第133話 金で遊ぶ

「黒姫さ~、トキメイキの連中の服がセンスねぇとか、勉強ばっかでつまんない~とかってことで、マジで色々パーティーとかイベントとかやってさ~。あーしらも、ほんとはメガネかけたユートーセーだったけど、スゲー毎日つまんなかったんだけど~でも、今は毎日楽しいし~」

「そうそう。黒姫のカリスマ、チョー神だから!」

「飲んだり、騒いだり、踊ったり、エッチッチしたりしてるほうが、マジウケルし! でもさ~、最近、マジメなハーフエルフとかが黒姫に向かってウザイ文句言ってんだよね~」


 三人の話を聞いていて、ジオはポルノヴィーチの話を振り返っていた。

 一人のダークエルフが、学園どころか都市全体に影響を及ぼす存在になっており、それが他のエルフたちにとって厄介だと思われていると。

 その話を最初聞いたとき、ジオはその影響の意味をもっと別のものだと思っていた。

 しかし、今の話を聞いていると……


「……ひょっとして、ダークエルフの存在が悪影響って……」


 とてつもなくしょうもないことが起こっているのではないかと、ジオは嫌な予感がしてたまらなかった。


「おねえさん、おっぱい……」

「ちょ、あんたやめろっての。ここ、そういう店じゃねーし!」

「ダメ?」

「ダーメダーメ。もっと仲良くなんないとダーメっしょ」


 と、そんなジオの心境をまるで知らぬまま、チューニはより酔っ払って顔を赤くしながら、隣に居た少女の胸の谷間を凝視して「おっぱい」と呟く。

 だが、最初から「そのつもり」が全くない少女たちは少し怒った態度を見せると、急にしょんぼりとしたチューニは、まだ店に入って間もないというのに、ジオに告げる。


「リーダー……僕、もうさっさとおっぱいの店に行きたいんで」

「はやっ!? つか、おま……もう少し段階を踏めよ……」

「コンさんは段階全部すっ飛ばしてたし! 今更段階とか僕無理なんで!」


 かつて自分で「段階」とか「交換日記」とか言っておきながら、もっと仲良くなってからと告げる少女たちをめんどくさいと思ったのか、チューニはすぐにでも店を変えたいと叫ぶ。

 ジオとしてはもう少しここで情報収集をしたいとも思っているのだが、チューニの機嫌を損ねる方が面倒だと思い、どうするべきかと頭を悩ませる。

 すると、「帰る」と叫んでるチューニを見て、ボーイの男が紙を持ってジオの元へと近寄ってきた。


「おやおや、御客様……もう、お帰りですか?」

「ん? ん~……まだ、一杯だけだしな~……」

「ちなみに、もうお帰りの際は、金額はこのようになりますが……」


 そう言って、ボーイの男がニヤニヤとしながら、ジオの紙を差し出す。

 その紙には、「900,000マドカ」と書かれていた。


「ん~……90万マドカ~? なんだろうな~、俺も酔ってるのか、ゼロの数が違って見えるぜ」

「御客様。これが当店の適正価格となっております」

「ほ~……偽物のロマネポンティが1本でか……」


 偽物という言葉を強調しながら、笑みを浮かべるジオ。

 すると、ボーイが途端に豹変したかのようにジオを睨みつける。


「おい、あんた。何をイチャモンつけてんだ? あ? あんたらが飲んだのは紛れもない本物だぜ? 1本100万以上は本来すんだぞ!? それをこの格安価格で提供してやってんだぞ? それを偽物だ? 営業妨害で更に賠償金請求すんぞゴラァ!」


 怒鳴り声を上げるボーイ。少女たちもジオたちを嘲笑うかのように笑みを浮かべている。

 そして、次に何かあれば動けるようにと、カウンターに座っている男二人もスタンバイしている。

 だから、ジオは……


「そうかい。くははは、でも、ゼロの数が違って見えたのは本当だぜ? だって、俺……900万マドカぐらいすんのかと思ったからよ~」

「……へっ?」 

 

 そう言って、ジオは服のポケットからパンパンに詰まった金貨の一部を取り出して、それをボーイに手渡した。


「安いな。たった90万か」

「えっ? はっ、へっ……ほ、本物……」


 まさか、ジオがすんなり支払うとは全く予想していなかったのだろう。

 ボーイも少女たちも、スタンバイしていた男二人も呆気に取られた表情をしている。

 そんな皆の反応を見ながら、ジオは意地の悪い笑みを浮かべて……


「ほんとは、一晩中騒いで金をばら撒きたかったが、仕方ねぇ。ほれ、チューニ。ここには、テメエの求める乳はねーんだから、店を変えるぞ?」

「ういっ、っく、了解なんで!」


 そう言って立ち上がろうとするジオとチューニ。

 だが、その瞬間、少女たちが焦った表情をしてジオとチューニの腕にしがみ付いた。


「も、もう帰るとか、なしじゃん!」

「そうそう。もっといよーよ!」

「ね? んもう、サービスしちゃう! チョーサービスすっから!」


 彼女たちもボーイも、そしてスタンバイしていた男たちも同じことを思ったのだろう。「この二人はとんでもないカモだ」。逃がしてはダメだと。

 

