第013話 ダークエルフのけんしょう

 一連の不可解な出来事。

 冷静になると、ダクタの方は今までの法則の範疇だ

 キッチンと居室の仕切り扉が開いた状態で、玄関が開放されていた。これでは世界の繋がりは維持できない。なのでダクタがこちらに来られなかった理由はわかる。


 問題は僕だ。


 先の理由によりダクタがダメなら、それは僕にも当て嵌まるのではないか?

 今回僕は、ダクタの世界にいて、彼女と一緒に押入れに入った。だというのに、ルールが適用されたのはダクタだけで、僕は何事もなかったように帰還できた。


 この一事がどう考えてもおかしい。


 根拠の乏しい想像に寄ってしまうが。考えられる予想はふたつ。

 ひとつは、そもそも僕らのルール把握に間違いがあったということ。

 検証こそしているが、やはり手探りなのは否めないし、それに対して正解と言ってくれる人もいない。

 

 あくまで状況証拠的にそれが正しいかも、と判断しているだけだ。

 なので、その前提に誤りがあった、もしくは抜けがあった場合だ。

 

 もうひとつは、世界接続の際のルールが、僕には適用されないという説。

 正直これは自分でも半信半疑なのだが、ダクタは僕の部屋の外に出られないのに対し、僕は異世界の地を普通に歩けていたという点から見ても、ダクタとは違うルールが適用されているのは間違いない。


「――と、いうことを考えたんだけど、どうだろう?」


 僕は自分の考えをダクタに話した。


「……ふむ」


 既にダクタは落ち着きを取り戻していて、僕の話を真剣に聞いてくれた。

 僕らは現在、六畳間の居室に座っている。


「…………」


 顎に手を当て考え込むダクタ。凜々しさ溢れる表情も相まって、その姿はすごく絵になる。


「……余にも、いくつか考えはある。じゃが、その前に確認せねばならんことがある。今回のことが偶然か、それとも必然か、じゃ」

「……再現性があるのか、ってことか」

「そうじゃ。まずはそこをハッキリさせんと、次にはいけん」


 僕は頷いた。たしかにダクタの言うとおりだ。


「ならまずは、同じ状況を再現してどうなるか……」

「うむ。じゃから先と同じように余が玄関から出ていく。それでまた同じことが起るかどうかじゃな」

「……同じことが起きたら、僕、やばくね?」


 そうなると、僕はこの部屋から出られないということになる。

 外に出ようにも玄関を開ければ異世界だ。それは大変にまずい事態だ。

 そう考えると、今の僕ってわりと瀬戸際にいるのでは……。

 検証の結果次第では、身の振り方すら見つめ直す必要が……。


 先と同じ状況といえば、押入れは閉め、キッチンと居室の仕切り扉は開け、そして玄関扉を開けるということだ。


「……では、いくぞ」


 ダクタが玄関のドアノブを握る。


「……わかった」


 僕はそれをすぐ後ろで見守る。


「…………」


 ダクタがノブを回した――瞬間、まるでコマが飛んだようにダクタが消えた。

 支えを失い、半分ほど開いていたドアがまた閉まる。


「…………」


 なんの余韻もない消え方だ。たしかに隣にいる人間がこんな消え方をしたら、不安になるし寂しくもなる。ダクタの気持ちがよくわかった。


「……再現性は……なし、か?」


 僕は異世界転移していない。僕はまだ部屋にいる。


「……とりあえず外には出られる」


 玄関から半身を出すが、それで異世界に飛ばされるようなことはない。

 ひとまずは安心した。


「…………」


 僕はゆっくり玄関扉を閉める――直後、居室の押入れが勢いよく開いた。

 そこから飛び出してきたダクタが、笑顔で僕にサムズアップする。


「おかえり」

「ッ! あっ、え、えへへ、ただいま、じゃ!」

「早かったね」


 そうダクタは早かった。そしてそこが気になった。


「今回は、今までと同じ・・・・・・じゃったからな」

「と、いうと?」

「今まではスノリエッダに戻される際、この部屋のどこにいようとも、余は余の家にある押入れに戻されていた。じゃが、おぬしとスノリエッダに飛ばされた時は、家の外に放り出された」


