第174話 変人1

 男を巡る女と女の攻防戦。

 中には半裸だったり、口には出せない状況に男を押し倒している者たちも居れば、今まさにシャレにならない破壊力を秘めた戦闘を始めようとする女たちも居る。


「チューニくーん! 無事かー? さっきの月に写ってたドラゴ……うおっ、何だこの状況は!?」

「な、なんか……張り詰めた緊張感漂う戦闘を、オリィーシちゃんたちがしようとする一方で、……白姫と黒姫が桃色空間を作り出して……どうなってんだ!?」

「し、しかも、ヤバイ! あの、ジオのあんちゃんが……」

「こ、これって、俺たち……助けた方がいいのか?」

「皆でハメってことなら、あーしらも混ざる?」

「ど、どういう状況なんだ……駆けつけたはいいが、助けるべきか、盛り上げるべきか分からん」


 騒ぎを聞いて駆けつけるトキメイキモリアルの住民たち。


「くっ……みんな……邪魔しないで欲しいっていうのに……」


 セクと戦闘態勢に入ろうとしていたオリィーシが舌打ちする。

 いかに、恋に狂った女たちとはいえ、この状況になれば、多少なりとも常識のある彼女たちもこれ以上のことはできない……と思われていたが……


「知らない。世界がどうなろうと、マスターを奪おうとするものは皆、敵。誰が何人現れようとも……」

「ッ!?」

「死んじゃえ。皆、死んじゃえ」


 オリィーシに対して、セクは一歩も引き下がる気は無かった。


「ギャーッ、セクー! くっ、どど、どうすれ!? セクの力は魔法じゃないから僕でも防げないし! あの、セク、いい子だから落ち着いて!」

「私はマスターを守って、もっといい子になります」

「ッ、まさか……この子、本気で?」


 躊躇いもなく、「ソレ」らがチューニを自分から奪う敵と判断すれば、止まることはない。


「音波振動―――」


 だが、そんな主の言葉でも止まる様子の無かったはずのセクだったが……



「どうなってんですかー!? 私が寝てる間に、同胞のオシリストであるオシリス若頭がドラゴンになって、しかも死んでる!? どういうことなの!? ドラゴンになったら、ドラゴンの雄同士の腐った繋がり……竜姦できたじゃないですかー!?」


―――――??


「それに、何で!? 何で、ジオ氏とチューニ氏……二人の血の繋がらない熱い兄弟がこんなことになってるんですか!?」



 あまりにも歪んだオーラを発した謎の存在とその発狂に驚き、思わずその手を止めてしまった。


「な、なんなんで?」

「ッ……アレは……」

「んまあ、なんですの? 人がオジオさんとチョメチョメしようとしていますのに、無粋な!」

「あらあら……」

「あの子……」


 数百人近い者たちが集う中でも明らかなる異質。

 エイムたちですら思わずジオを襲っていた手を止めて顔を上げる。

 そしてそこには、周りの数百人の者たちですら思わず引いて距離を開けて引いてしまうほど、己の歪んだ性癖を泣き叫ぶ女が居た。


「この世には、腐っていたほうが美味しい食べ物が存在します……そして、そんな数ある食べ物の中……私が一番好きなおかずは男の子の男の子による男の子だけの盛り合わせ! 特盛つゆだく! しかし、なんですかこれは!? 絶望ですか! 終末の世界ですか! せっかくの美しき世界をどうして浄化しようとするの!」


 歪んだ口元と、全身から暗黒の瘴気を漂わせたメガネの少女。

 メガネの下から血の涙のようなものを流し、額に青筋を浮かべて憎しみにも似たような形相である。


「物語の中だけかと思っていた……俺様系アニキと、最初はナヨナヨしてたけどアニキの影響を受けて覚醒して成長する弟分……二人の兄弟がぶつかり合い、そして……兄弟合体する瞬間を全世界の腐った女の子たちは期待していたのに……おどれらなんばしよっとォ! 幻想を打ち壊す悪魔共ォォォォ! 結ばれるはずだった熱い兄弟を返せコレエエエエエエ!」


