第176話 音
目覚めたばかりのジオの瞳には奇妙な光景が写っていた。
「……どうなってんだ、こりゃ……」
自分たちしかいなかったはず。半裸の女たちに押し倒されていたはず。
しかし、目を覚ませば、数百人の若者たちが地にひれ伏していた。
「ロックとセックスは密接な関係……しかし、トゥナイトはもうグッナイ……グッドガールたち……聖域少女も……白姫も……黒姫も……ユーモアなガールも」
見知らぬ異種族。それは、鬼族の男。
妙な弦楽器を奏でながら歌を歌い……
「ちょっ、まっ、って……キオウく……んっ、……」
「っ、意識が遠のく……だ、め……ジオ様が……」
「ちょっ、一体何なんですの……くかー」
「すぴー……」
「ちんち……くかー」
それは、ジオにとってはまるで入れ替わるような出来事だった。
気を失っていたと思われる自分が目を覚ました時、ちょうどその瞬間にオリィーシ、エイム、フェイリヤ、ナトゥーラ、そして興奮で目を血走らせていたはずのギヤルすらも膝から崩れ落ちてその場で意識を失って倒れてしまったのだ。
「なっ、……んだと?」
それは、ありえなことだった。
フェイリヤは別にしても、エイムたちは世界でも最高クラスの魔法使いでもある。
この都市が誇り、世界にも轟く十賢者の称号すらもっているのである。
そんな女たちが、同時に意識を失って倒れる。
ありえないことだ。
「……ニコホ……ナデホ……」
「すぴー……zzz」
「ましんさ……く~……く~……」
そして、マシンが保護していたニコホとナデホの双子メイドたちも意識を失った。
もはやこの状況、起きているのは……
「ふふふふ、こんなところか……さて……改めて……ナイストゥーミートゥーユー……グッドガイたち」
歌と演奏をやめ、笑みを浮かべた男の前に立つのは、もはや三人だけ。
「あ~……どういう状況だ?」
「ちょ、この人……セクとか、みんなもどうしちゃって……」
「……何をした?」
ジオ、チューニ、マシン。この三人だけだった。
「オ~、怖いフェイスをしないでくれ。ミーはただ、ユーたちをヘルプしただけ」
「なに?」
「ハードロックだったり……セクシーだったり、コメディだったり……パンクだったり、様々なロックを見せてもらったからな」
ただでさえ、鬼族という魔族。それだけで警戒に値する。
ジオたちはいつでも動き出せるように警戒しながら、男を凝視する。
「ふふ……ミーは、流離いのミュージシャン……一応、この都市の研究者にネームは登録しているが……ミーは……『キオウ』……『キオウ・ロックス』だ」
キオウ。そう名乗った鬼族の音楽家。
だが、名乗られただけで警戒心を解けるはずがない。
そもそも、ただの音楽家であるはずがないとジオたちには分かっていた。
「音楽家か……随分と音痴でやかましい、イカした演奏をしてくれたが……何をした? どうして、エイム姫たちが意識を失った? 何かの能力? それとも魔法か?」
ジオが身構えながらキオウと名乗った鬼に尋ねる。
今、エイムたちの意識を奪ったのは魔法か、それとも何かの能力かと。
すると、キオウは両肩竦めながら笑みを浮かべた。
「ノンノン……能力でも魔法でもない……」
「あ? んなはずあるか。少なくとも、エイム姫まで倒れてんだ……何か妙な魔法でも使ったとしか考えられねーだろうが」
「オ~……その考えはミステイクだ。リアルにミーは何もしていない。だが、あえて言うとしたら……音楽とはそういうもので、それを可能とするのがミュージシャンであり、ロックンローラーだ」
能力や魔法であることは否定。しかし、キオウの言葉は止まらない。
「音とは不思議なもの。人のハートをバイブする。時に熱く……時に楽しく……時に悲しく……時に子守唄のように……そして時には果てしない夢(ドリーム)を……希望(ホープ)を……自由(フリーダム)を感じる時もある」
そして、キオウは手遊びをするかのように弦楽器を鼻歌交じりで演奏し始めた。
