第151話 混沌開始数秒前

 白い瘴気に包まれて姿を消したジオとギヤル。

 しかし、それは「他の者たちから見た場合」である。


「こ、これは……って、お、お前ッ!?」

「エイむん!?」


 ジオとギヤルからすれば、白い靄に包まれただけで何も体に変化はない。

 しかし、周囲は違う。

 元々、周囲の視線は現在チューニとオリィーシに集まっているのだが、それだけではない。

 まるで、ジオとギヤルが「見えていない」かのように、今の自分たちに誰もが無反応だった。


「今……二人の姿は……いいえ、『私たち四人』の姿は誰にも見えません」

「誰にも見えないぐらい……キャンバスに書いた色鮮やかな絵が真っ白に消えるかのように~……それが、姫様の認識阻害の白魔法です~」


 ジオとギヤルの前に不意を突いて現れた、エイムとナトゥーラ。

 二人の存在に、ジオとギヤルは衝撃を受けて絶句する。


「私のこの魔法に掛かった方は、姿も気配も声も音も他の者から感知されなくなります……まぁ、私たち以外の者と身体接触すれば解除されてしまいますが……今、こうしている私たちの姿は誰にも見えません」


 体に変化はない。しかし、周囲にとってはジオとギヤルの姿が一瞬で消えてしまったようなものである。

 そして、今、こうして現れたエイムとナトゥーラの姿もまた誰にも見えていない。

 仮に二人が……



「「服を着ろおおおオオオオオオオオオオオオオ!!」」


「別に、すぐに脱ぐではありませんか、ジオ様……」


「やっぱり~、ジオ殿は脱がせたいですか~?」



 二人が、衣服も下着も一切身に纏わぬ生まれたままの姿であったとしてもだ。


「ジオ様、見てください。三年前にジオ様に何十回も食していただいたこの体は、三年の月日が経っても味は落ちていないという自信があります」


 真っ白い肌に聳える双丘とその先端に色づく桃色の果実。


「うふふふ、懐かしいですか~、ジオ様~? 三年前は、『マリア姫』との『ダブルバストストリームコンビネーション』で散々ご奉仕させていただいた~、私のおっぱいですよ~♡」


 二つの大山脈は、形も整っている上に激しく揺れて弾力を見せる。


「エイム姫……ナトゥーラ……な、何やってんだ、二人とも!? こ、こんなの、ただの変態じゃねぇか!?」

「うふふふふふ、ジオ様ったら、嫌よ嫌よと抵抗しながらも……」

「はい~、私たちをかつて貫いた~、性剣エッチカリバーさんが臨戦態勢です~」


 そして、二人はジオの両脇をガッチリと固めるように纏わりつき、ジオの服を脱がそうと、エイムはジオのズボンを、ナトゥーラはジオの上着を剥ぎ取ろうとまさぐる。


「ちょっ!? ちょちょちょちょっ!? どどど、どうなってんの!? なんで、あのクソ真面目でつまんないだけのエイむんが、ぜぜぜ、全裸で街中に!? しかも、ジオチン誘ってるし、サラッとナッちんもバインバインに揺らして現れてるし……しかもジオチンは案の定、あ、アレがすごいことになってるし!」


 そんな全裸で攻める二人の女と、攻められている男の姿に、ギヤルは震えながら腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 すると、ショックと恐怖で怯えるギヤルに対して、エイムは雌の表情から豹変したかのように、冷たく氷のような目でギヤルを見下ろした。


「ジオ様は、この街にはあなたの力になるために来られたと聞いています……それがどういうことかお分かりですか?」

 

 ジオの体から離れてギヤルの前でそう見下して告げるエイム。たとえ全裸でも、その身から発せられる絶対零度の圧迫感にギヤルは息を呑んだ。 

 だが、言われっぱなしになってはならないと、ギヤルはまだ立ち上がれないが、それでも言い返す。


「いや、それ、断ったし!」

「ッ!?」

「べ、別にジオチンの力は要らねえってさっき言ったし! つか、あんたどうしたん!? ジオチンとは知り合いだったん?」


 そう、ギヤルは先程、「心配いらない」とジオの助けを必要としないことを告げていた。

 そのことはジオもハッキリと聞いていたので、何度も頷いた。

 だが……


「じおさまが……いら……ない?」

「へっ?」

「三年前……帝国から排除されようとしたジオ様に……それを言ったのですか?」

「は……はい?」


 エイムは目を大きく見開いて、口角が吊り上がり、禍々しい瘴気を再び全身から溢れさせた。


「ギヤル……『今の私』はハッキリ言って黒姫派など、もうどうでもよいのです。孤児院建設も、慈善事業によるポイント稼ぎが本音ですので、今の私の最優先事項はもうそこにはないのです」

