とにかく興奮させたいお姉さん

「痛くないかな? そう、それじゃあもう少し奥に入れるね? はい、頑張って。そうそう……はい、少し大きいのが取れたわよ」

「……………」


 ……あかん、真白さんの囁きが脳内に直接届くかのようだ。

 真白さんの出す動画、或いは生放送でやるASMR動画というものがあるが、他の誰も味わうことが出来ないリアルな声を俺は特等席で聴いているようなものだ。ファンならいくらお金を出してでもこの場所に来たい……なんてありそうだな。


「本当にジッとしていい子ね。もう少し、もう少しこのままで居てね。それじゃあ最後の仕上げ、頑張ろっか」


 録音しているし俺の声が入れば消せると言っていたけど、つまりこの音をそのまま使うということなんだろう。

 普段のように俺と話す時も甘さというか、可愛らしさを感じさせる話し方はそれなりに多い。ただこれは平常とは違い動画用ということもあって、聴き手に対してゾクゾク感を感じさせる喋り方を意識しているみたいだ。脳を溶かすような、それこそ言い方を強くすれば脳を犯すような感じである。


「……っ」


 少しだけ痛みが走ってしまったので体を動かしてしまった。声を出すほど痛みはなくビックリするくらいの軽いものだ。それでも今の音は拾われただろう。


「あ、ごめんね。痛かった?」


 フルフルと小さく首を振った。


「そう……本当にごめんね。もう少しだから、後少しお姉さんに身を任せて」


 演じる声の中に若干のいつもの真白さんが戻りはしたけど、俺が大丈夫と言ったので演技に戻ったみたいだ。それからしばらくそのままの体勢が続き、ようやく耳掃除を終えたみたいだ……だが、そこで真白さんは止まらなかった。

 綿棒とティッシュで綺麗に仕上げを終えた後、ペロッと舐め始めた。


「っ……」

「ふふ、ほら動かないで。ここまで頑張ったご褒美だから」


 ペロペロと舌の感触と共に、真白さんの息遣いをダイレクトに感じる。しかもこれが見えているものではなく俺の視界が届かない場所で行われているのもあって変な気持ちになってしまいそうだ。


「ねえ、分かる? 舌が出たり入ったりしてるのが。ふふ、可愛く体を震わせちゃって……そんなに気持ちいい? それならもっと過激なこと、お姉さんとしちゃう?」


 っと、そこで真白さんは録音のボタンを切るのだった。


「はい、お疲れ様♪」

「……あい」


 思わず生返事になってしまった。最後にまさかのハプニングはあったけど、両耳を掃除してもらったことに変わりはない。本当に気持ちが良かったし、とても耳の中が綺麗になった感じがする。

 起き上がろうとした俺だったが……そうだよなぁ、真白さんがこれで終わるはずがなかったんだ。


「待って、ここからはたか君だけへの特別サービスよ」

「へ?」

「こっちを向いてくれる。体を反対にするの」


 言われるがままに体を反転させると、当然俺の視線が向くのは真白さんの体だ。少し横目で見れば俺の視界を埋め尽くす大きな膨らみがある。真白さんはさっきと同じように俺の耳をペロペロと舐めだした。


「真白さん!?」

「じゅる……れろ……ふぅ」


 音を立てるように舐めながら、時に息を吹きかけたりしてくる真白さんの行動にさっきとは比べ物にならない何かが背筋を駆け抜けるようだった。


「はい、耳舐めは終わり」

「分かりま――」


 ようやく解放か、そう思っていたのだが……次の瞬間顔に真白さんは胸を押し当ててきた。


「最後の最後にまたまたご褒美よ。しっかり味わってね♪」


 ボタンを閉じてないからこそ露出している谷間の感触をこれでもかと感じ、同時に花のような香りが鼻孔を攻め立てる。前と同じで決して息苦しくはなく、純粋に香りと柔らかさで気持ちよさをこれでもかと感じさせてくるようだ。

