配信事故を起こすも慌てないお姉さん

「それじゃあ隆久、それから真白ちゃんもまたいつでも来てね?」

「あぁ、また近い内に帰ってくるよ」

「私もお邪魔させていただきますね」


 真白さんが水着を買った後、ちょうど昼ということで昼食を済ませた。それから家に戻って三人でのんびりと過ごし、そして今俺たちは母さんに挨拶をして家を出た。

 もう帰るということで当然母さんは寂しそうにしていたが、笑顔を浮かべて手を振ってくれた。必ず近い内にまた来る、そう約束をした時の母さんの笑顔はしばらく忘れられそうにない。


 真白さんの方も実家に顔を出してはどうかと提案したのだが、以前にフィリアさんとは会っているから気にしないでとのことだ。

 特にもう用はないので後はもう俺たちが住んでいるマンションに帰るだけだが、冷蔵庫の中が少し寂しいので買い物をしてから帰ることに。真白さんと二人並んで買い物をするこの時間……ちょっと口に出すのは恥ずかしいけどまるで夫婦みたいだ。


「こうやって二人で並んでいると夫婦みたいね?」

「……そうですね」


 以前にもあったけど、どうして真白さんはこうも俺が思ったことを口にするのだろうか。ドキッとしたが嫌ではなく、むしろ嬉しいのは当然なので必然的に頬が緩んでしまう。


「たか君ったら可愛いんだから♪」


 そして、そんな姿を見られて嬉しそうに微笑まれるのもいつも通りだった。

 買ったものを袋に入れ、二人で来た時と同じように並んで店を出る。車の後部座席に買い物袋を置いたそんな時だった。


「あれ? 高宮?」

「?」


 ふと、真白さんの名字を呼ぶ男の声が響いた。

 その声の出所に目を向けると、そこに居たのは……まあ普通の青年だった。俺よりちょっと年上くらいの男だ。


「やっぱり高宮だ。久しぶり」

「……………」


 嬉しそうに近寄ってくる男に真白さんは反応を返さない。その様子に俺は単に相手をしたくないだけなのかと思ったのだが……これはあれだ。相手のことが誰なのか分かっていない反応だ。

 表情にあまり変化は見られなくても、名字を呼ばれたからこそ知り合いなのは確かなので思い出そうとしている。けれども思い出せないからどうしようかと考えている感じだ。


「誰ですか?」


 ある程度考えたけれど答えは出てこなかったのか、真白さんが正直にそう聞くと男は肩をガックリと落とした。


「浅間だよ。浅間健吾、高校の時の同級生」

「……あ~」


 うん、全然覚えてない反応だこれは。

 笑みを浮かべる浅間さんとは対照的に真白さんはほぼ無表情に近い。かつての旧友との再会、しかし真白さんは俺を見てから車のドアを開けて口を開いた。


「ごめん、全く思い出せないから話すことはないね。たか君、帰りましょうか」

「あ、はい」


 バッサリ言うなぁ……。

 真白さんに頷き、俺は助手席に座り真白さんも運転席に座った。そうしてドアを閉めようとした直前、浅間さんがちょっと待ってくれと駆け寄る。


「ちょ、ちょっと待てよ。せっかく会えたんだしお茶でもさ」

「はぁ? なんであなたと会えたからってお茶をしないといけないの? 時間の無駄なんだけど」

「無駄って……そんな言い方は」

「あのね? 今私は彼と一緒に居るの。世界で誰よりも大好きで愛している彼氏が傍に居るの。だから誘いに応じるわけないでしょうが」


 真白さんにそう言われ浅間さんは俺を見た。

 その目には明らかに俺に対して子供じゃないか、そう感じさせる意思が込められていた。目が合ったということで一応頭を下げたがどうもそれが彼には気に入らなかったらしい。


「何だよおま――」


 さて何を言われるか、そう思ったけれど浅間さんが何かを言う前に真白さんが強くその体を押し出した。体が離れた瞬間ドアを閉じ、エンジンを掛けてそのまま発進するのだった。あまりに流れるような動作だったので唖然としてしまったが、小さく溜息を吐いた真白さんが口を開く。


「あんなのとたか君が口を利く必要はないわ」


 真白さんはそう冷たく言い放った。

 あの人がどんな人なのか俺には分からない、でもああやってすぐに誰かに文句を言おうとする人は嫌いだ。あの様子から察するに、真白さんと再会したのは素直に嬉しいしあわよくば親密な関係に、なんてことは容易に想像出来ることだ。


