とにかく同意が欲しいお姉さん

 学生あるあるだとは思うけど週初めは憂鬱な気分だが、週末になると休みが近づいてきて元気になれる。それは俺も同じで昨日と今日に掛けてはかなり元気だった……まあ今日は色々と疲れたけど。


「……ひどい目に遭ったなぁ」


 学校に行った瞬間、宗二を始め他の二人にも真白さんのことを聞かれた。まあ名前とかを知らないのは当然で、金髪巨乳美女は誰なんだと電話と同じように聞かれたくらいだけど。

 結構しつこかったけど真白さんを困らせるわけにはいかないので、頑なに俺は詳しく話すことはしなかった。流石に俺の様子から無駄だと思ってくれたのか、途中から聞くことはしなくなったけど。


『……そっかぁ……お前ももう男なんだなぁ』


 いや、まだ俺も一応チェリーボーイだとは伝えておいた。実際に真白さんと付き合っているわけでもなく恋人関係でもない……ふむ。


「……どうして真白さんは」


 俺のことをあんなに好いてくれるのだろうか、それをずっと考えている。悪意から揶揄ってるわけでもなく、あの人は本心から俺を好きだと言ってくれるのだ。いつも正直に気持ちを表現してくれて、俺を困らせて……でも、真白さんとの生活は凄く楽しくて幸せなんだ。


 父さんと母さんが傍に居ない寂しさを真白さんに埋めてほしい、そんな気持ちももしかしたらあるのかもしれない。こうなってくると、早く真白さんに会いたいとも思ってしまう。


「……う~ん」


 今日は特にご飯を一緒に食べたりの約束はしていない……となると、思えばこうして俺からメッセージを送ろうとするのは久しぶりかもしれない。最近は真白さんから誘われることが多くて、流されるように頷いていたからだ。


『今日も一緒にご飯を食べても良いですか?』


 ポチっと、特に何も考えず送信した。送った後になって何とも言えない恥ずかしさを感じてしまい、俺は思わずスマホをポケットに仕舞った。どんな返事が返ってくるのか分からないけど……あぁヤバい緊張する。


「とりあえず帰るか……あ」


 スマホがブルっと震えた。もしかして、そう思ってスマホを手に取ると真白さんから速攻で返事が返ってきていた。一分も経っていない何なら数十秒だったぞ。


『もちろんよ帰ったらすぐにいらっしゃい! ていうか毎日来てよたか君!!』


 真白さんの気持ちを表すように絵文字とかも色々使われていた。毎日は流石にまだ無理だけど、それもやっぱり魅力的で思わず想像から笑みが零れてしまう。

 スマホをポケットに入れて少しだけ足早に駆け出す。激しくなる心臓の鼓動、決して少なくはない汗が出るが俺の足は止まらなかった。マンションに着いた頃にはそこそこ運動した後くらいの汗を掻いており、まずはシャワーを浴びることにした。


「ただいまっと」


 荷物を置いて着替えを手に取り、風呂に向かおうとしたその時だった。インターホンが鳴った。俺はもしかしてと思って向かい扉を開けると、やっぱり思った通り真白さんだった。


「おかえりたか君……って凄い汗だね」

「あはは、ちょっと走ってきたものでして」


 俺の姿に驚いていた真白さんだが、走ってきたという言葉を聞いて何やら嬉しそうにニヤリと笑った。あまり汗の臭いを嗅いでほしくないのだが、真白さんは気にしないように俺に近づいて来た。


「もしかして、それだけお姉さんに会いたかったのかにゃ~?」


 小首を傾げ、下から覗き込むように俺を見つめる真白さんに……俺は頷いた。すると真白さんは驚いたように目を大きく丸めて食い入るように俺を見つめる。いつもと違って素直な……あれ、いつもはどんな風にしてたっけ。


「そうですね……早く真白さんに会いたかったです」


 寂しかったから……とは恥ずかしくて言わなかった。すると真白さんは何やら雷に打たれたようにビビッと体を震わせ、まるで歓喜の雄叫びを上げるように俺に抱き着いて来た。


「たかくぅぅぅぅぅぅん!!」

「のわっ!?」


 ガバっと両手を広げて抱き着いてくる真白さん、その勢いは今まで感じたどの抱擁よりも力が強かった。


「ま、真白さん俺汗掻いてるから!」

「ええいそんなのどうでもいいわ! 私は一向に構わんというか寧ろそれがいいのよたか君!!」

「えぇ……」


 ……いや、これもいつも通りの真白さんか。

 腕にも汗を掻いてるので出来るだけ俺は真白さんに触れないようにしている。真白さんは本当に気にしないように体を擦りつけてくるけど……あ~あ、服に汗で染みが少し出来てしまっている。


