葉に夜ご飯のおかずを作ってあげると話したのだが、疑われても仕方がない。
俺だって突然こんな話をされたら疑うし信じない。それに友達という関係なのに、夜ご飯のおかずを作るのはやり過ぎだとも思う。
つい彼女の過去の事も話してしまったのは、そうした方がより説得力があると思ったからだ。プライバシー的に良くない事をしたので、後で琴葉に謝る必要がある。
「辛い過去を聞いたから、奏太もそうしてあげたくなったのね……」
母も俺と同じ考えが浮かんだらしく、俺の行動に納得していた。それ以外にも思うところがあるのか、この家に来た時のテンションとは違い、真面目な雰囲気を出していた。
「今日この家で食べればいいじゃない」
「は?」
「だから、この家で一緒に食べればいいじゃない」
「いやそうかもしれないけど……」
「何なら毎日ここで食べてもいいのよ?」
母のその発言を脳内で理解するのに、数秒時間がかかった。
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