最終話 奇跡が舞い降りた街

 今日はミラと過ごせる最後の日。

 ミラは初めて僕達と一緒に登校すると言い出した。

 幼女にしか見えないミラは学校に入れない。

 仮に能力で高校生に化けても、部外者である事には変わりがない。

 だからミラが校内に入る事はない。

 それが意味する事は……自宅から学校までの僅か1時間でミラと別れるという事。

 そんな状況で僕が奇跡を願うとしたら、登校中に玲子が交通事故にあう事しか考えられない。

 僕はいつも通り、隣に住む玲子と一緒に学校に向かう。

 いつもと違うのはミラが一緒だって事と、いつも以上に交通事故に気を付けている事だ。

 交差点に差しかかかった所で、一台の車が玲子に向かって突っ込んできた。

 僕は玲子を守る為に、玲子を全力で突き飛ばした。

 ドン! 玲子の代わりに少しだけ車に接触した。

 ケガはしていないけど、痛みに耐えて座り込んだ。

 この調子だと立ち上がれるまで少し時間がかかるな。

 これが僕がミラに奇跡を願う切っ掛けだったのだろうな。

 でも、事故を回避出来たって事は奇跡を起こす必要はないな。

 これで、これからもミラとーー

 キィィィィィッ! ドン! 

 別の車が最初に事故を起こした車に激突して玲子の方に跳ね飛ばされた。

 ベチャッ!

 僕の目の前に何かが落下して僕の頬に温かい液体が付着した。

 何が起きたのか、目の前の落下物に目を向けようとするが、目が、首が、動かない。

 僕の視線が水平より下がらない。目の前の落下物現実から目を反らす様に……

 それでも何とか体を倒して落下物に目を向ける。

 眼前に広がる倒れた玲子の姿……

 恐怖で頬の汗を拭うと、赤黒い液体が手にこびりついていた。

 意識が遠のく……これ以上耐えられないーー


「意識を失うな! 目を反らすな! 我に願え! 奇跡を!」


 ミラが僕を揺さぶり一言一言、力強く僕に語り掛ける。

 奇跡? 何を願えっていうんだよ。

 目を反らすなって……出来るかよ……無残な姿の大切な人玲子を直視するなんて……


「重ねて問う! 諏訪すわたける! 我に何を願う!」

「助けてください……玲子を……玲子を助けてくれミラっ!」


 僕はミラにしがみつき願った。

 僕の大切な玲子の命を救って欲しいと!

 必死で、みっともなく、切実に、目の前の幼女の様な天使に訴えかけた。


「それでいい」


 そう言ったミラの背後に無数の羽根が舞う。

 そして、次第に羽根が集まり、ミラの背中に4枚の翼をかたどった。

 4枚羽の大天使ーーこれが本来のミラの姿なのか。

 ミラが放つ光が渦を巻き玲子を包む。

 風の様に質量を感じる程に吹き荒ぶ光の渦に圧倒される。

 そして僅か1分程で光が落ち着き、玲子が地面に横たわった状態で現れた。

 玲子のそばによってケガを確認する。

 信じられないけど、出血が消え、骨折どころか打ち身すらない。

 本当に奇跡じゃなきゃ出来ない事だな。

 そして、ミラが奇跡を行使したって事はーー

 目の前のミラに目を向けると、ミラの姿が薄くなってきている。


「大丈夫かミラ。消えかかっている!」

「心配いらんよ。奇跡の力を使い切って認識出来なくなってきただけだ。本当に消える訳ではない」

「もうお別れなのか?」

「そうだよ。玲子と益男には宜しく言っといてくれ」

「分かった。ありがとうミラ」

「礼なら建御名方神たけみなかたのかみにでも言ってくれ。我は元々バイトだ」

「それでもミラにお礼を言わせてくれ。世話になったのに、お返しが出来ないのが残念だな」

「ふっ、礼を言われて悪い気はしないな。それでは我のサボテンを頼むよ。残念ながら天界に持ち帰れないのでね」

「あぁ、大切にするよ」


 そう言うと、ミラは満足そうな笑顔を浮かべて消えていった。

 こうして、ミラと過ごした一週間はあっさりと幕を閉じた。

 僕は玲子を乗せた救急車の中で泣き続けた。

 ミラと過ごした一週間を思い出しながらーー


 *


 ミラが去ってから15年後の展翅町ーー


貴石きせき! 走ったら危ないわよ!」


 母親が少女に声をかける。


「走らないと、学校に間に合わないの!」


 少女は母親の忠告を無視して走りを止めなかった。


「全く誰に似たんだか……」


 父親もぼやきながら、小学校に向かい遠ざかる少女を見送った。

 少女は遅刻しないように全力で走る。

 信号を渡り、坂を下ってーー

 だが、角を曲がった所で、出会い頭に猫に出くわして転んでしまった。


「痛いっ!」


 転んで打った膝を抱えて泣き始めた少女。

 ドカン! 突如、何かが転んだ少女の近くに落下した。

 そして、むくっと起き上がった落下物女性


「いててっ、大人になると動きづらいものだな」

「お姉ちゃん大丈夫?」


 突然人が落下してきて驚いたのだろう。

 泣きやんだ少女が落下してきた女性を心配し始めた。


「我は問題ないよ。こう見えて頑丈なのでね。ところで、えぇっと……」

「私は貴石、諏訪すわ貴石きせき! お姉ちゃんは?」

「それは奇遇だね。我はね、貴石と同じでねーー」


 この街には奇跡が舞い降りる。

 それは舞い降りるというにはほど遠いほど、過激で衝撃的な出会いとなるだろうーー


『奇跡が舞い降りた街』完

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奇跡が舞い降りた街 大場里桜 @o_riou

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