第46話 有栖川の選択

「アリスちゃん・・・」

ミノリは、不安と悲しみの表情で有栖川ありすがわを見つめる。

これから有栖川は、悪鬼とSOLAソラに関する記憶を失う事になるかもしれないのだ。今日のことも、今までのことも、全て忘れてしまうかもしれないのだ。


SOLAは、悪鬼から人々を守るための組織だ。人々を本当の意味で守るためには、悪鬼という脅威の存在を知られてはならない。もしも知られてしまったら、誰もが不安に怯え、安心して暮らすことができなくなってしまうからだ。そうならないように、SOLAは秘密裏に悪鬼を倒している。それでも、もしも悪鬼の存在が誰かに知られてしまったら、その人はSOLAに入隊するか、記憶を失うかしかないのである。これは初代の隊長が定めた掟で、変えることはできない。


「うん、ミノリお姉ちゃんの言いたいことは、何となく分かったよ。私のこれからのこと、考えてたんでしょ?」

至って落ち着いて話す有栖川とは逆に、ミノリはビクリとして目を見開く。ミノリはまだ、SOLAの掟について話してはいない。しかしそれでも、彼女には考えが読まれてしまっている。これも彼女の神秘の力のせいなのか。先ほどの言葉からはどこまで分かっているのか推測はできないが、おそらく、覚悟は決めているのだろう。

ミノリは目を閉じ、深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。そして、そっと目を開き、有栖川を見つめる。

「・・・大丈夫か?」

後ろから、真一が心配そうに声をかけてくる。しかしミノリは、振り返ることなくその問いに答える。

「うん、大丈夫。元はと言えば、私がアリスちゃんに会いに行ったのがきっかけだもん。私が、最後まで責任を持って、やり遂げるよ」

ミノリはゆっくりと有栖川に歩み寄り、立ち止まる。

その間隔は距離にして約3m。遠くはない、しかし、決して近くはない距離だ。ミノリも有栖川も、その位置で立ち止まり、近づくことも離れることもない。

そのまま数秒の沈黙が流れ、ミノリは短く息を吸った後、力強く言い放つ。

「アリスちゃん、私たちの仲間になろう!」

ミノリは、単刀直入に本題に入った。彼女を前に、細かい説明は不要だと判断したのだ。

サッと冷たい風が2人の間を通り、木々を揺らし、数枚の葉が散っていく。

ミノリは、さらに話を続ける。

「アリスちゃんなら、きっと強くなれる。歌を使う心機もきっとある。なくても今回の悪鬼のデータを元に絶対に作れる。だから一緒に・・・」

「ゴメンなさい」

有栖川は深く頭を下げる。

吹き抜ける風が木々を揺らし、ザワザワと音を立てる。

「どうして・・・」

ミノリは目を見開き、開きかけの口は小刻みに震えていた。

「どうして!アリスちゃん!説明はしてなかったけど、仲間にならなかったら記憶を消さなきゃいけないんだよ?今日のことも、今までのことも、みんなのことも私のことも、全部忘れちゃうんだよ!?」

「それでもね・・・」

有栖川は、ゆっくりと顔を上げた。彼女は瞳から大粒の涙を流し、その頬を真っ赤に腫らしていた。

「それでも私は、自分の夢を追いたいの・・・!」

それを聞いて、ミノリは何も言えなくなった。

「初めはね、ミノリお姉ちゃんの仲間になってもいいと思ってたの。歌うのは私の夢で、頑張っていきたいと思ってたけど、真一やミノリお姉ちゃんたちと一緒にいるのも楽しそうだって思ってたから。でもね・・・」

有栖川は、ちらりと真一の方を見て微笑んだ。

「でも、私は独りじゃないって思えた。歌を続けていれば、仲間ができるかもしれないって思えた。それはね、真一のおかげ」

有栖川は、涙を流したまま、しかし笑顔で真一とミノリを見つめた。

「ありがとう真一。悪鬼を、私の嫌いな私を倒してくれて。私、真一の言葉で自分の道を決めることができた。そして、ありがとうミノリお姉ちゃん。一緒に演奏してくれて。今まで、私と一緒に音楽をやってくれたのは、お姉ちゃんだけだった。それを、こんな最高の舞台でやれたなんて、とっても楽しかったよ」

「・・・でも、そのことも、全部忘れなきゃいけないんだよ?」

「うん。分かってる。それでもね、私は歌が好きなの。もっと歌いたい。楽しい歌、悲しい歌、激しい歌、静かな歌を。・・・大変かもしれないけど、それでも私は歌っていたい」

力強く言い放つ彼女の瞳は、涙で滲んではいたが、とても強い希望に満ち溢れていた。

「だって、歌は私の夢だから」

彼女の涙は朝日に煌めき、彼女の髪は柔らかくなびいていた。

その時吹いた風はとても暖かく、そして優しかった。

「うん・・・分かった。ゴメンねアリスちゃん。あなたの夢、絶対叶えてね!」


その後、有栖川はミノリによって記憶を消された。

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