第104話 血脈

 竜の角と尾を生やした少女が四つん這いになって泣いており、その少女の尻を大の男が鷲摑み。

 誰もが言葉を失う中、ガイゼンだけは少女の「顔」を見て目を見開いた。


「……幼いが……似ておる……あやつに」


 どんな状況でも豪快に笑っていたガイゼンが見せるうろたえた表情。

 その足はフラフラと少女とジオの元へと向かっていた。


「ぐすっ、うう、ひううう、え~~~ん、え~~~ん」

「あ、お、おい、いや、その……」


 ただ、そんなガイゼンの様子など知らずに、ジオは目の前の状況に未だ整理ができないでいた。

 それなりに女性と交わった経験のあるジオだが、歴代最小の少女の裸体と、鷲摑みにしているプリッとした尻と……大事な部分が……



「「「「「変態クソ野郎だあああああああああああああああああ!!!!!」」」」」


「って、皆してそりゃねーだろうが!?」


 

 そこで、ようやく村人全体が今のジオに対して一斉に声を上げたのだった。

 だが、ジオとしては変態などと呼ばれるのは不本意極まりない。

 まずはこの状況をどうにかしなければと……


「……えっと……お前、竜人だったんだな……」

「ぐすっ、うう、ん……うん……ぐしゅ、ぐす……」

「あ~……なんだか……えっと、ワリ」


 まだ何も整理できてないが、とりあえず泣かせてしまったことを謝るジオだったが、そんなジオの顔面にいきなり飛び蹴りが炸裂した。


「いつまで掴んでるんだ貴様アアアアアアアアアア!!」

「ふごっ!?」


 顔を真っ赤にしたメムスが、未だに少女の尻を掴んだままだったジオの顔面を蹴飛ばして、少女から引き剥がした。


「まったく、お、おい、お前、大丈夫か?」

「ぐすっ、うう……いたい……お尻いたい……」

「おお、そうか……よしよし……」


 ジオを蹴飛ばしたメムスは、すかさず羽織っていた布服を一枚脱いで軽装になり、その布服を少女に纏わせながら抱きしめた。


「つらかったろう? 苦しかったろう? 痛かったろう? 恥ずかしかったろう? でも、もう大丈夫だぞ?」

「……うう、……お尻触られた……見られた……アッチも見られた……ぐすっ……もう、お嫁にいけないよ~……」

「あああああ、もう、ヨシヨシヨシヨシ! つらいことは忘れるんだ! よし、おねーちゃんがお前にお菓子を作ってやるから!」


 幼い妹が居るメムスだからこそ、小さな娘が泣いていると感情移入してしまったようだ。まるで小さな妹や娘をあやすように少女を抱きしめて頭を強く撫でて慰めようとする。


「って、よくよく考えたらそいつ大暴れしたドラゴンじゃねーか! むしろ、それをやっつけた俺は、別に悪くねーだろうが! 尻触ったのも不可抗力だ!」


 と、そこでメムスに蹴られたジオが、痛みで腫らした頬を押さえながら声を上げた。

 しかし、そんなジオにメムスはジト目で睨みつける。


「黙れ。こんな小さな子をイジメて泣かして、更に……お……お……お尻触るとか、この助平め!」

「はぁ? だから、あれは事故だろうが! そいつが竜人タイプってのも、そんな小さいってのも知らなかったんだよ! 大体、ガキのケツ触りたいって思うほど、俺は変態じゃねぇ!」