「寂しかったの?」

「……………」


 不意に囁かれたその言葉に、俺はつい……コクっと頷いた。俺の胸元に顔を埋めていた真白さんは顔を上げて改めて俺を見つめる。その表情はとても優しくて、まるで子を見つめる母のようなものだった。


「そっかそっか……私にも少し分かるかな。初めて一人暮らしを始めた時はそんな気持ちになることも多かったから」

「真白さんも」


 真白さんは頷いた。


「確かに家族に会えない寂しさはあるけど、いつでも電話をすれば声を聞けるし寂しいなんて口にすればすっ飛んで来るほど親馬鹿だし……それに、幼い頃にもらった言葉が勇気をくれたから」


 確かに真白さんの親御さんは二人とも親馬鹿だ。そんなお二人だけど俺も当然会ったことがあるし、うちの両親とも良く飲みに行く仲らしい。会うたびに真白さんのお母さんからはどこまで進んだのって聞かれるけど……まあ、そのくらい仲が良くて真白さんのことを愛しているということも知っている。


「って、幼い頃?」

「ふふ、それは内緒ね。いつか……思い出してくれることを信じているから」

「……………」


 その口振りだとまさか……。真白さんは抱きしめている腕を解き、俺の両頬に手の平を当てるように添えてきた。


「今はたか君が傍に居る……それが凄くお姉さんの力になってるのよ? 毎日の変わらないルーティンの中にたか君との時間が加わって、今の私は人生で一番充実していると言っても過言ではないの。それくらい、私はたか君に救われてるの」


 ニコッと、異性を簡単に虜にしてしまいそうな笑みに顔が暑くなった。本当に綺麗にこの人は笑って、いつもいつも俺を幸せな気持ちにしてくれる……そうか、真白さんはずっとそう思ってくれていたんだな。でも、それは俺も同じだ。


「俺もです」

「え?」

「俺も真白さんの存在に救われています。いつも傍にあなたが居ること、帰ってきたらあなたが居るから俺は頑張れるんです……その、まだ高校生のガキが何言ってるんだって話ですけど」


 そう笑うと、真白さんはそんなことないよと首を振った。


「年齢なんて関係ないんだよ。お互いが求めればその時点で成立する……それが恋ってものでしょ?」

「はい……うん?」


 あれ、何か一瞬で話が変わったような気がしたんだが。目の前で言質を取ったと言わんばかりの真白さんは谷間に手を入れて何かを取り出した。バンと音を立てて机の上に置いたのは……婚姻届け!?


「ちょっと真白さん!?」

「ふふ、言質は取ったわよ。つまり、私とたか君は恋をしているのよ。ライクではなくラアアアアアブ! つまり、結婚ということでいいのよ。ほら、既に私は名前を書いて判も押してある。後はたか君がここに名前を書いて判を押して、市役所に提出で私たちは晴れて夫婦になるのよ!!」


 ヤバい、真白さんが蒸気機関車のような鼻息の荒さをしていらっしゃる。


「……ふへ……ふへへ……!」


 涎を拭きましょう真白さん。

 絶対に逃がさないと肩を抑えられる俺の目の前には婚姻届けとボールペン、とりあえず俺はまだ高校生なのでこれに名前を書くわけには行かない。


 何とか真白さんを説得し、非常に不満そうだが再び婚姻届けを真白さんは胸の谷間に収納するのだった。……ってなんでそこに仕舞うの?


「大事なものだもの」

「……はぁ」


 汗で汚れないですか、とは聞かないでおこう。

 落ち着いた真白さんに一旦部屋に戻ってもらい、俺はシャワーを浴びて体を綺麗にしてから改めて真白さんのお部屋にお邪魔した。


「……あの、真白さん?」

「ふふ、寂しいたか君を癒すナースさんになってみたわ」


 コスプレ衣装の一つとして持っているナースの制服……ただし、スカートはかなり短く胸元は当然開いていて大きな胸がお出迎えだ。こんなのをナースと呼んだら全国のナースさんに怒られそうだけど……えっちぃな凄く。


「たか君、ほらこっち来て」


 手を引かれてソファに導かれた。そして膝に頭を乗せるようにして……うん? どうして録音用の機材を付けているんだろう。


「良い機会だし、実際にたか君の耳掃除をしながら耳かきボイス作ろうかなって」

「なるほど……」


 なるほど……でいいのかこれは。


「痛かったりしたら教えてね? 声とか出ても編集で綺麗に消せるから大丈夫」

「はぁ……」


 録音のボタンを押して真白さんは俺の耳元に顔を近づけた。


「それじゃあ……始めるよ? 綺麗にしてあげるから、お姉さんに身を任せてね。そうそう、いい子だよ」

「……………」


 ある意味、これは脳に直接来るゾクゾクとした感覚との戦いになりそうだ。

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