第140話 チューニのリスタート

 それは、学校の生徒なのだろうが、抗議している者たちとは一切違い、ピシッと制服を正しく着こなし、更にはガッチリとした体格と、厳格な表情をした男たち。


「もう、お前たちは追放処分を受けたはず! 二度とこの地に戻ってくるな!」

「この地は再びかつての由緒正しい知の都となるのだ!」

「真面目に勉学や研究にいそしむ者たちのため、戦争で不幸に見舞われた子たちが安心して学ぶことができるような環境にするため、学ぶ意思のない奴らはさっさと立ち去れ!」

「勘違いするな! 我々は黒姫派を追放しているわけではない。追放の対象となるクズたちのほとんどが、黒姫派だったというだけだ!」


 まるで軍人のように背筋と膝をしっかり伸ばし、群がる数百人の追放された者たちに一切怯むことなく、厳しい表情で強い言葉を叫ぶ。

 その男たちに、追放された者たちは悔しそうにしながら、舌打ちする。


「ちっ! 『生活改善委員会』の奴らめ!」

「んだよ、人間のくせに、白姫の親衛隊気取りの犬どもが!」

「あんな冷血なハイエルフに尻尾振ってんじゃねえよ!」

「そうだそうだ! あんな潔癖の男嫌いのハイエルフなんかより、気さくな黒姫の方が何倍も良い女だぜ!」

「けけけ、っていうかああいうクールな女ほど一皮むけば、スゲー淫乱だったりするんだけどな!」

「ひょっとして、あいつらはあのハイエルフにご褒美でももらってんじゃねえのか?」


 怒りに任せて、醜く品のない罵声や挑発の声が飛び交う。

 その矛先は、今この場に居ない、噂の白姫にまで及んでいた。

 すると、罵声に酷く憤りを感じたのか、追放した側の男たちの表情が憤怒に染まった。

 

「白姫を愚弄するな、クズどもが! 白姫は黒姫なんかとは違うのだ! 生まれたままの奇跡の『純潔』なる存在。黒姫のような『淫乱』でも『頭がおかしい』わけでも、『自分勝手』でもない、常に他人を思いやる心優しさがあり、『打算』など一切ない……お前たちや黒姫のように、『性に狂うみだらな動物』のような奴らが、白姫と同じ空間に居ること自体が罪である!」


 人間とハイエルフという種族の違いはあれど、人間の男たちが白姫というハイエルフに深い想いを抱いていることが分かるほどの叫び。

 そして、そこまで感情的に声を荒げれば、またもう一方もそれに対して汚く罵り合う。

 正直、堂々巡りであり、ジオとチューニもさすがにいつまでも見ていられない。

 どうするべきかと、二人でため息を吐いていた、その時だった。


「ちょっと、お勉強や試験の成績や、研究成果とかがいいからって調子に乗ってんじゃねえぞ、白姫派ッ!」


 今度は、白姫派に向けて、場に響き渡る大声が発せられた。

 その声の主に皆が振り返ると、そこには、三人の男が立っており、その先頭の男は頭や顔を包帯などで覆った痛々しい姿をしていた。

 その姿を見て、ジオとチューニがハッとした。

 それは、昨晩のぼったくり店でボーイをしていた男と、客のフリをして店に留まっていた男二人。

 特にボーイの男は、オシリスたちに痛めつけられた傷が、まだ残っている。


「デクノーボ! あんた、病院じゃ……」


 ガヴァたちが心配そうにボーイだった男、デクノーボと呼ばれた男に駆け寄る。

 昨日の今日で、まだ痛みは当然あるのだろう。だが、デクノーボは心配いらないと前へ出た。


「一斉追放の話は聞いてら。そんな話を聞いて、病院でオチオチ寝てられねえ」

「デクノーボ……」

「それに、こうなった以上、俺らのやるべきことは一つだけ。だったら、それをやるのが男ってもんだ!」


 勇んでズカズカと突き進むデクノーボとそれに続く男二人。

 その姿に、生活改善委員会の男たちも眉を顰めて睨みつける。

 それは、正に一触即発の火花飛び散る状況。

 だが、その時……


「ふっ、見つけたぜ」

「……へっ?」


 突如、デクノーボは生活改善委員会たちから目を逸らし、足を止め、そしてチューニの目の前に止まった。

 まさか自分に用があるとは思わず、チューニは急に顔を青くしてオドオドし始める。

 しかし、そんなチューニに対してデクノーボたちは……



「「「チューニくん! 頼む、俺たちをチューニくんの舎弟にしてくれ!!」」」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」


