§6懐かしい場所

 夏休みは、千宙も学期中よりも余裕があり、二人は何度か逢瀬おおせわした。映画を観たり水族館に行ったり、街を散策するだけでも、今までにない距離の近さに幸せを感じていた。もちろんキスをする事も習慣になっていた。

「いつも駅まで見送ってくれるけど、今日は七海を寮まで見送ろうかな。」

「いいの?遅くなっちゃうよ!」という会話の後、千宙に寮まで送ってもらった。

「普通のマンションみたいだね。高い塀と鉄の門があるのを想像してた。」

「まさか、修道院じゃあるまいし、大げさだな!でも、男子禁制だから、安心な女子寮って環境かな。前にこっそりと連れ込んで、追い出された人がいたみたいよ。」

 私たちは寮の前で、名残を惜しんで長々と話し込んでいた。

「でね、彼氏との惜別の定番があそこの街灯のない電信柱の陰、あそこに停まっている赤い車の中では別れを惜しむカップルがいるはずよ!先輩かな?」

「すごいな!七海も経験あるの?」と軽い調子で訊かれ、彼のすねをっていた。

「蹴るなよ!寮の締め付けが大きいと、逆にすごいよな。」

「思わず足が出て、ごめんなさい。すごいって何が?聖女の子は周りの大学からは特別視されてもてるから、確かに男女交際が盛んですごいかも。」と余計な事を言ってしまい後悔した。案の定、「七海もねらわれてるのか。」と追及された。

「そんなことないわよ!わたしは千宙にもてれば、それで満足だから。」と言って、彼を定番の場所に連れて行き、時間ぎりぎりまで別れを惜しんだ。


 夏休みも終わり、二人の会う機会はまた減っていた。特に千宙の大学は前期試験がこの時期で、七海も会えないのを納得していた。

 9月も終わりになろうとする日曜日、七海は千宙の住んでいる町に来ていた。つまり、かつて彼女も住んでいて一緒に中学校へ通った町であった。

「うわー、懐かしいな!あんまり変わってないけど、不思議な気がする。」

 駅に降り立った七海は、率直な感想を千宙に向かって述べていた。駅前のファミレスで食事をとる事になり、席に座ってメニューを見ていると、

「立松先輩?お久しぶりです!」と声を掛けてきたのは、椿原つばきはら六花りっかだった。千宙は決まり悪そうに、「六花か、元気だった?」と応じていた。

「そちらは、彼女さんですか?初めまして!先輩にはお世話になりました。」

「うん、彼女だけど、中学の時の同級生なんだ。」

「ああ、あの?実はわたしも彼氏ができて、あそこに座っている人!」

 私は彼らの話を黙って聞いていたが、彼女とはただの仲ではないと直感した。

「可愛い子だね!高校時代の彼女でしょ!」という私の質問に顔を赤くして、

「いやいや、部活の後輩だよ。特別な関係じゃないから、誤解しないでよ。」

それからは落ち着かない様子で、ひたすら食事に徹していた。

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