どこまでも可愛くなれるお姉さん

 それからしばらく真白さんを交えて雑談をしていたが、流石に時間も時間なのですぐに解散することに。

 背を向けて歩いていく明人さんを見送り、俺たちも部屋に戻ろうとした時だった。真白さんがすぐに振り向いて俺に抱き着いて来たのである。そこまで心配をさせたのかなと苦笑したが、俺はすぐに真白さんの体が震えていることに気づいた。


「……部屋に戻りましょうか」

「うん」


 もしかしたら心配以外の何かがあったのかもしれない。俺は真白さんの肩を抱くようにして部屋に戻った。電気を付けたりするようなことはせず、そのまま二人でさっきみたいに布団に入るのだった。

 少しばかりの沈黙が流れた後、真白さんがボソッと呟いた。


「……良かった。たか君はちゃんとそこに居るのね。私の大好きなたか君、私を大好きだって言ってくれるたか君が」


 自分の布団から俺の布団に潜るようにして体を入れてきた真白さん、俺は自然な動作で彼女の体に腕を回して抱き寄せた。不安そうな表情は鳴りを潜め、少しだけ頬を染めて嬉しそうにする真白さんの様子に少しだけ安心した。


「何か嫌な夢でも見ましたか?」


 どうしてそう聞こうと思ったのかは分からない。でも俺の口は自然とそう動いていた。夢、そう聞いた瞬間に体を強張らせた様子からどうやら当たりらしい。


「……うん。怖くて嫌な夢、絶対に認めたくない夢だったの」

「教えてもらっても良いですか?」


 変な話だけど、そう前置きして真白さんは話し始めた。


「私の見下ろす先にたか君が居たの。大好きで大好きで仕方ないたか君が居たの。でも私の体は動かなくて、たか君に歩み寄ることが出来なかった。そしてたか君の視線の先にもう一人の私が居たの。その私はたか君を見ることはなくて、別の人の元に駆け寄っていった……認めたくなかった。何なのこれはって、こんなふざけた夢を見せないでよって」

「……それは」


 さっき俺が見ていた夢の……それじゃあ、俺に届いた声はもしかしたら。


「……たか君、たか君ってずっと叫んでた。それでね、やっと届いたと思ったら目が覚めていたの。一緒に寝ていたはずのたか君が居なくて、凄く凄く不安だった」

「そうだったんですか……ごめんなさい真白さん」


 ただの偶然にしては出来過ぎている夢の繋がりか。

 俺も同じ夢を見ていたと真白さんに伝えた。不安で張り裂けそうだった心、でもそんな俺を救ってくれたのが真白さんの声だったと、あなたの胸の中で目が覚めた時とても安心したんだと伝えた。


「……そっか。私たち、夢の中でも繋がってるのね。出来ることならもう少し幸せな夢を見せなさいって感じだけど」

「ですね」


 顔を寄せてきた真白さんが唇にキスをしてきた。

 不安な気持ち、落ち込んだ気持ちはこれでさよならだと言わんばかりにニッコリと笑みを真白さんは浮かべるのだった。


「所詮夢なのよやっぱり。だって現実のたか君はこんなにもお姉さんのことが大好きだもんねぇ?」

「大好きに決まってるじゃないですか」

「……お姉さん、慣れたはずなのに今のキュンとしたんだけど」


 安心してください、暗くて良く見えないだけで俺も照れてますから。


「ふわぁ」

「ふふ、眠たくなってきたわね」


 思いの外早く眠気が襲ってきたな。それはどうやら真白さんも同じようで瞼が凄く重たそうだ。また明日、正確には既に今日だけどちゃんと寝て旅行を楽しむことを約束した。

 そして寝る直前、真白さんがこんな言葉を口にするのだった。


「またあの夢を見たら……そうねぇ。思いっきり叫んでやるわ。このクソ女、たか君を見ないくせに私の姿をするなって」


 きっとその通りにするんだろうなっていう謎の安心感を感じた。

 結局、その後も真白さんと何かを話していた気はするがすぐに俺は眠った。そして、次に目を覚ましたのは何とも言えない感覚を下の方から感じた時だった。


「……うあ?」


 障子から差し込む光が眩しい、その眩しさに目を細めていると突然何かを吸われるような何とも言えないものを感じて意識が完全に覚醒する。俺の布団、正確には腰から下の部分が盛り上がっていたのでガバっと布団をはぐった。当然そこに居たのは真白さんで、彼女は目をパチパチとさせながら声を発するのだった。


