第024話 ダークエルフとすらいむ

「お、おほん! で、では、入れるぞ」

 

 無理くり取り繕いながら、ダクタは僕の上着をスライムへ放り投げた。上着はスライムの表面に触れると、まるで底なし沼のように引きずり込まれていく。

 

 スライムの中をふわふわと漂う僕の上着。

 10秒ほどすると、上着はダクタの方に近づいてきた。


「ふむ、よさそうじゃ」


 ダクタは捻り出されるように排出された上着を確認して言った。


「……ほんとだ」


 受け取った上着は見事なものだった。汚れひとつなく、もちろん粘ついても濡れてもいない。まるでクリーニングに出した後のようだ。


「これは便利だな。洗濯機いらずだ」


 ぶっちゃけこの魔法、めちゃくちゃ欲しい。炎や雷を出すより、よっぽど日々の生活に貢献しそうだ。


「わっはっは! どうじゃ! すごいじゃろ!」

「すごいすごい!」

「わはははははは!」


 ダクタは嬉しそうだ。しかし、これは本当にすごい。


「じゃあズボンもやってもらおうかな。こっちも汗掻いたし」


 どうせなら全部スッキリさせたい。そうなれば後の検証も気分良くできそうだ。


「うむうむ、じゃんじゃん入れるんじゃ! ……そうじゃ、なんなら丸ごと入ったらどうじゃ?」


 ベルトに手を掛けていた僕にダクタが言った。


「丸ごと?」

「りゅうのすけごとじゃ」

「え? あれ入るの?」

「余もたまに入っておるぞ! さっぱり綺麗になるし、ふわふわ気持ちええぞ!」


 つまりはスライム風呂か……興味はある。

 それにあれはあくまでスライムを模した物体であって、生きてはいない。ダクタが制御しているなら、安全だろう。


「……痛くない?」

「じゃ!」


 ならいくか、スライム風呂へ。


「服、着たままでもいいんだよね?」

「問題ないぞ!」


 僕は緩めていたベルトを締め、スライムへと向かう。

 表面に触れてみると、にゅるっと中へ吸い込まれる。


「これ、息はできるの?」

「余の魔力の塊じゃからな、肺に入れてしまえば問題ないぞ。外に出る時には自然と消えるしの」

「消えるとはいえ、飲み込むのはちょっと怖いな」


 そのままスライムの中にいろいろぶちまけそうだ。


「なら顔だけ出すか? 余が上手く動かしてやるんじゃ」

「お願いするよ」

「じゃ!」


 僕はスライムに向き直る。恐怖と好奇心。今はやや前者が強い。しかし、土壇場であまりぐだぐだしても男を下げる。

 僕は小さく深呼吸し、一気にスライムに飛び込んだ。


「…………!」


 奇妙な感覚だった。水の中とも違う、形容しがたい空間。身体中を包み込まれているのに、まるで圧迫感がない。視界も良好で、目も痛くない。


「では上に動かすぞー」


 外にいるダクタの声も鮮明に聞こえる。

 僕の身体は、まるで抵抗なく上昇していき、


「――ぷはっ」


 頭だけがスライム上部から飛び出た。

 たぶん端から見れば、相当に変な格好だ。


「気分はどうじゃー?」


 ダクタが下から声を掛けてくる。


「いい眺めだ」


 スライムの大きさは5メートル。5メートルというと、家の2階ほどの高さはある。周りには他に背の高い構造物がないのもあって、眺めはよかった。


「これ、洗濯はどれくらいで?」

「もう終わったぞー」


 既に完了しているらしい。ちょっと残念だ。


「りゅうのすけの身体も、隅々まで綺麗にしたからのー」


 言われてみると、たしかに顔はすごくさっぱりした気がする。この分では体も、よく洗えていそうだ。 


「本当に便利だ。……その洗濯? 洗う作業はダクタの意志でやってるの?」

「自動でも任意でもできるぞー。今は余がやったがのー」


 つまり、ダクタに背中を流してもらったというわけか。


「器用だね、ダクタ」

「余の魔力の塊じゃからのー、変幻自在じゃぞー」


 ダクタが言うと、スライムの上部に花が咲いた。スライムの花だ。ダクタがやったのだろう。器用な真似をする。


「中もなー、動かせるぞー」

「……お? おぉ、気持ちいい」


 両肩の辺りが蠢いて圧力が掛かる。スライム式のマッサージだ。


「なかなか凝っておるのぉー」

「わかるんだ」

「そりゃ、余の魔力じゃからのー」


 そういうものなのか。


「せっかくだから揉んでやろうかのー」


 ダクタの言葉に合わせて、スライムの内部がうにょうねと動き出す。

 もみもみと僕の肩や腕、もも、ふくらはぎなどをほぐしていく。

 これがなかなかに気持ちよく、人間がやるのでは到底味わえない揉みっぷりだった。クセになるかもしれない。


「気持ちええかー?」

「いい感じ、かなり」

「そうかそうかー」


 と、その時、にゅるんと、ヘソの辺りをまるで舐められたような感触が走った。


「――ひっ!?」

「す、すまん! ちょっとどんなもんかと」


 どんなもん……? ……どんなもん? どんなもんて……なにが?


「いや、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 しかし今の感触はなんだろう、まるでなにか……。


「……うっ!?」


 また同じ感触がきた。こんどは腰だ。

 細長いなにかが、身体を這うような感覚。


「うねうねしとるじゃろー? 色んな形にもできるんじゃぞー」

「うぐぐ……これは、ちょっと、」


 足に、胴に、腕に、まるで蛇のように絡みついてくるスライム。痛くはないが、これは……。


「だ、ダクタ、ちょっと待っ――ふひゃッ!?」

「な、なんじゃ!?」


 へ、変な声が出てしまった。スライムが服の中に入り込んできたのだ。


「うっ、だ、ダクタ、んぐっ、ほんとに――」

「お、おう、すまん! すぐ止める!」


 ダクタはそう言ったが、


「…………」


 スライムは止まらないどころか、むしろ勢いを増した。


「……だ、ダクタ?」

「…………」

「……ダクタ?」

「…………」

「……ダクタ!」

「……ふへへ」


 ふへへ!?


 思わずダクタの顔を確認すると、なぜか笑みを浮かべていた。

 それも、わりとよこしまなやつを。


「……だ、ダク、はぐわぁっ、うなぁあ……」


 まずいズボンの中にまで侵入してきた。ダクタはこのスライムを任意で動かしていると言っていた。つまり、これをやっているのはダクタの意志だ。なにゆえに。


「……りゅ、りゅうのすけ、そんな表情をするでない、するでないぞ、はぁはぁ」


 ダクタさん!? 


「ちょっと、ちょっとだけじゃ、ちょっとだけ、先っちょだけ……はぁはぁ」


 ダクタさああああああん!


「痛いようにはせんから……せんから……はぁはぁ」


 ダクタが怪しく呟いている。待て待て、これはまずい。

 というか昨日といい、僕への扱いなんか変わっていない!?


「だ、ダクタ!」

「すぐ終わる、すぐ終わるのじゃ、はぁはぁ」


 ついにパンツの中に突入してきたスライム。

 身体の自由は利かない。ダクタも止まる気配がない。


 僕は悟った。これはもう無理だと。

 ならせめて、

 せめて、


「無理矢理はやめてええええええええええええええええええ!」



 こうして僕は、大切ななにかを失った――ような気がする。


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