7.

 兄さんが小学三年生の頃、お母さんと一緒に歩いていた兄さん達の元に、居眠り運転をしていた車が突っ込んで。その時、兄さんのお母さんは、兄さんのことをかばって……。


 あの時のことは今でもはっきり覚えてる、と兄さんは語る。兄さんはその後、親戚の元に引き取られたけど、その親戚――、おじさんとおばさんは大の子ども嫌いで、兄さんを引き取ったのは世間体を気にしてのことだけで。だから兄さんに対して冷たく……、時には暴力も振るっていたらしい。そのことを知った天羽さんがそんな兄さんの状況を見かねて、兄さんを天正家に引き取ってくれたんだとか。


「あの人のためだったら何でもできる、あの人のためなら何でもする。天羽さんが留守の間は、俺がこの家を守らないと。もしこの家に何かあったら、俺は、俺は……。

 だから牡丹は気にしなくていいんだよ」


 兄さんはそう言って小さな笑みを浮かべるけど、でも、でも……。


「……呪いみたいに思わないでください」


「え……?」


「だって、天羽さんのためなら何でもできるって、何でもするって、そんなの、やっぱりおかしいと思います。それに天羽さんはそんなこと、望んでないと思いますし……」


 私は天羽さんのこと、まだ全然知らないけど。でも、天羽さんは、きっとそんな人じゃないと思う。


 だから。


「それに、大丈夫です。だって藤助兄さんは……、兄さんは、とっても優しいから。だから、それだけで十分ですよ」


 私は真っ直ぐに兄さんを見つめ返す。兄さんはきょとんと目を丸くさせていたけど、瞬きを一つすると、

「……ありがとう、牡丹」

 小さな声で、そう言った。


 だけどその余韻をかき消すよう、突然外側から勢いよく扉が開いた。それから、

「あー! 藤助のやつ、牡丹に飯食わせてもらってるぞ!」

 梅吉兄さんが大声を上げながら飛び込んで来た。


「藤助、一人だけずるいぞ。牡丹、俺にも、あーん!」


「もう、梅吉兄さんは! 兄さんはもうご飯食べたじゃないですか。それに藤助兄さんは病人なんですよ。騒がないでください」


「いいじゃん、一口で良いからさ。ほら、あー……いでっ!?」


「何やってるんだ、このバカは」


「道松こそ、何するんだよ! 痛えじゃねえかよ、殴るなんて」


「お前がうるさいからだ、このバカ!」


「ちょっと、道松兄さんも梅吉兄さんも、ケンカしないでくださいよっ!!」


 よりにもよって藤助兄さんの部屋で……。私は必死にとめるけど、兄さん達はなかなかやめてくれない。


 だけど。


 不意にパンッ――! と乾いた音が室内中に鳴り響いた。藤助兄さんが手と手を叩き合わせた音だ。


「道松、梅吉、今すぐやめないと明日の朝食抜きにするよ」


 すると道松兄さんも梅吉兄さんも瞬時にぴたりと止まった。


 やっぱり藤助兄さんだ、頼りになる。


 藤助兄さんは私の方を向き直り、

「ねえ、牡丹。お粥、残りも食べさせてくれない?」


「え? ええ、良いですけど……」


 なぜか苦虫を噛み潰したような顔をしている梅吉兄さんと道松兄さんを尻目に、兄さんは子どもっぽく、

「たまには良いよね?」

 にこりと私に向かって微笑んだ。

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