 ワザとではない。知らなかった。子供の尻に興味ない。そう強調するジオだったが、その言葉を聞いた少女はビクッと体を震わせて……


「ひどい……オシャマ……れでぃなのに……ぐすっ、ううう」


 自身を「オシャマ」と名乗り、子供扱いされたことがより傷ついたのか、竜人娘オシャマは更に瞳から涙が溢れた。


「あらあら、オシャマちゃんったら……」

「ふっ、人のことを中年などと馬鹿にしたあいつには良い気味だ」

「ちょーぜつごーキン……はあはあはあはあはあはあはあ」


 既に戦う意志も折れていたコンたちも、苦笑したり、ざまあと思ったり、全く別のことを考えていたりとこの争いの渦中からは一歩引いていた。

 だが、そんな中……


「娘っ子……顔を上げよ」

「ひぐっ……?」


 その時、メムスに抱きしめられていたオシャマの元へガイゼンが歩み寄って顔を寄せた。


「お、おい、ジジイ! まさかお前、そんなガキまでいけるとか言うんじゃねーだろうな?」

「おい!? 怯えてるじゃないか、そんな睨むでない!」


 ガイゼンが介入したことに、ジオもメムスも思わず慌てるが、ガイゼンの表情は真剣そのもの。

 ガイゼンは顔を寄せて、オシャマの顔をジッと見て、オシャマは少し怯えた様子を見せながらガイゼンを見返すと……


「?」


 オシャマはガイゼンから何かを感じ取ったのか、涙が止まって不思議そうな顔をして首を傾げた。

 そして、ガイゼンはそんなオシャマを見つめて切なそうに微笑みながら、手を伸ばして、オシャマの小さな頭を撫でた。



「……面影がある……間違いない……『ギャクナーン』の子孫じゃ……」



 確信を持った様子で、ガイゼンはそう呟いた。

 その意味はジオにも分からなかったが、失神したチューニを抱きしめたまま横たわっていたコンが、ガイゼンの言葉に反応した。


「ギャクナーン? それって……数百年前に初代・闘争竜を生んだと言われる、伝説の竜のことでは……こんこん?」


 すると、コンのその言葉にガイゼンは目を細めながら頷いた。



「ワシはこれまで何百人ものオナゴを抱いたが……ギャクナーンはその中で唯一ワシを押し倒した、積極的な竜娘じゃった……間違いなくウヌから……ワシと、ギャクナーンの血を感じる」


「ちょ、おい、ガイゼン! それって、そのガキがお前の……えっと、子孫ってことか!?」


「……あやつはワシを誰にも邪魔されぬ活火山に一週間閉じ込めて好き放題したのちに去っていったが……まあ、アレだけしたんじゃから、デキていて当然か……ぬわはははは……そうか……あやつが……ワシが残した種が脈々と……」


 

 思わぬ展開にジオたちも言葉を失った。

 それは、当然、コンたちもである。



「ちょ、お、お待ち下さい! ギャクナーンの相手は、で、伝説では、た、確か、闘神のはず……それを何であなたが……ガイゼン……?」


「……ん? ……あ~、ダーリン……きゃっ、ダーリンって言ってしまった! って、そうではなく……あ~、ウチは今、初めてダーリンの名を知ったが……別に過去にダーリンが何人女を抱いてようと、結婚歴があろうと構わんが……ガイゼン?」


「あの~、ま、マシンさん……わ、私、タマモ……タマモ・ミスキーでしゅ……その……さっき、叩いちゃってごめんなさい……お、お詫びに、わ、私のお股も殴っても……そ、そしたら、イーブンでしゅから……その後は交互に揉みっこしませんか?」



 一人を除いて、「まさか本物?」とガイゼンの存在に対して口をパクパクさせるコンとイキウォークレイ。

 二人もようやく「名前が一緒なのは偶然ではない」とガイゼンの正体に辿りついた。


「……先祖?」


 そして、オシャマもガイゼンから自分と同じ血を本能で感じ取って、そう口にしていた。

 するとガイゼンは満面の笑みを浮かべて頷いた。



「そうじゃ。ウヌはワシの、孫とまではいかぬが、曽孫(ひまご)か、玄孫(やしゃご)か、来孫(らいそん)か、昆孫(こんそん)か、仍孫(じょうそん)か……とにかく、超が付くほどの孫……超孫じゃ!」


「ちょーまご……」


「そして、ワシはウヌの、ジジイのジジイのジジイのジジイの……超じーちゃんじゃ!」


「ちょうじい……」


 

