第145話 序列
「初めてのパターンの再会だから、まるで対応の仕方が分からねえ。俺にキレられて目を輝かせるような奴に、どう怒れってんだ?」
屋敷から逃走し、都市の通りを憂鬱そうに歩くジオ。
先ほどまでの、涙も感動も何もない、ただゾッとしてしまうような再会に、ジオは頭を抱えていた。
「おかしいもんだぜ。昔はたまにしか笑わない姫様も、接するうちに感情豊かになって可愛く、そして美しく笑って……ナトゥーラもおっとりしながらも、あの微笑みはどんな状況でも場を和ませて……っていうか、どっからああいう極端になっちまったんだ?」
昔の甘酸っぱい思い出から、男女の関係になるまでの日々を振り返るジオ。
いつからああなってしまったのか?
「……思い返せば……まあ、あいつらとはあいつらでかなり特殊なことをしてきた気もするが……?」
原因は自分に無くもない……そう自覚もあるからこそ、気持ちも少し重い。
「とはいえ、俺のことを思い出すまではそうじゃなかったんだろうな……大魔王が死ぬまで……あの二人は、この都市で学び、成長し、多くの人間からも尊敬され……この都市より認められた称号も得た」
そして、もし自分のことを思い出していなかったら?
少なくとも自分のことを忘れていたエイムとナトゥーラは性的な趣向は恐らく一度封印され、元の寡黙でクールな姫と、ただのおっとりほんわかエルフだったはず。
そう思いながら、ジオはふと、街の途中に壁に貼られている掲示板が目に入った。
その掲示板には……
「……『十賢者紹介』……か」
この都市独特の称号であり、エイムとナトゥーラの二人が所持する称号。
掲示板に張られた紙には、現在の十賢者の名が全て書かれており、そこにはちゃんと二人の名が書かれていた。
●十賢者紹介
序列1位:オリィーシ・ボマイェ
二つ名:聖域少女
性別:女
所属:魔法高等学校 1年
得意魔法:合成魔法、治癒系魔法、爆発系魔法
序列2位:エイム・スケーヴェン
二つ名:白姫
性別:女(*ハイエルフ)
所属:魔法高等学校 3年
得意魔法:植物系魔法、召喚魔法、光属性魔法、無属性魔法
序列3位:ギヤル・イノセント
二つ名:黒姫
性別:女(*ダークエルフ)
所属:魔法高等学校 3年
得意魔法:闇属性魔法
序列4位:アキレウス・グラディエイツ
二つ名:大魔槍術士
性別:男
所属:魔法武芸研究所
得意魔法:炎系魔法、風系魔法、付加魔法
序列5位:キモータ・ニヂゲン
二つ名:イマジンソルジャー
性別:男
所属:新魔法技術開発研究所
得意魔法:想像具現化魔法
序列6位:エンコーウ・オジサ
二つ名:サポート先生
性別:男
所属:魔法高等学校 校長
得意魔法:補助系魔法
序列7位:ナトゥーラ・ボニー
二つ名:天然傾国
性別:女(*エルフ)
所属:魔法高等学校 3年
得意魔法:治癒系魔法、召喚魔法、合成魔法
序列8位:フジョウ・シビーエル
二つ名:腐教祖
性別:女
所属:新魔法技術開発研究所
得意魔法:想像具現化魔法
序列9位:フリーダ・ボヤージュ
二つ名:遺跡婚約者
性別:女
所属:フリー(古代魔法文明歴史研究者)
得意魔法:地属性魔法、天候魔法、付加魔法
序列10位:キオウ・ロックス
二つ名:衝動音楽家
性別:男(*オーガ)
所属:フリー(魔法楽器研究者)
得意魔法:歌魔法
序列1位から10位までの名前と二つ名と簡単な紹介文。
とはいえ、エイムとナトゥーラ以外は一人も知らないので、ジオは特にその他の名前には「一つ」を除いてそれほど気にならなかった。
「黒姫……こいつか……ギヤル・イノセント……こいつを救えって言ってたな……ポルノヴィーチは……。つか……さっき、エイム姫はサラッと言ってたが、こいつ、本当に七天の一人に育てられたのか?」
自分たちの当初の目的であるダークエルフの名前。
序列3位のギヤル。その名を見て、そして先程のエイムがサラッと言った言葉を思い返し、ジオはまた頭を抱える。
「にしても、七天って誰のことだ? カイゾーは違うだろうし……となると、残る六人の中に……」
長期地上に駐屯し、ダークエルフであるギヤルを養子として育てるも、戦争での危険を察知してギヤルをトキメイキに放った。
そんなことをするのはどの七天か?
