第23話

※性行為をするシーンがありますが、軽めなので※印は付けていません。少し短めです。


ーーー休み明け。登校拒否も出来ずに学校には行くが、授業も集中できずにぼんやり。無欲な1日を過ごす事が多くなった。周りで人が喋っていても耳には入って来ず。横で心配そうな顔をしたひまわりにも気づかなかった。


匠馬と聖也、2人が視界に入ると無意識に踵を返してしまい、ひまわりを連れ回し、行く所が無くなればトイレに逃げ込んだ。聖也にはまた同じ事を言われるのが嫌だったし、匠馬には別れを切り出されるのが怖かったから。それに公園を通らずに遠回りして帰る為、明美にも会っていない。2人が上手くいくのなら、いい。


避けだして4日目の放課後。ひまわりは仕事の為、先に下校。久しぶりに智風はひとりで教室を出た。


真っ青な空を廊下の窓から見上げて大きくため息を吐く。すると、急に背後から声を掛けられ、思わず身を縮めた。


「ね、どうやったらあんたみたいなのが、相手にされる訳?河野君とも一緒に下校したりしてさ」


振り返れば、あの女生徒が腕組みをして立っていた。何も言えずに智風は俯く。


「あんたのせいであの人達が何て言われてるか、評判落ちてるか、知ってるの?」


肩を窄める智風を見て、苛々は解消されないのか女生徒はチッ、と舌打ちをする。


「っていうかさ、あんた見てると苛々しちゃうんだけど。…本当、ひとりだと何も喋れないのね!ムカつかせる天才だわ!」


その言葉に思わずその場を逃げ出した。


喋りたい。言い返してやりたい。だけど、仕返しが怖くて何も言えない。


ムカついてるのは、自分も一緒。いや、自分が一番ムカついている。こんな情けない自分は嫌なのに。


あの日から食欲が無く微熱続きだったせいか、少し走っただけで眩暈に息切れがする。


「はっ、っぁ…」


ぐにゃり、と周りが歪んで慌てて立ち止まれば、そこには床が無い。危ない、と考えるよりも早く世界が回り、ゆっくりと目の前が赤く染まっていった。


「ちょ、ちょっと!や…やだ!誰か、先生呼んで!救急車も!」


横であの女生徒が何か叫んでる。意識が飛ぶ前に智風、と匠馬の声が聞こえた様な気がした。


ーーー「タクマ?」


声が聞こえた、と思い智風が目を開けると、其処は、自分の部屋。目を瞬かせ、ぐるり、と部屋の中を見渡した。


「あ、れ?あたし…、学校で、走って…」


「走ってたらしいよ?でも、足元はちゃんと見て止まらないとね」


「た、タクマ?」


「頭痛くない?まる1日目を覚まさなかったんだよ?最近ちゃんと寝てたの?隈が出来てるし。それに、少し痩せたでしょ?休み中何食べてたの?お腹は空いて無い?何か作ろうか?」


今迄と変わらない何時もの笑顔。匠馬がベッドに腰掛けると、ゆっくりと沈む。そして、頭を撫でられる。それだけで、期待してしまう自分が居る。


しかし、何故、ここに居るのか。こんな処に居たら、明美に失礼ではないか。彼には明美という婚約者が居て、自分は性処理係だ。彼女にして欲しい、なんて微塵も思っていなかった。躰の関係だって、居場所と友達をくれたお詫びみたいなもの、なのに。


「階段から落下したって聞いて心臓が止まるかと思った。幸い、おでこを少し切った程度。それに、頭にも異常は無いって」


「…あ、あの…」


ここに来たら駄目だ、と言わなければ。しかし、言ってしまえば、彼は直ぐに出て行ってしまうだろう。そんな気持ちとは裏腹に、ほんの少しだけでもいいから側に居て欲しい。だけど、と迷っていると覆い被さる様に抱き締められた。それだけで、心臓が跳ね上がる。期待しては駄目、と言い聞かせるが、『心配した』と震える声に思わず匠馬の首に腕を回していた。


「ごめんね、ごめんね、っ、」


匠馬には迷惑を掛けた事に謝り、そして、明美には今日で終わりにするから、と謝る。


「タクマ、おねがい、抱いて、下さい」


それに返事を返すよりも口を塞いだ方が早いのか。匠馬の唇が貪る様に口づけされ、下唇を甘く噛む。不意に合った目に、ずくん、と躰が疼く。目が合っただけで、子宮が怖いほど疼き、自ら舌をさし出してキスを強請った。


こんなにキスが甘くて、切ないものだとは。すると、匠馬が唇を放して、無理しない方がいいんじゃない、と心配し躰を放そうとしたが、智風は首を横に振り、おねがい、とだけ呟いた。