 もし、その少女が落ち着いた様子で一言も言葉を発しなければ、学校でもクラスの隅に居るような、どこにでもいる地味な女の子という印象だったかもしれない。

 しかし、今は違う。


「男の子と女の子が結ばれるなんて普通でしょ? 普通の何がいいの? あの二人を普通の人にしてしまったこのクソ現実で、私は明日から何をおかずにご飯を食べればいいの!?」


 いやらしかったり、チャラチャラしたり、ガラが悪かったりとするトキメイキモリアルのチューニ軍団。誰もが一癖も二癖もありそうな者たちが集う中、明らかにその少女だけは特殊で異質な空気を発していた。

 誰も声をかけたくない。関わりたくない。そんな空気だった。


「あ、あの子は……まさか彼女まで現れるとは! 十賢者が誇る……『変人衆』の一人!」

「普及させようとしている新たなる文化は、今では異大陸の一部の女性すらも熱狂させるほどの新文化の普及者!」

「十賢者、序列8位!」


 しかしそれでも、周りは声を上げずにはいられない。


「だから、私が救おう、君と君! そして、今……二人の愛し合う兄弟に新たに参上した、クール系の兄貴、マシンさん! オラオラ兄貴とクール兄貴、二人に挟まれた弟が……ぶひゃあああああああ! 私の妄想ノンストップですわあああああああああ!」


 そして、最後には噴水のように鼻血を吹き出しながら、痴態を繰り広げる女たちに向かって叫び……


「嗚呼……いただきました、ごちそうさま……私は今日もいい夢を見れます……」


 そのまま、恍惚な表情でバッタリと出血多量で意識を失ったのだった。



「「「「じ……自爆したああああああ!?」」」」


「「「あんた、一体、何しに出て来たんだー!?」」」


 

 結局、何もするどころか、名前すらも名乗らぬまま、一人の女が現れたかと思ったらそのまま倒れた。

 これには流石のセクも状況を理解できずにキョトンとした顔で小首を傾げるだけだった。


「な、なんだったの……あの人?」

「気にしなくていいよ……チューニ。あの子……ああいう子だから……」

「……一応、優秀ですし、文化への貢献も凄いんですけどね……」

「あとで、トントンしてあげないとですね」

「よ、よく分かりませんでしたが……つまり、続きをして問題ないということですわね!」

「ジオチンチン……」


 チューニやオリィーシ、エイムたちも結局何だったのかと苦笑するしかない状況だった。

 しかし、そんな中……

 

「ふう~、これだから、腐った女の子はダメダメだのん。物語は所詮、物語だのん。二次元の話を三次元に持ち込むなんて、ダメダメだのん」


 誰もが一人の女の失神に戸惑う中、溜息を吐きながら前へ出る豚が居た……男が居た。


「聖域少女も、白姫も黒姫も、天然傾国も、所詮は三次元の腐れビッチなんだのん。男に股開いて喘ぐだけの、クソなんだのん」


 トキメイキモリアルを代表する十賢者にして代表的な美女……その美貌なら世界クラスかもしれない乙女たちを「クソ」と吐き捨てる豚……男が居た。

 誰がどう見ても肥満体。汗に塗れ、ベタベタの黒髪には、ふけも溜まっている。少女と同じようにメガネをかけ、何故か既に息切れしている。

 ある意味で少女と同様に誰も関わりたくない、話しかけたくない、そんな豚……男であった。

 

「むっ?!」

「げっ、あの野郎は……」

「なんであいつまでここに!?」


 しかし、それでもこの街の住民であるのなら、その男を無視することは誰にもできなかった。



「でもね、セクたん……だっけ? 君だけは別だのん。三次元で初めてペロペロしたいと思ったのん。もっと体中を隅々まで見せて欲しいのん……そして、ゆくゆくは僕のオリジナル魔法で……ぐふぇふぇふぇふぇ」


「ッッ?!」


「さっき、そこの金髪ロールのクソビッチのパンツは月に写ってたけど……き、君のを見せて欲しいんだのん。君も、こ、ここ、紺色のぶるまーってのを穿いてるか、見せて欲しいんだのん! 穿いてたら、君は合格なんだのん!」



 悪寒が走る。ということを、セクは目覚めて初めて理解した。

 そして、寒気がしたのはセクだけではない。

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