 あの時のダクタの狼狽っぷりは、それもあったんだろうか。


「そして今回は押入れの中じゃった。今までと同じじゃ」

「なるほど」


 今回は正常だったということだ。少なくとも、これまでと同じことが起きた。

 次に僕たちは、玄関ではなく六畳間の窓で検証してみた。

 結果は変わらず、ダクタは異世界に戻されたが僕に変化はなし。


「……こうなると、やっぱりさっきのはただのイレギュラー?」

「いや、もうひとつある、確認せねばならんことが」

「……?」

「押入れじゃ。押入れから転移できるか確かめるんじゃ」

「押入れから……?」


 頭にでかいハテナを浮かべながらも僕はダクタに従い、一緒に押入れに入った。

 そしてふすまを閉める直前で、僕の手が止まった。


「これさ、閉めるとダクタはどうなるの? 今までは閉めると世界が繋がってダクタと会えたけど、今ダクタこっちにいるし」

「なにも起らんぞ。おぬしの部屋自体と繋がるようになってから、余にとっての出口は玄関と窓じゃ。じゃから、押入れからは戻れんくなった」


 1K押入れになってから、仕様の変化があったようだ。

 僕はふすまを閉め、押入れを密閉する。


「……暑いね」

「うむ、これは、きついのぉ……」


 早くもダクタがへばってきた。押入れの中はどんどん暑くなるしで、なかなかに耐え難い空間だ。しかし、それはあるひとつのことを意味していた。


「繋がらないな、世界」


 繋がった状態の押入れは、暑くも寒くもない快適空間に変化した。そうならないということは、世界が繋がっていないということだ。ダクタも健在だし。

 僕はふすまを開けてみた。やはりそこは僕の部屋だ。ダクタに変化もない。


「……もう行けないのか、異世界」


 少し残念だった。不安もあったが、やはり憧れや興味も強かっただけに。


「まぁ待て。もうひとつ、確認じゃ」

「もうひとつ?」

「うむ。じゃから、まずはそこを閉めるんじゃ」


 促され、僕はふすまを閉めた。


「……それで?」

「そしたらな、〝スノリエッダと繋がること〟を強く願うんじゃ」

「願う? 僕が?」

「りゅうのすけがじゃ。余の仮説がそれで正しいかわかる」


 いまいちダクタの意図が掴めないが、僕は言われたとおりにしてみる。

 僕の世界とダクタの世界。僕の部屋の押入れとダクタの部屋の押入れ。

 それが繋がり、再び向こうへ行けることを、僕は望み、強く願った。


「…………」


 これでなにか変わったのだろうか?

 僕はふすまを開けてみた。


「……――ッ!?」


 そこは僕の部屋ではなかった。

 そこはダクタの部屋、というかダクタの家だった。つまり、異世界だ。

 異世界とまた繋がった。


「……やはりな」


 僕に続いて押入れから出てきたダクタが言った。ダクタは僕に、家の外に出てくれと指示。僕は従う。結果、普通に外に出られた。


「ダクタ、これって」

「あとひとつだけ、検証したい」


 最後の検証をするには僕の世界に戻る必要があるとのことなので、僕らは再び押入れに入った。来た時と同じように押入れの中で願うと、世界は繋がり、僕の部屋に戻ることができた。


「それで、次はどうすれば……?」

「りゅうのすけだけで、スノリエッダに行けるか確かめてほしい」

「僕だけで、か。確かに気になるな、それ」


 なので今度は僕だけが押入れに入り、スノリエッダに行けるよう願ってみた。

 その結果、僕はひとりでも異世界転移ができた。

 僕はすぐに自分の世界へ戻り、ダクタに報告する。


「じゃろうなとは思っておったが、やはりじゃな」


 ダクタは頷き、部屋の中央にあった折りたたみテーブルの前に座る。僕は対面に座り、尋ねた。


「聞かせてもらっていいかな? ダクタの仮説」

「うむ。まず結論から言うと――」


 が、ダクタが止まった。そして、


「その前に、その、なにか飲み物、ええかの? ……のど渇いた」

「っと、ごめん」 


 僕はキッチンの冷蔵庫から、缶コーラと水のペットボトルを持ってくる。

 コーラと別で買ってきたストローをダクタに渡すと、これでもかというくらいに喜んでいた。しかし缶の蓋を開けられずに消沈、僕が開けるとまた盛大に笑顔を咲かせた。ダクタは本当に表情が豊かだ。