「し、失礼致しました、御客様。私もとんだ粗相を……どうです? お詫びにフルーツの盛り合わせでも!」


 ボーイも慌ててジオに謝罪し、カウンターの奥から皿の上に雑に乗せたフルーツの盛り合わせを持ってきた。

 本来であれば、そんなものを謝罪として持ってこられても効果は期待できない。

 しかし、そこで少女たちが……


「こんなたのしーのに、もう帰るとかチョーひどいじゃん? だからさ、はずかしーけどさ、ほら、チューニ君」

「ふぁっ!?」


 チューニの隣に座っていた、金髪ふわふわのガヴァが、自身の谷間にバナナを挟んでチューニに差し出す。


「ほら~、これ、何か分かる?」

「ひっく、そ、それは……それは~……オッパナナ! オッパナナなんで!」

「そうそう、ほら~、ぱくぱくぱくぱく~! チューニくんのもっといいとこ見てみたい~!」

「そんなバナナ~、なんで!」


 求めていたものをようやく差し出された。チューニは目を血走らせながら、バナナを頬張った。

 ガヴァは豊満な谷間を寄せて、黄色いブラがはみ出しているが構わずに、挟んだバナナを差し出し、「帰る」と言っていたチューニの足止めに成功したことに「よしっ!」と声を出して笑った。

 

「あ~、ラブラブじゃ~ん。じゃ~、あーしも、リーダーさんとイチャイチャしよ~」


 今度は赤いふわふわ髪のユルイがジオの膝の上に乗る。スカートの下の下着をジオのふとももにのせ、ジオと向かい合うようにしながら口元にサクランボを入れて寄せてきた。


「……うぷっ」

「ッ!? っ、ちょ、リーダーさん?」

「い、いや、なんでも……ちょっと、酒が……断じてヘタレ違う。でも、ちょっとそこどけ」

 

 その瞬間、例によって微妙な吐き気を感じてしまったジオ。

 胸の谷間攻撃までは大丈夫だったが、粘膜接触しようとしてくるものには反応してしまった。

 チューニと違って、自分はなんと情けないと感じながら、ユルイから視線を逸らしてしまった。

 一方で、ユルイもまさか口移しでサクランボを食べさせようとしたら、吐きそうな顔をされるとは思わず、少し驚いている様子。

 そんな両者の微妙な空気を察し、ヤーリィが皆に提案する。


「ねーねー、仲良くすんならさ~、将軍様ゲームしようよ~! チョー際どい命令有りにしてさ~!」


 ジオとチューニを意地でも帰してなるものかと、少女たちは懸命に体を張り始め、まだまだ長い夜が続く……





 ……続く……かに思われた。




 だが、そんな盛り上がる店の外では、その盛り上がりを壊そうとする者たちが徐々に近づいていた。


「どうやら……ここでらしいですぜ? 『オシリス若頭』」

「例のガキどもが火遊びをしてる店ってのは……」

「マジメなガキが、アウトローな遊びに憧れて、けけけ、取り返しがつかなくなると」


 裏通りを埋め尽くすように二十人近い男たちがゾロゾロと集結し始める。

 誰もが血に飢えた獣のように鋭い眼光を光らせて、腰元には剣や鉄製の棒などを携えている、ガラの悪い男たち。

 そんな男たちの最後尾には……


「僕様はあまり気が進まないね。僕様は平和を愛する大人だから……いくら、オイタをした子達へのお仕置きとはいえ、若い子達に壊れて欲しくないものだよ……」


 ガラの悪い男たちとは全くの異質。

 なよなよとした体つき。

 薄紫のクセを付けたマッシュスタイルの髪型。

 女かと見間違うような中世的な容姿。

 一人だけ、舞踏会に参加する貴族のように、清潔な黒いスーツと蝶ネクタイをしている。


「でも、仕方ないか。大人の庭を踏み荒らす子たちには……大人の対応をしないといけないから……君様たちも、つらいだろうけど、これも仕事だと思って優しくケジメをつけてあげたまえ」


 そう言って、ニッコリと微笑む一人の男。

 その視線の先にある店からは、「将軍だーれだ!」という声が外まで響いていた。

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