「はっ?? い、いやいやいやいや、エイむん!? あんた、世界が揺れちゃうことサラッと言ってるけどいいの!?」

「だってそうでしょう? ジオ様はもう帝国を拒絶し決別しています。帝国との共同事業はむしろ不快に思われるでしょうしね」


 それは、本来人には聞かせてはならないような言葉。

 人には本音と建前もあり、それは一国の姫も同じ。

 純粋な善意のつもりでも、やはり国が絡む以上は多少の損得は考慮しなければならない。

 ただし、それをあまり大っぴらにしなければ特に問題ない。


「何よりも三年前は目の上のタンコブだったあの三姉妹姫とももう二度と関わらない方がジオ様のため。むしろ、願ったり叶ったりです。忌々しくて仕方なかったです……ジオ様を我が物顔で所有するティアナ姫が……」


 だが、今のエイムは心底「そんなものどうでもいい」と包み隠さず話していた。


「お、おい、エイム姫! あんた、何をむごごごもももも!?」

「はい~、ジオ殿~、姫様は今は取り込み中ですので~、先に始めてましょう~。ちゅ~♡」

「ッ!?」

「さあ~、まずはリハビリです~」

「うぷっ!?」

「はいはい~、気分が悪いようでしたら~、ココをこうしてアレしてむふふふふ~♡」

「ふばあああああああああああっ!!??」

「脱ぎ脱ぎ、ポイっと……あらあら、お久しぶりです~お元気そうで何よりです~。そして、いただきます~♡」


 止めに入ろうとするジオを捕まえて、ナトゥーラは○○××△△


「つまり、今の私は世界よりも種族よりも、まずは三年分のジオ様優先なのです。その私を前に、どんな理由があるにせよ、『ジオ様を要らない』と口にする者は、許せるものではありません」

「ちょおおおおお、まずはその前にナッちんを止めろおおおお! うわっ、あんなところを……あんなにガッツリ……う、うわ~……じ、ジオチンももう目が……ぎゃあああ、じ、ジオチンがもうどうにでもなれって感じで、ゲロ吐きながら鼻息荒くして、う、わ、あわ、わ」


 正直、もうギヤルはエイムの言葉全て耳から入って反対側から抜けるだけで、それよりもジオとナトゥーラが気になって仕方なかった。

 そして、「精力剤の効果とナトゥーラの武器と技術力」が、ジオのトラウマなどお構いなしに責め立てて、ジオの意識ももう飛んで正気を失っていた。


「……人の話を聞いていますか?」

「こんな状態で聞けるかって! ……って、エイむん!? あんた、何で投げ捨てられたジオチンのパンツを顔に被ってるの!?」

「通常装備です……くんくん……すーはーすーはー……あぁ♡」


 だからこそ、もう、今のチューニを殴って正す者は現れず……



 

 徐々に広場に不穏な空気が漂い始めていた。


「ね、え……チューニは……私がこの街に居たこと知っていた?」

「いや、全然……むしろ、小さいとき……どこに引っ越したのかも知らなったんで……」

「そ、そう。じゃ、じゃあ、再会できたのは、偶然……ううん、運命かな?」

「いや、まったくの偶然だと思うんで……」

「……そ、そうかな……」


 これまで何とか微笑みをキープし続けたオリィーシだが、それでも唇は完全にヒクついていた。

 そして、先ほどまでチューニフィーバーを起こしていたチューニ軍団も、オリィーシとチューニの二人にビクビクし始めていた。


「なら……どうしてここに?」

「いや、そ、それは……あの……ギヤルって人に用があって」

「ッ!?」


 その時だった。オリィーシの目じりがピクリと動いた。


「ギヤル先輩……え? なんで? なんで、チューニが……どうして? た、確かに、黒姫派の皆さんと一緒で……なんで? チューニがギヤル先輩を? えっ?」

「あっ、いや、その……ちょっと頼まれごとで……」

「頼まれ? ううん、そうじゃない。なんで? なんで、チューニが女性に用事があるの? だって、あなたは……チューニでしょ?」


 チューニがこの街に来た目的。それは、チューニ自身というよりは「ジオパーク冒険団の目的」であるのだが、そこまでを知らないオリィーシからすれば、「自分以外の女に用があってこの街に来た」と捉えてしまった。

 それは、幼いころのチューニしか知らないオリィーシからすれば、ありえないことだった。



「ど、どうして? ねえ、チューニは女の子とお話するのも苦手だったでしょ? 話をするのは私ぐらいで……私はほら……牧場で迷子になってたところをチューニに助けてもらって、それ以来チューニのことをずっと見ていたし、家も隣だったから……それ以外の女の子は皆、チューニのこと嫌ってたでしょ? …………ボソッ、そのために女の子たちに悪い噂だって流したし……」