 そう言って、メムスに抱きしめられたままのオシャマを取り上げて、抱きかかえて高く上げた。


「そうじゃ、超爺じゃ!」

「……ちょーじい……超爺!」

「そうじゃそうじゃ、もっと言ってくれい!」


 そう言って、ガイゼンはオシャマを高い高いしながら嬉しそうにはしゃいだ。

 

「まったく、今日はなんちゅー日じゃ! ワシの知っているものはもう無くなっていると思ったこの時代……ワシの作った七天最後の後輩と会え……スタートの小僧の血統と会え……挙句の果てに子孫にまで会えた! ぬわはははははははは!」


 プロポーズされたことも本来イベントとして入ってもいいのだが、今のガイゼンはそれよりも、かつての自分の居た時代を感じさせる者たちと出会えた事のほうが嬉しくて、プロポーズのことは頭から抜けていた。


「なんだか……い、意外な展開だな……」


 あまりの展開に置いてきぼりになったジオだったが、ここまで無防備に喜ぶガイゼンに何も言えなかった。

 それは、ガイゼンの事情を知らない村人たちやメムスにとってもそう。ここまで嬉しそうにはしゃいでいる男の時間を、口を挟んで邪魔できないと無意識に感じさせられていた。


「ぬわははは、どうじゃ、超孫……あ~、オシャマじゃったか?」

「……ん」

「そうかそうか。ウヌはどうして、ここに居る?」

「花嫁修業……ボスの弟子になった」

「ほうほう、花嫁修業? 良い心がけじゃ! まさか、既に心に決めた男がおるのか? もしおるのなら、ワシが面接して見極めてやろう!」

「んーん。まだいない……でも、かわいいお嫁さんになりたい」

「なんっちゅーかわいい超孫じゃ! んも~、かわいすぎるわい!」


 既に涙も収まって無垢な表情で答えるオシャマに、ガイゼンはデレデレになってその小さな頬に頬ずりした。

 最初はうっとおしそうにしたオシャマも、何だか満更でもない様子で少しだけ口元がほころんでいた。


「どうじゃ? こうして出会えたんじゃから、超爺に何でもおねだりするんじゃぞ? 何でもしてやるぞ?」


 そして、完全に孫を甘やかすおじいちゃんモードに入ったガイゼン。

 これまでも、小さい子供やセクのように無垢な存在には甘やかしていたが、今回はその比ではない。

 それこそ、「この子のためなら何でもする」ぐらいの喜びようであった。

 すると、オシャマは少し考えてから、ジオを指さした。


「あいつ……私のお尻触って、……私の……アレも見た……」

「……えっ?」

「……ギュって触られた……近くで……オシャマのだいじなところ……みられた……もう……お嫁にいけない……」


 ジオは既にその話題はガイゼンのお陰で逸れただろうと思っていたところ、根に持っていたオシャマが話題を戻した。

 すると、ガイゼンもクルッと首をジオに向けた。


「んぬううっ!? リーダーか? よし、リーダーをお仕置きで折檻すればよいか? とりあえず、ぶっとばせばよいか?」

「……んなっ!? ちょ、クソガキ、それはシャレになら……ジジイ!?」


 たとえ、同じ冒険団であろうと、今のガイゼンならば実行する。そう思わせるほど、今のガイゼンは浮かれているとジオは感じていた。

 だが、オシャマはガイゼンの言葉に首を横に振った。




「ううん。もうお嫁にいけなくなった。だから……あいつ責任とって、オシャマのムコにする」




 ジオの時が止まった。



「……???」



 ジオの思考が止まり、何も言葉が出なかった。

 すると、それを聞いたガイゼンは……



「なにいい? リーダーを婿にいいいいい? ……まあ、リーダーならよいか。よし、いいぞ! リーダーをウヌの婿にしてやるわい!」


「ほんと!?」


「ああ、超爺はウソはつかんぞ!」


「ん!」



 本人の了承を得ずに承諾したのだった。




 こうして、九覇亜の襲撃は短時間で幕を下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る