6.
道松兄さんに、そんな事情があったなんて……。
私、全然知らなかった。道松兄さんも他の兄さん達も、誰も教えてはくれなかったんだもの。クラスの子達が兄さんのこと、貴公子とか言ってたけど、でも、まさか本当にその通りだったなんて。
なんだか兄さんが急に遠い人に思えてきた。だって豊島グループの、それも会長さんのように身分の高い人と、もし私が兄さんと半分だけど血が繋がっていなければ一生関わることなんてなかっただろう。
その人達の目的が、兄さんを豊島家に復縁させる、か。
理由は分からないけど、でも、兄さんは嫌がっているんだよね。豊島家に復縁できたら元の家に帰れるだけでなく、将来だって会長という座が約束されていて安泰所か一生裕福な生活が保証されているだろうに。それでも嫌なんだよね。
やっぱり私に道松兄さんを説得するなんて……。
できる訳がない。
かと言って、おじいさん達は、私がうんと言うまで、このお屋敷から帰してはくれないみたい。
試しに襖を開けると、部屋の前には二人の強靭そうな男の人が立っていて、
「何かご用ですか?」
私に気付くと、硬い口調で訊ねてきた。
「あの、そろそろ家に帰りたいんですけど……」
正直にそう言うと、さっきの秘書さんが部屋から出ようとしている私に気付いてやって来た。
「先程の件、ご了承してくださいましたか?」
「えーと、それは、そのー……」
遠回しに断ると秘書さんは鉄板みたいに固い表情のまま、
「もう少し考えてはいただけませんか? そうですね、牡丹様のために特別な夕食もご用意いたしますので、ぜひ召し上がってください」
秘書さんは勝手に決めてしまうと、おそらくその手配だろう。近くにいた使用人達にあれこれと指示を出し始める。
私はその様子を遠くから眺めていたけど、するすると突き出していた顔を、亀が甲羅の中に身を隠すように部屋の中へと引っ込めて、そっと襖を閉めた。
……うん、やっぱり簡単には帰してくれないみたい。それは、まあ、そうだよね。すぐに帰してくれるくらいなら、そもそも無理矢理連れて来たりしないよね。
だけど、いつまでここにいたらいいのかな。もしかしたら一生ここで過ごさないといけないの……!?
再び一人きりになった部屋の中で、私は急に不安になってきた。
命の危険はなさそうだけど、でも、それでもよく知らないお屋敷の中で一生過ごすのなんてごめんだ。この調子だと学校にも行けなくなっちゃうかも。
カバンの中からスマホを取り出して時間を確認すると、午後三時三十五分だった。
今頃だったら本当は、藤助兄さんがお菓子とお茶を用意してくれて、おやつタイムのはずだったのに。確かにテーブルの上には手付かずのお茶と高級そうな、ツツジとバラの形をした練り切り菓子があるんだけど、どうしてだか食べる気にはなれなかった。
私がいつまでも家に帰らなかったら、兄さん達も心配するだろうな。せめて兄さん達に、ここにいるって知らせることができたらなあ……って、ああ、そうだ。どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。
スマホを持っているんだから、家に電話をかければ良かったんだ――!
名案を思い付いた私は早速スマホを操作して家に電話をかけるけど。あれ……、おかしいな。電話が通じない。
スマホの画面を見ると、
「けっ……、圏外――!??」
アンテナが一本も立っていなかった。
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