第27話(最終話)

※前半は駆け足状態です。


アパートは全焼だった。元が何だったかも分からない程酷い有様で、匠馬が取りに行ってくれたお蔭で両親の位牌とアルバムが手元に残った事は不幸中の幸いだと、智風は胸に抱きながらそう思った。そして、鮎川家に着くと玄関を開けた3人が『お帰り』と智風を迎え入れ、久し振りの家族の温もりに思わず涙が溢れた。今日の処は早く寝る様に、と言われて2階に上がって行くが、智風は今迄言えなかった事を喋り続けた。聖也に言われた事、明美に言われた事。ずっとセフレだと思っていた事。そして、卒業前に姿を消そうと思っていた事。そこまで喋ると、口も利けない状態にさせられた。駄々っ子の様に、ボクを独りにしないで、と訴えられて智風はただしがみ付く事しか出来ない。独りにされたくないのはあたしの方だ、と必死で口づけを交わし、躰を重ねた。


次の日は朝から業者を呼び智風は制服を作って貰い、匠馬は病院へと。左側が予想以上に深く切れていたらしく、匠馬は7針縫って帰宅した。


昼には迎えに来た覆面パトカーで警察署に向かったが、夜中のうちに滝本が警察と話しを進めてくれていたお蔭で事情聴取は意外と早く終わり、智風は胸を撫で下ろした。横では、匠馬に誰がお茶を出すかで数名の女性警察官が揉めていて、笑いが出たが。


明美は放火・傷害・不法侵入・銃刀法違反・ストーカー行為で逮捕・起訴される運びになるという。今回の愛憎劇、ニュースや某雑誌を賑わせると思いきや、地方新聞に“放火”と取り上げられただけで済んだ。多分、大河原家やあの滝本という人が裏で上手い事やったのだろう、と智風は思うだけに止めた。


火事から3日目、智風は警察官と一緒にアパートを訪れると、大家と再会して思わず2人して抱き合った。そして一志があの夜、他住人と大家夫婦にホテルを手配していた事を聞いた。昨日も昼過ぎに今回の放火について説明をしにホテルを訪れ、迷惑料として一千万円を住人の方の今後に役立てて欲しい、と頭を下げたのだという。『断りたかったけど、一文無しの人もいたからね。有り難く使わせて貰う事にしたよ。智風ちゃんの彼氏もあんなキチガイに好かれて大変だったね。おばちゃん達は娘と暮らす事にして、買い手が見つかるか分からないけど、ここは売る事にしたよ。智風ちゃんも幸せになるんだよ』と大家は焼けた跡を悲しそうに見詰めていた。家に帰ると、匠馬を病院から連れ帰った一志と会い、智風は慌てて頭を下げた。『ちーちゃんが頭下げる事無いよ。迷惑料ってのもあるけど、親としての精一杯の気持ちだ。もっと早くに対処してあげてればこんな事にもならなかったはずだから』微笑むと智風の頭を撫で、一志は仕事へと向かった。


やっと登校出来た日の放課後、職員室を訪れると、そこには美弥子の姿があった。そのまま校長室に担任と連れて行かれると、美弥子は智風が鮎川家で暮らしだした事を告げ、今回の事件で休んだ分とこれからある裁判などで休む事が増えるだろうから休んだ分をどうにかして欲しい、と校長に相談に来たという。勿論、可愛い妹の頼み事。校長が聞かない訳も無く、あっさりと公休扱いにする、と告げた。その代り、夏休み2週間ほど登校して図書館の本の整理などをする事。そして、匠馬にはもうひとつ。これからのテスト毎回10位以内に入る事、と条件付きではあったが。美弥子が帰った後、『お前は大丈夫だと思っていたのに』と担任が泣き出したのには意味が分からず、首を傾げる智風であった。


放火の事はあっという間に広がり、例の女生徒達に根掘り葉掘り聞かれた際、匠馬が彼女達に一緒に住むようになった、と説明した。すると、『大変だね。ま、一緒に居る方が安心できるしいいんじゃない』と意外な程あっさりと受け入れられた。以前、階段から落ちた時に匠馬の口から付き合っている事を告げていたという。知らぬは本人ばかりなりだ、とほんの少し不貞腐れた智風であった。


 


そうこうするうちに、鮎川家から登校する事が知れ渡り、陰口をたたかれる事が多くなった。しかし、例の女生徒達やひまわりが何時も側に居てくれたお蔭で何も起きずに済んだのだが、ある日、ひとりになった処を7〜8名の女生徒に取り囲まれた。いかにもリーダー的な女生徒に罵倒されて身を竦めたが、『子どもみたいな事しないで、直接匠馬の方に言えばいいじゃないですか。それに別れる別れないを貴女方に決められたくありません』オドオドとした態度ではあるが皆の前で言い切り、スカートを握りしめた。すると、『もう、勘弁してくれないかなぁ。ボクの彼女が怖がってる』笑いを堪える様に眉をハの字にして現れた匠馬に、女生徒達は慌てて智風から一歩後ずさる。そして、匠馬に手を引かれその場を去るのだが、家に帰るなり『よく頑張ったね』と誰のご褒美か分からないご褒美を貰う事となってしまうのだった。