「おはようたか君」

「……おはようございます真白さん」


 取り敢えず、色んな意味でスッキリしたところで俺と真白さんは起き上がった。


「う~ん! 良い朝ねぇ」

「そうですね。鳥の鳴き声が良い感じです」


 チュンチュンと聞こえる鳥の鳴き声が何とも心地良い。確か朝は朝食が運ばれてくるとのことで、それから少しシャワーを浴びて着替えることになりそうかな。


「真白さん、浴衣がはだけてるので直しましょう」

「あら……ふふ」


 ニヤリと笑った真白さんはえいっと可愛らしい声を上げて飛び込んできた。今の勢いのせいで完全に胸元がポロリとしてしまっているが、俺としては寝る前に夢について不安がっていた姿が見られなかったことに安堵した。


「もう大丈夫みたいですね?」

「あ……うん!」


 見惚れてしまう笑顔を浮かべた真白さんはそのまま胡坐をかく俺の足の上に座るような位置に。そして足を腰に回すようにガッチリと固定してきた。


「そうよね。あんな夢が現実にならないようにこうして引っ付いてればいいのよ」

「それは……ドンと来いです!」

「知ってる!」


 ギューッと更に強く抱きしめられた。さて、さっき俺は真白さんに浴衣がはだけてると言ったのだが既に忘れているらしく、何にも守られていない胸元を俺に押し付けているだけだ。


「落ち着くわぁ。やっぱりこうなのよね。たか君の温もりを感じてこそなのよ」


 他者が見たら何事かと思ってしまうようなこの絵面ではあるものの、真白さんが幸せそうに微笑んでいるのを見ると俺としてもこうしてしまうわけだ。


「ガシっと抱きしめます」

「ドンと来いたか君!」


 そして真白さんもガシっともっと強く抱き着いてくるのだった。

 さて、そのようにしていると戸をトントンと叩かれた。真白さんがサッと離れて装いを正した。顔を覗かせたのは旅館の人で、これから朝食を運ぶとのことだ。


「……メガネメガネ」


 一応ということで伊達メガネを装着、ただ料理を持って来てくれた男の人が一瞬真白さんに目を向けた。そのまま固まっていると、別の同僚の人にボーっとするなと注意をされていた。


「ジロジロ見るのは失礼だって習わなかったのかしら」

「真白さん美人ですしね。女神みたいなもんですよ」

「たか君はいいのよジッと見ても! 他の人に見られるのが嫌なだけ!」


 とても嬉しいことを言っていただきありがとうございます本当に。

 運ばれてきた美味しそうな朝食、二人でいざ食べようとした時スマホを見ていた真白さんがあっと声を上げた。


「どうしたんですか?」


 そう聞くと画面を見せてくれた。送ってきたのが誰かは名前を見ても分からないのだが、書かれていた内容は高校の時の面子で飲み会でもどうかという誘いだった。簡単に言うと同窓会みたいなものだろうか。


「この子は仲が良かった友人だから連絡先知ってるのね。悪いけど行きませんって返しとこ」

「いいんですか?」

「もちろんよ。たか君との時間が何よりも大切だもの。それに、高校の時の同級生とはあまりいい思い出がないから」

「そう……ですか」


 確かに真白さんからはあまり学生の頃の話はそこまで聞いたことはないし、聞かされたこともそこまでない。真白さんがそう言うなら俺としてもその意思は尊重するべきだろう……というか、酒が絡む集まりに行ってほしくないって気持ちがあった。


「ふふ、大丈夫よ♪ お姉さん、お酒は本当に信用できる人としか飲まないから」


 まるで見透かされているかのような一言、俺はやっぱり真白さんには敵わないなと苦笑するのだった。


「真白さん、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「なあに?」

「どうして真白さんは俺が考えていることが分かるんですか?」


 そう聞くと、真白さんは真剣な顔になってこう言葉を続けた。


「実は私、心が読めるのよ」

「マジですか」

「たか君限定でね。それはもう私からすればたか君はいつでも素っ裸状態ってやつだわ」

「それは……なんか嫌ですね」

「なんでよ~! たか君だって私に関して知らないことなんかそんなにないんだし今更でしょ~!!」


 それは……確かにそうですねと頷いた。

 まあでも、もしも真白さんの目を通した俺が素っ裸に見えるのだとしたらそれはやっぱり嫌なんじゃないかなぁ。


「じゃあ聞きますけど俺は今何を考えているでしょうか?」

「真白さん好き好き大好き愛してる~!」


 全くこの人は……。




 どうしてこんなに可愛いんだろうね。

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