かつて戦った者。倒した者。名前だけは知ってるもの。
ジオがかつて敵対した者たちのことも思い返していた……その時だった!
「ッ!!!??」
ジオは突如、心臓がとてつもなく大きく跳ね上がり、思わず胸を押さえた。
「……な? なに?」
そして、異変は心臓だけではない。
「はあ、はあ、なっ、なんだ? 急に……か、体が熱いッ!? ど、どうなってる? 心臓も跳ね回って……ぐっ!?」
体中が熱を帯び、汗が溢れ出てくる。
突然の肉体の異変に、何かの不調か、それとも病気かと一瞬不安が過るジオだが、そこで気付いた。
「……あっ……」
自分がついさっき、何を飲んだのかを……
「や、やべえ……熱い……体も頭も心も…………」
ナトゥーラの口移しで飲まされた精力剤。
それがようやく肉体に回り始め、自分の異変を与えていた。
それは三年前にジオが飲まされ続けていた物よりも遥かに強力に感じ、高ぶる気や心を抑えようとしても、うまく制御できず、思わずジオは両膝両手を地面について蹲ってしまった。
「はあ、う、っ、こ、これは……ヤバい……な」
突如道端で蹲ったジオに、通り過ぎる学生や研究者たちも思わず立ち止まっては振り返る。
しかし、半魔族の見知らぬ男が突如そのようなことになっても、皆は距離を取って眺めているだけで、誰もジオに声を掛けようとしない。
ジオにとっては、特に病気というわけではないので、誰も自分に関わろとしないのであれば、それはそれでも構わなかった。
だが……
「ちょ、ちょ~す。あんた、どーした? 体調ヤバメな感じ? つか、汗すごすぎっしょ!?」
物好きで、お人よしも居るものだった。
一人の女が蹲るジオに駆け寄って、介抱しようとしている。
「……?」
誰だ? 思わず顔を上げるジオの目の前に差し出された手は、褐色の肌。
手首には金色のバングル。
そして、その爪は長く伸び、虹のようなカラフルな柄と、ハートマークの装飾などがされている。
褐色の足に纏う靴下は異常なほどダラダラとしており、もう少し顔を上げると、ベージュの短いスカート。
上半身には白い襟付きのシャツを着ているも、へその部分と胸を出す様にシャツのボタンを大きく開け、更にはシャツの下の部分を捲り上げて縛りあげている。
「あんた魔族じゃん? って、どーでもいいか。汗マジヤバいし。水でも持ってくる? 立てないなら肩貸すし」
派手で軽薄そうな身なりとは裏腹に、蹲るジオまで体を屈めて、親身になって介抱しようとする。
「……お前は……」
そして、ジオが更に上を見上げて、自分に手を差し出した人物の顔を見る。
薄紫の長い髪。頭に花飾りをつけ、少し派手な化粧が気になるが、美しい女だった。
だがその女は、普通の人間と違い、尖った長い耳をしている。それは、女が人間でない証。
「ダークエルフ……」
「ん? 見りゃ分かるっしょ。つか……あたしのこと知らねー感じ?」
その人物を目の当たりにし、ジオは改めて女の頭からつま先までを一度軽く見る。
この女がそうなのか? ジオがそう思ったときだった。
「黒姫様~!」
「ギャル先輩~!」
この状況に第三者が介入してきた。
ジオが声のした方へ振り返ると、そこには、ガヴァたちよりは少し幼い感じだが、似たような派手で少し露出の多い格好の学生たちが駆け寄ってきた。
そして、呼ばれた「黒姫」の名に、ジオは「やっぱりこいつが……」と呟いた。
「昼間っから何してんすか~、黒姫様~? この人は……何で土下座してるんですか? ……あっ、分かった!」
「今、黒姫派の先輩たちが一斉追放でピンチってときに……流石~、ギヤル先輩! それでも男が寄ってきて、先輩に土下座でエッチ懇願してるんでしょ!」
この光景。両手両膝を地面についている今のジオは、傍から見れば手をついて頭を下げているようにも見える。
その姿を、若い二人の女は、「ジオが土下座でお願いをしている」と勘違いしたようだ。
「ちが―――」
「ち、ちげーし!? な、なんで、えっちっちなん? こ、こいつ体調悪そうだから手ェ貸そうと思って!」
と、ジオが勘違いを訂正する前に、顔を真っ赤にしてどこか取り乱したように慌てて黒姫が否定したのだった。