その後もそのグループからの嫌がらせは尽きる事は無かったが、何時の間にかクラスの女子で出来ていた【鮎川と屋嘉比の恋を見守る会】というものに守られ、楽しい、と言うよりも愉快な学校生活を送る事が出来た。


***


それから目まぐるしい日々が過ぎて行き、あっという間に3月に入った。そして、卒業式があと3日、と差し迫ったある日の午後。鮎川家の前に黒塗りのハマーが停まり、雑誌を抱えた陵が降りて来た。匠馬は一志と仕事に出掛け美弥子も不在な中、智風は何事かと大きな瞳で陵を見ていた。


「おい、あひる。引っ越しの準備は大丈夫なのか?つーか、業者に頼めばいいじゃねーか」


陵は雑誌を乱暴にテーブルに置くと智風が出したコーヒーを一気に飲み干し、ふんぞり返る。


「業者に頼むって…。隣に動くだけなのに何で業者に頼まないといけないんですか。そんなのお金の無駄です。それに、動かすのはあたし達の衣類しかないのに」


智風は呆れかえった顔で陵を見た。


そう、鮎川家の隣に匠馬が家を建てたのだ。というのも、あの事件の後、美弥子と一志がまだ見ぬ孫の為に、と2人に内緒で家を建て替える話を進めており、それを知った匠馬は異議を唱えた。自分好みに建てたい匠馬と2世帯住宅にしたい美弥子と一志。そのやりとりは年末まで繰り広げられ、智風はただ、楽しそうに3人のやり取りを見ていた。そして、年末。鮎川家の隣に“施主・鮎川匠馬様”という看板が立った。2世帯住宅にしない代わりに隣に家を建てる事で両方手を打ち、家を建てる運びとなったのだが、諦めきれない2人は、渡り廊下を造って欲しい、と駄々を捏ねた。断固として許可しない匠馬に、智風が『先を見越して造って貰うのも良いんじゃない?ほら、子どもが出来たら行き来出来るし、ね?』とその場を丸く収める事で話は付いた。その一言で渡り廊下が設置される事に嫌そうな顔をしていた匠馬も、我が儘聞いてくれてありがとう、と微笑む智風にはそんな顔をする事が出来ず、婿養子に来た気分だ、とゴチたのであった。


「お前もやっと言い返す様になったな」


と喉を鳴らしながら陵は持って来た雑誌を広げ、智風は目を見張った。


「こ、これ…」


「良く撮れてるだろ?本当、おじさん上手いな」


そう言って他の雑誌も同じ写真が使われているページを広げ、所狭しと並べて行く。


「お前等の結婚式の写真だ」


2月に入ってすぐ、学校が休みになるといきなり連れていかされたグアム。そこで、挙式、というサプライズを受けた。まさか、その時の写真を店のポスターに起用するとは。自分でも信じられない程、幸せそうな顔をしているのだが、見ていて恥ずかしくなり智風は顔を赤くした。


「この写真、評判が良いんだぞ。ほら…、明日発売のファッション誌だ」


そう言って陵が開いたページには仕事仕様の匠馬が沢山載っており“今、噂になっているジュエリーショップのポスターの彼を直撃!”という内容だ。


『これは先日、彼女とグアムで式を挙げた際に父が撮ったものです。社長がこの写真を気に入って使う様になったんですけど、実際、使われると恥ずかしいものですね』『高校の入学式で彼女を見かけて、お恥ずかしい話、ボクの一目惚れです。2年で一緒のクラスになったんで、あの手この手で1年近く掛けて彼女を口説き落として(笑)プロポーズは彼女の誕生日です』『喧嘩もしますよ。彼女は言いたい事を言わずに溜め込んでしまうタイプだから、根気強く聞き出すんです』『聞き出すのに疲れたりしません。彼女の側に居る時が至福の時なんで、寧ろラッキーですかね(笑)』『あはは、新婚さんに“離婚”って言葉出します?(苦笑)』『彼女はすぐに他人と壁を作って独りになりたがるので、ボクから近寄るようにしてます。彼女と付き合って1年程で結婚なんで、まだまだお互い知らない事ばかりですし』『え?そうですよ。ボクまだ高校生です。多分この雑誌が発売されるくらいが卒業式(笑)』『早い…かもしれませんね。ボクは結婚という選択肢を選びましたけど、これが間違いだとか思ったりしません。やらずに後悔する方が悔いが残りますから。それに、自分が選んだ道が間違いだった、とかいうのってボクの中では言い訳でしかないんです。もし、“離婚”という形になってしまう時は、それこそお互いの努力が足りなかったって事です』『いやいや、他の女性は目に入りませんよ。ボクは彼女一筋なんで』