「いや、あの、僕は今でも女の子とお話しするのはすごい苦手で、その黒姫って人にも変な用事があるわけじゃなくて……って、今、最後の方になって言ったの?」


「う、ううん。なんでもないの。でも、そうなの? ギヤル先輩を好きでとか、そういうことじゃなくて?」


「いやいや、好きも嫌いも何も会ったことも無いんで!」


「あっ、そうなんだ……ホッ……そ、そうよね! うふふふ、私ったら……チューニが私の知らない間に、女の子が苦手なのを克服したのかと思って焦っちゃった」


「克服なんて……」


「うん。ほら、今はこの都市でも色々と男女交際がとても進んで……変な話……いやらしいことさえできれば誰でもいい……なんて人も居るから……チューニがそうじゃなくて良かった」


「……う、うん」


「あ~、よかった。じゃあ、チューニは私と同じで……まだ、そういうの無いんだよね? 特別親しくなった女の子とか……」


 

 先ほどまで緊迫していたが、ようやくホッとしたように温かい笑みを浮かべるオリィーシ。

 空気が緩み始めてチューニ軍団も胸を撫でおろす。



((((ややこしくなるから、チューニくんおっぱい担当は黙っておこう))))

 


 そして同時に、チューニ軍団の女たちも、この状況を壊すようなことは今はしない方がいいと、暗黙の了解で頷き合った。

 しかし、その数秒後……



「う、うん……そういうの……僕はま、まだなんで」


――アイ・ラブ・マイマスタ~……チュッ


「……う、うん……ぼ、僕は……」


――レッスン1です、坊や。大人のキスの仕方を教えてあげます。さっ、舌を……♡


「……マッタクケイケンナインデ」


「チューニ目を逸らしたよね何で逸らすの私の目を見てハッキリ言ってよそんなことないよねチューニ経験ないよねチューニは女の子とそういうことないよねあるわけないよね」


 

 セクとコンの二人を思い出したチューニは、言い淀んで目を逸らしてしまうが、オリィーシはその仕草を見逃さずにチューニ接近してチューニの胸倉を掴んだ。


「ここ、恐いんで怖いんで怖いんで!」

「ねえ、な、無いでしょ……そんなことあるわけ……だって、あなたは私と約束……だから私……」

「は、はいい?」

「ねえ、チューニ……私はあなたの……今はまだ幼馴染だけど……」

「……え、あ、はい、そうみたいですけど……」

「私……この都市に来て学校に入ってから……色々とね……告白されることもあるの……でもそれは全部……」

「あっ、そうなんだ……うん……」

「ことわ……えッ!?」

 

 目の前の美少女が、まさか幼いころから自分のことを想っていてくれたということを、自己評価の低いチューニが思い至ることはなく、まるでオリィーシの気持ちを理解しなかった。


「……それだけ?」

「えっ?」

「私……色々な男の子に告白されたことあるの。なのに、それだけ? それ以上……言ってくれないの?」

「いや、それ僕が聞いても……何を言えば……えっと?」


 その瞬間、オリィーシはこの世の全てが絶望に染まったかのような瞳になった。

 これまでの会話でひょっとしたらという予感は感じたが必死に否定した。

 だが、もう間違いなかった。

 目の前の男は、自分のことを特に何とも思っていないということを。


「ば……か……」

「へ?」

「ッ、バカッ!」


 その瞬間、オリィーシは掌を地面に添え、同時に全身に魔力を行きわたらせる。

 淀みなく、美しさを感じさせるほどの魔力の流れ。

 その美しさにチューニが一瞬見惚れていた次の瞬間……


「ほぎゃあああっ!?」


 チューニの足元が突如爆発したかのように弾け、チューニが空を舞った。


「「「「「チューニくんがああああ!?」」」」」


 それは、全て偶然だった。

 オリィーシが怒ってチューニの足元を爆発させて、そのままチューニを宙高く舞わせた。

 もしこれが、チューニを直接爆破しようとしていたら、チューニの体質で無効化されていた。

 オリィーシはチューニの魔法無効化を知らなかったが、今回咄嗟に行ったソレは、地面の破壊による爆風で吹き飛ばされるということのため、チューニの能力でも無効化できなかった。



 そして、宙高く舞ったチューニはそのまま……



 今、透明化して周囲には見えない状態だが、非常に大変なことになっている、ジオ、エイム、ナトゥーラ、そしてギヤルの四人の居る場所へと……

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