 のどを潤すと、先までとは打って変わって、またダクタの表情が引き締まる。

 このギャップがなかなかに凶悪で、僕は平静を保つのに必死だった。


「結論から言うとじゃな、この部屋のあるじはりゅうのすけじゃ」

「そうですが……?」


 ここは僕の部屋だ。


「あ、いや、あるじというのはじゃな、魔法的な意味でのあるじじゃ!」

「魔法的な主?」

「うむ。どうやらな、余が発動した世界を繋げるという古代魔法、これが余ではなく、りゅうのすけを中心に動いているようなんじゃ」

「それって、魔法が人を認識しているってことにならない?」

「なるのぉ。じゃが、別にそれはおかしいことでもないぞ?」


 魔法が人を認識。正直ぴんとこないが、そもそも僕の世界にはない力だ。他ならぬダクタが言うなら、そうなんだろう。


「認識というか、認定する切っ掛けみたいなものは?」

「基本的には、〝その場にいる〟ことじゃな。今回じゃと、魔法発動の際に〝そこにいたか?〟じゃ」

「この部屋に?」

「うむ。押入れはそもそもこの部屋の物じゃった。余の世界と繋がってこそいたが、その比重は明らかにこちらの世界が強い。じゃから、魔法の支配権が余からおぬしに移動してしまったんじゃ」


 ひなが最初に見た者を親と認識するのと同じ……ではないか。


「発動した時……ダクタと初めて会った時……いや、違う」


 ダクタと押入れで出会ったのは7月20日だが、押入れが繋がったのはそこから4日前だ。あの時はそれで一悶着あった。


「……7月16日か」

「その日、この部屋におぬし以外に誰かいたか?」

「いない、かな。昼間は学校だったし、夕方からはずっと僕ひとりだったと思う」


 その辺りの日は、友人から借りたゲームをひたすらやっていた覚えがある。


「なるほど。……ちなみに、友人とやらをこの部屋に招いたことは、あるのか?」

「友達を呼んだこと? そりゃあるよ」


 寮の仲間の部屋に行ったり来たりは、わりとある。


「ほ、ほーん。……そ、その中に女子おなごはおったり、したのか?」

「……ん?」

「お、女子おなごひとりを招いたり、その部屋に行ったり、とかじゃ!」

「え、その情報、今、必要?」

「ひ、必要じゃ!」

「いや、ここ男子寮だし、女子禁制だし」


 彼女を連れ込んでるやつもいるにはいるが、残念ながら僕にそんな経験はない。それにそんな男は、我ら男子寮連合から激しく非難という名のやっかみを受けることになる。


 ……いや、待て……もしかして、僕のこの状況って……。

 超特大のブーメランが突き刺さった気がした。


「そ、そうか! え、へへ」


 ダクタはなにか安堵していたが、僕は僕で別の危機感が増していっていた。


「……それで、世界が繋がった時に僕がこの部屋にいたから、僕に魔法の権限(?)みたいなのが移ったってことでいいのかな」

「一種の暴発じゃな。普段はこうならぬよう、細心の注意を払うんじゃが、いかんせん古代魔法じゃ。天才魔法使いの余ですら手にあまる」


 魔法素人の僕から見てもダクタは魔法の才があると思った。比較対象がないので完全に印象論なのだが、異世界での魔法を見た限り、そう思った。

 そんなダクタの手に余る魔法……古代魔法とはいったい……。


「……つまり、この押入れの主は僕だった。だから、ダクタが1K押入れに強化した時、その効果の拡大が僕にもあった、って?」

「そうじゃ。支配権を持つりゅのすけの力も強まった。最初に余の世界に転移した際にいろいろとみだれがあったのも、それで説明が付く」


 魔法では最初の一回目が不安定になることは、ままあることらしい。今回はそもそもがまだ未知数な古代魔法だったので、さらにそれが強く出たと。


「なら、もう大丈夫……安定したってこと?」

「少なくとも、今の状態・・・・ならば、もう乱れはないじゃろう」


 今の状態。つまり今後押入れの範囲を拡大、強化していくと、またなにか予想外の事態が起きる、かもしれないということだ。


 それについて不安もあるが、とりあえず今はもう安心してよさそうだ。

 そしてそう思うと、別の感情が強くなってくる。


「そ、それでじゃな、当面の心配はない、じゃから、その……」

「行こう! ダクタの世界へ!」


 なら僕の答えはひとつだ。 

 溢れ出る好奇心は止まらない。


「そ、そうか! よ、よし! えへへ、なら善は急げじゃ!」


 未知なる世界への憧れ。

 それが手の届くところ。すぐそこにある。

 なら、掴まないわけにはいかない。

 男の子としては。


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