「……ふぇっ?」



 突如、強面のデクノーボが他二人と一緒に両膝ついて土下座をするような形でチューニに懇願したのだった。

 その状況に周囲も、そしてチューニ本人も何が起こったのか分からずに目が点になっている。

 すると、デクノーボは歯をむき出しにして笑いながら顔を上げて、チューニに言葉を贈る。



「俺たちゃ、あんたの強さに惚れた! 普段はナヨナヨしたり、ただのスケベ小僧のフリをして、一枚皮を剥げば大人にすらビビらないその度胸と、あのキスキ・ファミリーの荒くれ者たちを一瞬で黙らせるほどの大魔力! あんな圧倒的で激ヤバな魔導士を、同じ魔導の道を進む者として惚れねえわけがねえ! 俺たちゃチューニくんについていく! そして、俺たちと共に、この街を変えてくれ!」



 公衆の面前だというのに、一切の恥も外聞も気にせず、自分よりも年下であろうチューニに土下座をして舎弟になりたいと懇願するデクノーボ。

 その状況に黒姫派の者たちも騒然とし、「チューニ? 何者だ?」と騒ぎが広がり始めた。


「そして、俺はチューニくんの親衛隊をさせてもらう、デクノーボだ! チューニくん、一緒にこの街を黒姫派で制覇してやろうぜ!」

「い、いやいやいや、いや!? いや、あの、ぼ、僕に?! なんで!? いや、僕、普通に前の学校でもパシリみたいなもんで……」

「もちろん、チューニくんにおいしい話は持ってくるぜ。チューニくんは確か、おっぱい好きだったよな? 俺らは顔が広くて女友達も多い。チューニくん好みのおっぱいコレクション、パイコレをいくらでも提供するぜ!」

「そんなこと言われましても!? いや、おっぱいから離れてください! 昨日の僕は僕じゃないと言いますか……っていうか、僕はこの学術都市と何の関係もないんで!」


 デクノーボの「やるべきこと」。それは、チューニを味方にし、自らの陣営に取り込むことであった。

 昨晩のチューニの力を目の当たりにした以上、何が何でも味方にしたいと思うのは仕方ないことであった。


「ちょ、何言ってんだし、デクノーボ!」

「そうそう。チューニ親衛隊はあーしらだし!」

「チューニ君のおっぱいは、私らが居るし!」

「なに? そうか……なら、もう親衛隊じゃなくて、チューニ軍団にしちまうか?」


 そして、デクノーボの言葉にはガヴァたちも反応。

 だが、その反応が返って、「そんなにチューニって男はすごいのか?」という騒ぎがより大きくなった。


「お、おい、なんだ? 何の騒ぎだ? チューニ? 知らないな。あんなナヨナヨした暗そうな男が、そんなにすごいのか?」

「聞いたことないぞ?」


 その騒ぎには、当然、生活改善委員会の男たちもざわつき始める。

 そんな光景を見ながら、一人蚊帳の外になっているジオは、馬車に寄りかかって煙草を吸いながら……


「……おもしろそうだから、もうちょっと見物してみるか」


 慣れないことで、既に不安で怯えて泣きそうになっているチューニを見ながら、ジオは助け舟は出さず、しばらくその場で眺めていた。

 それは、かつて魔法学校でその才能を見出されなかったゆえに、嫌われ、見下され、イジメられ、そして追放された男が、どういうわけか、地上世界の英知が結集する魔導学術都市の魔法使いたちに、「自分たちの上に立ってくれ」と、祭り上げられるという光景だった。

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