 ただ、やっぱり息を吸う行為のために息遣いが行われるのは当然で、その度に真白さんはくすぐったように悩まし気な声を出していた。


「こうしてるとどんどん甘やかしてあげたくなるのよね。ねえたか君、それだけでいいの? もっとたか君のしたいことしていいんだからね?」


 顔の側面に当てらえる至高の柔らかさと共に、真白さんの甘ったるい声が鼓膜を震わせて脳を揺らす。それでも何とか俺は耐えきり、真白さんから距離を取ることに成功した。

 残念そうにする真白さんはナース服の胸元を止めようとして、やはりその大きさを包み込むことが出来なかったのかボタンがパチンと音を立てて弾け飛んだ。


「やっぱり少しキツイわねぇ……ってあらら」


 どうしてそうなったの、そう思わせるようにボタンが弾けた勢いで広がる胸元は全体を晒すことになった。俺は思わず大事な部分を隠すように真白さんの胸に手を伸ばし、何とか隠すことに成功する……って、俺は一体何をやってるんだと内心ツッコミを入れた。


「あら、あらあら~♪」


 普通なら恥ずかしがるところのはずなのに真白さんは嬉しそうに笑みを浮かべ、俺の両手を決して逃がさないと言わんばかりにガッシリと手首を握った。そうしてゆっくりとこねくり回すように俺の手首を動かしていく。


「……ぅん……あぁ……」

「ちょっと真白さん……」


 だからなんでこの人はこんなに手の力が強いんだよ!

 俺の手の平の動きに合わせて形を変える大きな胸。上に持ち上がたり、力を抜くように下に下がったり、押し付ければ指が肉に入り込むように沈んでいく……っと、そこで真白さんが懐かしむように口を開いた。


「ねえたか君、ちょうど一年前のことを覚えてる?」

「一年前ですか?」

「そう、こんな風にしていたところを母に見られたのを」

「……あ~」


 出来れば思い出したくなかったですけどね。真白さんと出会ってからしばらく、それでも今のように仲が良かった時だ。今みたいに色々と事故があって真白さんに似たようなことをされて揶揄われている時、何の因果か真白さんのお母さんに見られてしまったのだ。


『わ~お』


 けど、この娘にしてこの母ありというのか……真白さんのお母さんは怒ったりするようなことはなく逆に俺に娘を頼みますというくらいだった。あれは色んな意味で恥ずかしかった出来事として記憶に刻まれている。


「……って、なんで俺たちはこんな格好で思い出語りしてるんですかね」

「うふふ~♪ 私は全然構わないわよ!」


 余裕そうな様子を見せる真白さんだが、耳は凄く赤かったので恥ずかしいのは恥ずかしいんだろう。結局、それから真白さんが満足するまで……は少し語弊があるかもしれないけど、手を離してくれるまで俺は柔らかくも弾力のある感触を手の平に感じ続けるのだった。





 日本のどこか、パソコンを前にして一人の男がヘッドホンを付けていた。


「……これすっげえなぁ」


 ASMR動画、ついさっき配信されたマシロの耳かき&耳舐めボイスを聞いていたのだ。脳に直接響くような声、マシロガチ勢の彼にとってはとてつもないご褒美なのは言うまでもない。

 そして、今回に関してはやけにリアルだった。聴く相手に対して興奮を与えるような喋り方を意識しているのはもちろんだが、時折聴こえてくる声以外の音がリアルさを醸し出していた。まるでそこに居るかのようにマシロの行動によって身動ぎするような効果音、マシロもマシロでその場に本当に相手が居るかのような問いかけ方をしているのだから。


「やっぱ最高だなマシロは……」


 男はこれまでマシロの生放送には可能な限り顔を出しており、投げ銭もかなりの額を払っている。それこそ日々会社で頑張った対価としてもらった給料をつぎ込んでいるのは本望みたいなものだ。


「本当に男の影がないもんなマシロ……そういうところも良いよな」


 時々誤解をされるようなこともあるが、変に気にしなければ普通のことだと男は思っている。そもそもの話、休日も夜は配信をしているので男とどこかに出かけたことすら匂わせない。だからこそ、マシロの傍に男は居ないという確信を持てるのも確かだった。


 ……まあそれも全ては男の妄想だが、やっぱり推しに男の影があるなんて微塵も思いたくない所以だろうか。


「今日もお疲れ様っと」


 SNSでマシロに今日もメッセージを送る。基本的に返事はないがそれでもいい、とにかくどんな形でも声を届けられればそれで満足できるのだ。

 日々の生きる力、原動力はマシロの存在……正直、もし唐突にマシロが結婚の報告でもしようものなら死んでしまう自信がある男である。そんな日が来ないことを祈りながら、男はこれからも推しに貢ぐのである。

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