はにかんだ顔やメガネを直す仕草。長い指で口元を隠して笑う姿の写真に思わず笑みが零れると同時、ある言葉に引っ掛かりを覚えた。“他人と壁を作る”あの女生徒も『話し掛けて欲しく無さそうっていうか。独りがいいの!ってオーラ出してるのかと思ってた』と言っていた。


他人が自分を嫌っていて遠ざけている、と思っていたが、はたしてそうなのだろうか。苛められていて、周りの人全てが自分の事を嫌いなのだと思い込んで、自分が他人を遠ざけていたとしたら。


『卑屈になっても何も変わらない。過去は変えられない。だから未来はある』


匠馬は何時もそう言って背中を押してくれていた。何も出来ない、いや、しない自分に残りの学校生活が辛いものにならない様に、と手を尽くしてくれていた。本当に変わらないといけないのは、自分自身ではないだろうか。


「…あの、大河原くん…。お願いがあるんですけど、――――――――――いいですか?」


智風の急なお願いに、陵は心底驚いた顔をした。


「…俺は構わないが、その後、大変になるぞ?それでもいいのか?」


「はい。大丈夫です。もう独りではないですし、ね」


「…そうか。なら俺から伝えておく。あ、そうそう。このインタビューした女だが、クビになった。お前も匠馬を怒らせるような真似だけはしてくれるなよ。マジで匠馬が怒ったら俺やひまわりでも手が負えないからな」


インタビュー中に“離婚・別れる”を連発した上に、やたらと躰に触れて来たという。その帰り際、携帯番号をスーツのポケットに忍ばせて来たらしく、匠馬の逆鱗に触れた。罵詈雑言をしっかりと彼女に浴びせて帰っているが、その雑誌のスポンサーを降りる、と通知を送るとその女性をクビにするので勘弁して欲しい、と店まで社長が頭を下げにやって来たそうだ。彼女をクビにする為に仕掛けたものなので、それで手を打ったのだろう。


陵は、『じゃぁ卒業式でな』そう言いヒラヒラと手を振って鮎川家を後にした。そして、智風は財布を掴むと家を飛び出した。


ーーー卒業式、当日。良い塩梅に桜の花が舞い散る中、智風は匠馬と学校に向かった。隣を歩く匠馬は、智風の行動が気に入らなかったのか、かなり不貞腐れている。教室のドアを開けると一瞬、時が止まった。そして、次の瞬間。


「「「屋嘉比さん!!!???」」」


その凄まじい声に匠馬の機嫌は余計に悪くなり、ポケットに手を突っ込んだまま自分の席に座ると突っ伏した。


「髪の毛、切ってる!」


「コンタクトにしてる!」


「スカート短くなってる!」


「「「目茶苦茶、美人じゃんか!!!」」」


とりあえず、一つずつクリアーしていこうとやってみたのが、髪を切る事だった。あの足で近所の美容室に駆け込んで、ばっさりといったのだ。尻が隠れるまで伸びていた髪を肩甲骨が隠れる位まで切り、顔を隠さない様に前髪も分けて、コンタクトも2日間入れる練習をして。美弥子と一志は智風がひとりで行けた事を誉め、『可愛い、似合ってる』と言ってくれたが、匠馬は子どもの様に怒り散らした。『ちーの可愛さはボクだけが知ってればいいの!』と。次の日、美弥子がこっそりスカートを補正に出していたのには驚いたが。


皆の声に顔を赤くしながら智風は微笑む。


「えっと、イメチェンしてみました…」


「ちょ!写メ一緒に撮って!」


例の女生徒の一言で写真撮影が始まり、教室にやって来た担任も智風の変わりように驚いて声が出せないでいた。


ザワザワと騒がしい体育館で、陵の横に智風は座った。卒業生代表の答辞を陵。そして、卒業証書を卒業生総代として智風が取りに行く。出来ない、と断るつもりだったが、あの日、やる事を決心し陵から担任に伝えて貰った。たかが取りに行く役だが、智風にはハードルの高いものだ。緊張の余り、指先が震える。


そんな智風の姿をクラス席から眺めていた匠馬は陵の言葉を思い出していた。


『本当にアレは面白いな。多分、女共が叫ぶぞ。それとな、あひるからの伝言だ』


何をやらかしてくれるのか、と匠馬自身、気が気でなく大きくため息を吐いた。


厳かに式が進んで行く。開式宣言、開会の辞で式の開始を知らせると、国歌斉唱。一同が席に着き


「卒業証書授与」


教頭が読み上げる。


「卒業生総代…」


そこまで言って、教頭は少し困った様な顔をした。教頭は校長の方へ顔を向けると、校長は無言で軽く頭を縦に振る。


そして、智風の名前を読み上げられれば、陵の言う通り女共だけでなく、他の生徒も叫んだ。


「あぁ、まったく。君は本当に意表を突いてくれる。だから君はボクの心を掴んで離さないんだよ」


くくくっと喉を鳴らし、匠馬は足を組み直した。


『醜いあひるの子って白鳥になるだけで終わりだと思う?』


「卒業生総代、…” 鮎川・・ ″智風」


「ーーーはい!」


            【終】


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