「つまり、音とは人の感情をコントロールすることが可能……ならばそれを極めれば……人も世界も征服することも可能。文化や種族に違いはあれど……音楽に……ロックに壁はナッシング! ミーは……魔王でも勇者でもない……そんな、ロックの神になるのだ!!」
ゆっくりと鼻歌のような旋律から、突如熱い風が駆け抜けるかのように、ジオたちの体を覆った。
言ってることも、キオウという男が本当に何者なのか、結局のところ全く分からない。
しかし、それでも……
「こいつ……」
「……ロックンローラー……こいつ……青き星の文化に影響を受けて……」
「いや、全く意味不明だけど……でも、この人……」
一つだけ分かることがある。
「……ぷぷぷぷ、アハハハハハハ。とは言っても、ミーはまだまだ未熟。世界を征服するほどのロックはまだできない。ユーたちのステディをスリーピングさせたのは……ただ、脳を刺激するノイズや……ジャミングを使って皆をスリーピングさせただけ。それぐらいなら、今のミーにもできる」
軽々しく冗談のような口調で話すも、語る言葉の端々には本気の熱を帯びているということ。
そして単純に……
「……ツエーな……こいつ」
単純にキオウは強い。しかも並大抵の強さではない。そのことだけはジオたちも理解した。
「……けっ、まあいい。てめーがどこの何者で、どんな趣味や夢があって、何の種族であろうと、んなこたー今はどうでもいい」
だが、キオウの力は何となくは分かったとはいえ、それでも分からないことがあり、ジオは問う。
「この状況は……何が目的でこうした?」
今、キオウがこうしてここに現れてこの状況を作り出した意味だ。
「ふっ、シンプルにハードロックなバトルの後に、チープなラブコメディを見たくなかったのもあるが……」
すると、キオウはゆっくりと夜空の月を見上げた。
「……さっきの、あのドラゴン……オシリスだったかな? アレが何者かは知らないが……プロバブリィ、ナグダの遺産……マシンガイや……そこでスリーピングのキュートガールと同じように……」
「ッ!?」
「だが、それはどうでもいいこと。本当のプロブレムは……あのドラゴンが……クレイジーなことをしてしまったということ」
途端にその口から語られた言葉。
「間もなく……このワールドに……残酷で、破壊的で、絶望の音楽が流れだす……ミーの好みではない……かつての戦争のようなトラジェディ……それが、ミーには耐えられない……戦争などダークなだけ……そんなワールドはもう見たくない。そして、それらの元を辿れば、全ての元凶はユーたちだ……だから、ユーたちには責任を取ってもらいたい……こんな所でダラダラしていないでね」
「責任……だと? 何のだよ! つか、俺たちが何をしたってんだ! むしろ、俺たちは何かされた記憶しかねーしよ!」
「ワッツ? だが……フェイクヒーロー……オーライのゴールドメッキを剥がしたのは……ユーたちだろう?」
「ッ!?」
「その結果……今……カオスが起きようとしている」
そのとき、ジオたちは思い出した。オシリスが、何をやらかしたかということを。
そして、三人はキオウと同じように同時に月を見上げた。
あの輝く月が、世界中に何を発信したのかを。
「……ふふふふ……とまあ、それはそれとして……ヤンキーガイ・ジオ」
「……あ?」
「……ユーはいつまで、ヌードなんだい? それも、ロックといえばロックだが……」
「……ッ!? ぬおっ、どうりでスースーしてると思ったら!? つか、俺、どこまでヤラれたんだ? どこまで?! なんか、口の周りとかベトベトしてるし、……尻……」
今、世界で何が起ころうとしているのか。
それを思う前に、とりあえずジオはまずズボンを履いた。
――あとがき――
お世話になります。昨日も紹介いたしましたが、下記の短編もよろしくお願いします。
『神界から派遣されたチートの回収者』
https://kakuyomu.jp/works/16816700429644745450
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