「俺の大切な人に何か用ですか、なんて言えたらかっこよかったんですけど」

「ふふ♪ 今そう言ってくれるだけで嬉しいわ。ねえ、もう一回言ってみて?」

「えっと……俺の大切な人に何か用ですか?」

「……守るのは当然として、やっぱり守られるのもいいわねぇ」


 運転をする真白さんは俺の言葉を受けてウットリした様子だった。

 だが、この言葉はこれっきりで終わらせるつもりはない。俺も真白さんを守らないと、改めてそう思わせてくれた出来事だった。

 結局、俺も嫉妬深いのだ……凄く……それほどに真白さんのことを想っている。


「真白さん」

「なあに?」

「真白さんって凄く嫉妬深いですよね?」

「そうね。もしたか君を狙う女が居たら血祭りにしたいくらい嫉妬深いわ」


 それはやりすぎだけど、まあこんな感じの言葉が返ってくることは分かっていた。少しだけ重たいその言葉に苦笑しつつ、俺も過ぎ去る前の景色を眺めながらこう言葉を返すのだった。


「嫉妬深い……それは俺もだったみたいです。真白さんが誰か知らない人と話をするのを見ると胸がモヤモヤしてしまって……その、いい気分ではなかったです」

「……………」

「真白さんには……これからもずっと俺だけを見てほしいです」


 なんて、独占欲を丸出しにしたことを伝えてみた。

 俺はずっと前を見ていたので真白さんがどんな顔をしていたのかは分からない。いつものように嬉しそうに笑って何かを口にすることもない、ただただ静かに車は走り続けていた。

 あと少しでマンションに着く……その道の途中で真白さんは待避所に車を寄せて停めた。どうしたのかと思っていると、俺の頬に向かって腕が伸びてきた。


「たか君、ごめんなさい。キスだけさせて? お姉さん我慢できないの」


 そんな声と共に頬に手を当てられ、優しい力で真白さんの方へと視線を向けさせられた。そのまま真白さんは俺に顔を近づけ、最初から深いキスをお見舞いされた。

 触れるだけのキスから入るのではなく、一気に唇を割って入ってくる真白さんの舌は力強かった。待ちきれなかった、そんな気持ちが伝わってくるかのように真白さんは息が絶え絶えになるまでキスを楽しんでいた。


「……ぷはぁ……はぁ……ふふ」


 顔を離した真白さんの姿に、俺も俺で熱くなる部分があった。

 真白さんもこれくらいで満足できないのか色々と考え……何かを思い付いた様子だが首をブンブンと振って改めて車を走らせた。


「早く帰りましょうたか君!」

「あはは……はい!」


 待ちきれない感じでソワソワしながら真白さんは運転する。そうしてマンションの駐車場に着くとすぐに荷物を持って部屋まで戻った。鍵を開けて中に入り、電気を付けてから荷物を置く……そして、俺はすぐに真白さんにそのままの姿で押し倒されてしまうのだった。


 さて、夕飯の前に少し運動をすることになってしまった俺たちだが、夕方にあんなことがあったのを忘れたかのように真白さんは笑顔である。

 これから恒例の生配信を行う予定なのだが、さっきから真白さんはずっと俺の腕を抱いて離さなかった。今日の衣装はとあるアニメに出てくるエルフのコスプレだが当然エロい。エルフと聞くと森に住む神聖な種族というイメージがあるが、昨今だとエルフも基本的に際どい見た目のモノが多くこの真白さんの元となるキャラクターもその例に漏れない。


「このエルフ耳結構出来がいいでしょう?」

「凄いですねこれ……手触りとか皮膚を触っているような感じです」


 これだけでも結構な値段がするらしく、その値段を聞いて俺は驚いた。この小さな一部なのにそんなにするのかと……まあコスプレに使うアイテム等は金が掛かるものはとことん掛かるらしく、俺は改めてその世界の凄さを知った気分だ。


「たか君の愛をお腹に宿しているからお姉さん最高にハイってやつよ!」

「真白さんその言い方は色々とマズいから!!」


 ちゃんと付けるものは付けたからな!

 俺の腕を離していつものようにパソコンの前に座った真白さん、見た目を最後に確認して配信が始まった。


「……?」


 それからしばらくは何も問題がなく配信は行われていた。

 しかし、俺はそこで微妙にぐらつくカメラに気づくことが出来た。もしかしたら、そんな俺の悪い予感が的中するようにカメラの位置がズレてしまった。


「……あ」


 突然のことに真白さんはビックリしてカメラを見つめる。俺が手に持っているスマホの映像にはバッチリと真白さんの顔が映ってしまっていた。

 カツラを被り、エルフ耳を付けている真白さんの姿……ある意味で二次元と三次元の間を表現しているかのような芸術性を感じさせる。コスプレをしているのもそうだが、真白さんが持つ元々の美貌だからこそ成せる表現なんだろう。


「……ってマズいだろ」


 俺は何とか声を抑え込み、どうしようかと頭を捻る。

 そんな風に慌てる俺に比べ、真白さんは特に慌てた様子もない。それどころか、やっちゃったと言わんばかりに舌をペロッと出して苦笑した。

 そのまま位置のズレたカメラに手を掛け、元の位置に戻したのだがレンズの向く先はしっかりと真白さんの表情を映している。


「えっと、改めましてマシロです。事故が起きましたけど、こんな顔です私は」


 ニコッと笑みを浮かべ、ピースサインを真白さんはするのだった。

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