「またまた~、知ってるんですよ~? 寝技を極め過ぎた黒姫様のテクと体を味わいたくて、男は皆、額を地面にこすりつけてお願いするって~」
「実際、先輩って経験人数何人ぐらいなんですか~? 噂では百とか千とかって聞いてますけど」
否定する黒姫の言葉を冗談だと受け取って、品のない質問をする二人の女。
すると、黒姫はその問いに少し言葉を詰まらせながらも、両腕組んであさっての方を向きながら……
「お、おうよ! も、もう、か、数えてねーっしょ! あ、あたしぐらいの女になると、回数じゃなくて、の、濃厚さが大事っしょ!」
「「マヂ深いッ!!」」
かなり狼狽えながらも笑いながら答える黒姫ギヤルの言葉に、二人の女は目を輝かせる。
そして二人はより身を乗り出して、黒姫に更に追及する。
「あの~、前から気になってたんですけど~……黒姫様って何歳に初体験だったんですか?」
「ほべっ!? い、いや、なんつーか……あの、うう、その、んなの忘れたし! ま、魔法使いに必要なんは、魔法を何歳から修行したかじゃなくて、どういう修行を経て何ができるようになったかじゃん!」
「なるほど~。じゃあ、先輩の必殺技とかって、何かあるんですか? 男が絶対にメロメロになるやつ、ぜひ参考に!」
「え? ひっ、ひっさつ……え、えっと、ち、チッス……し、して……」
「えええええっ? キス~? そんな子供じゃないんですから、私は真剣に聞いてるんです~」
「ば、ち、チッスは重要っしょ! 魔法だって何事も基礎必要じゃん! ほら、せ、千里の道も一歩からっていうように、え、えっちっちの道もチッスからっしょ!」
「言われてみれば、男って結構子供っぽいところあるから……そういう当たり前のことが、逆に効果的なのかな……流石、黒姫様ッ!」
「そ、そ、そうっしょ! な、なんせ、あたしは、ちまたじゃ、ダークスケヴェルフって呼ばれてるぐらいの神っしょ!」
尊敬の眼差しで後輩から称賛され、黒姫も盛大に笑った。
「ほれほれ、もう話は終わりっしょ。今は急病人居るから、邪魔すんなし……あ~、つか、お前らせっかくだし、医者とか呼んできてくんね? あたし、治癒魔法とか使えねーし」
「「は~い」」
話を少々強引に切り上げて、後輩たちに人を呼んでくるように命じて遠ざけるギヤル。
後輩たちが背を見せて離れた瞬間、ホッと胸を撫でおろす様子を見せる。
それを見てジオは……
(黒姫って……聞いた話だと……かなりの淫乱だと……でも……何だろう、こいつ……。つか、さっきの女二人もおかしいと思わねーのか? 憧れで目が曇ってんのか? この女の反応は……)
少し……いや、聞いていた話とかなり、ギヤルから受ける印象が違う。
そう思いながら、ジオは差し出されたギヤルの手を掴み、立ち上がろうとして……
そして、そんなジオが全く知らない所で……
「一斉追放された黒姫派が反逆行動を起こし、都市入り口で争いか……ふっ……くだらぬな。クズどもが。序列3位の黒姫という後ろ盾が居ることが、奴らの拠り所ならば……ここらで一度、ハッキリとさせねばな」
一人の男が、魔導都市には似つかわしくない、仰々しい三又槍を抱えながら都市中央通りを歩いていた。
行き交う人々は、男の姿に目を輝かせ、女は顔を赤らめて憧れの眼差しを送る。
「十賢者の序列は……戦闘における実力とは関係ないということを、そろそろこの閉ざされ地に知らしめてやろう」
多くの視線を受けるも、男にとってそれは慣れた物であり、特に反応を示すことなく、ただ真っすぐと鋭い目で前だけを向いていた。
「そして……白姫……穢れを知らぬ純潔の心優しき白き乙女よ……この争いに終止符を打つことで……私は種族の壁を越え、お前への愛の証としたい。恋知らぬ乙女に、我が想いの込めた槍を必ず届けて見せようぞ」
顔はクールに装うも、その言葉と想いは情熱的に燃え上がっている。
そんな男が、都市の入り口を目指すその途中……
「ッ!? あれは……黒姫……。ちっ、本人は昼間から呑気に男連れか……清楚な白姫とは大違いだ……」
黒姫と、寄り添われて共に歩くジオの姿を見て、男は舌打ちしながら「一言何か言ってやるか」と溜息吐きながら、二人に近づいて行った。
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