この指に何度触れられたのだろうか。この唇で何度口づけされたのだろうか。そして、何度生きてて良かった、と思った事だろう。


匠馬のほんの少し低い体温が徐々に上がって行く。指で触られただけで、はしたないくらい声が出る。


相手は婚約者も居るのに、人として最低だ、と罵られてもいい。そんな事、どうでも良く思えた。此処に居てくれることが嬉しかった。矛盾してる、と言われても、ほんの少しの時間でいいから側にいて欲しい。


ぎしぎしと激しくベッドが揺れる音のなか、匠馬の吐息が混じって聞こえた。目をゆるゆると開け、入って来た匠馬の顔に、泣きそうになる。快感に歪む顔。こんな自分に感じてくれてる事が、嬉しかった。


「た、たく、ま…、キモチ、いい?」


その言葉に驚いた顔をしたが


「目茶苦茶、キモチ、いい…っ」


微笑んでバードキスをしてくれた。嬉しくて、涙が止まらない。


こんな躰で、お返し出来るのなら。気持ち良くなって貰えるのであれば、それでいい。後は、この温もりを覚えさせて欲しく、必死に匠馬にしがみ付いた。


もう何度、意識を飛ばしたか。飛ばせばすぐに引き戻される。それさえ、嬉しく感じる。


くっと、匠馬が色っぽい吐息を吐きだ出す。何もかもが愛おしい。


「すき…」


言っても意味を持たない言葉。すると、匠馬の躰が急に動かなくなり、大きく目を見開いたが、すぐに困った様に顔を顰めた。


迷惑、という事だ。


告白出来た事に満足し、智風はにっこりと微笑む。そして、何時の間にか意識を手放していた。


ピザを一緒に食べてって誘ってくれた時、パニックになったんだよ。メルアド交換した時、天にも昇る気持ちになっただなんて、匠馬には分からないでしょ?抱き締てくれて、おでこにキスしてくれて、手を繋いで送ってくれて、嬉しかった。顔見て話したいと言ってくれた時、生きてて良かったって思えた事も知らないでしょ?sexに興味が無かった訳じゃ無くって、こんな自分を抱いてくれる男なんて居ないと思っていたから。初めては、鮎川君みたいな素敵な人が良いな、なんて密かに思ってたんだよ?夢を見させてくれて、ありがとう。女にしてくれて、ありがとう。好きって感情を教えてくれてありがとう。


ーーーカチャン…、と何かが床に落ちた音が響き渡った。


目を開ければ、隣に匠馬の姿は無かった。


何時もの様に躰を拭いてくれ、服まで着させてくれている。


本当に優し過ぎて嫌になる、と苦笑いを浮かべた。


躰を起こして台所へ行ったが、やはり匠馬の姿は無い。


靴の代わりにポストから入れられた玄関の鍵がそこに有った。


それを拾いテーブルに置くと、何か物足りなさを感じる。


見渡せば、流しの横に置いてあるマグカップが、匠馬のお気に入りのマグカップが、足りない。


慌てて勉強部屋を開けたが、匠馬の私物は一つも残っていなかった。


必死に笑顔を作って、笑ってみるが、涙しか出て来ない。


匠馬にとって、自分はただの性処理の関係、だったという事だったのに。


勝手に勘違いして、恋してたのは自分なのだ。


恋人でもないのに、こんな関係にはなってはいけなかったのに。


優しい言葉は、手を出してしまったお詫びみたいなもの。


両親にまでお願いして“家族ごっこ”を演じるくらい、後ろめたかったのかもしれない。


大変だっただろうな、こんな女に手を出してしまったばかりに。


処女を貰ってくれただけでも、感謝しなければならない。


ひと時の夢だったんだ、と。


本来の関係に戻りたいだなんて思うのは、都合がいいのだろうか。


関係を終わらせたのは、自分が言ってはいけない一言を言ってしまったから。


“好き”


あんなに優しくされたら勘違いしてしまい、恋せずにはいられなかった。


でも、匠馬には好きという感情なんてもの、初めから無かったのだ。


「確か、1月末から学校に行かなくって良かったんだよね…。それまで、耐えれるかな…。あ…、就職先、とか色々先生に相談しなきゃ…。県外がいいかな…。あたしでも出来る様な仕事なんてあるのかな。…あーあ、戻りたいな、…タクマの家にプリント届けてた、恋も知らないあの時期ときに…」


…もう一度、眠れば気持ちもリセットが出来るかもしれない。


「ベッド、戻ろう…」


少し開いていた脱衣所のドアを締めようとして中を覗けば、洗面台下にあるゴミ箱に目が留まる。


その中には、匠馬が使っていた歯ブラシが捨てられていた。


どくん、と心臓が激しく高鳴り、胸のもっと奥がぎゅっと締め付けられ、視界が歪んだ。


捨てられた歯ブラシが自分の姿と重なる。


智風はその場に倒れ込むと、我を忘れたように声を上げて泣いた。

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