第3話 邂逅した二人
さて、蛍が昼食を取って部屋に戻ってきた頃。
全ての魔力を持っていかれたせいで一時昏睡状態にあった鳶丸もうっすらと意識を取り戻しかけていた。しかしそうはいっても身体に力は入らず、かろうじて気配と音が聞き取れるくらいではあるが、それだけでも鳶丸にとっては十分な情報だった。
「あ、良かったまだ寝てるや」
そんなことを呟いた蛍は、先ほどと同じように部屋と廊下の境目に座ると冷めた味噌汁を啜る。レンジで温め直してくればよかったなと思いつつも、部屋の彼のこともあったので急いで戻ってきたのだった。
相変わらず微動だにしない鳶丸に対して、少しずつ慣れてきた蛍は、「起きた時にお腹空いてたらおにぎり食べるかな」と独り言をいいながらもモクモクと大きめなおにぎりを頬張っていた。
一方の鳶丸も、蛍の声から「これが泰雅の言っていた夢の中の少女なのだろうか、だとしたらあとは連れて帰るだけだな」と身体の自由が戻るまで回復に努めることを決めていた。
「おにぎり大きすぎたかも……」
残るひとつ、蜂蜜漬けの梅干しが入った方のおにぎりを見つめて蛍は葛藤していた。
食べるべきか、食べざるべきか。
正直なところ普段ならば問題なく完食できるのだけども、今回このような不思議な出来事に遭遇して混乱しているのだ。普段通りの食欲が湧かないのも無理はなかった。
少し悩んだ末、ひとつラップに包むと机の上にそっと置いておくことにした。彼が起きてお腹が空いていたらあげられるし、食べなくても自分のおやつにすればいいのだ。
「お腹空いたら、食べて良いですからね」
変わることなく動かない姿に少し安堵と心配をしつつも、先程の続きの小説を読むことにした蛍は、それから数時間の間、電話の音が鳴り響くまで小説に没頭していた。
プルルルル プルルルル
リビングから聞こえる音にハッと現実に引き戻された蛍は、ぱたぱたと駆けていき慌てて受話器を取る。相手は祖母の満代で、「遅くなってごめんなさい、もう少しで帰るわね」ということだった。
倒れている彼のことを覚えはないかと聞こうかとも思ったが、祖母の周りで何かを話す声が聞こえたので「大丈夫だよ、夕飯も用意しておくね」と伝えて受話器を置いた。
「うーん、もうしばらく彼と二人きりかぁ」
そういえば今の音で起きてないかなと、部屋へ戻ろうとしたところ、勝手口の方からカタカタと聞きなれない小さな音が聞こえ、どきりと心臓が跳ねる。
泥棒だったらどうしよう、そんなことを思いながらもまさか一日に二人も不審者が来るなんて有り得ないよね。と自分を納得させて、早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと何度も深呼吸をした。
(よし、一応見回ってみよう。)
薄暗くなってきた居間や台所の電気をひとつひとつ付けながら、ついでに雨戸を閉めつつ色んな部屋をチェックしていく。最後の仏間も誰もおらず、ホッと息を撫で下ろした時であった。
「おい、金目の物を出せ」
「……!!」
「聞こえなかったのか、ばーさんの溜め込んだ金とかたんまりあるんだろ?」
「ンーーッ!」
「壺でも掛け軸でもなんかないわけ?隠してる値打ちもん出した方がいいよ〜自分のためにもよぉ」
背後から覆い被さった男に口を塞がれて、背筋が凍る。「ばーさんはいねぇみてぇだな」という呟きに、この男が祖母と自分の二人暮らしだということを知ったうえで押し入ってきた強盗なのだと理解した蛍は、祖母の不在に安堵した。
しかし問題は自分だ、パニックになり身を捩って大声を出そうとするも、ガッチリと拘束されているため何も出来ずに男を逆上させるだけ。
「おいおい、口を塞いでちゃ喋れないだろ」
「おっとそうだった」
「済まないねお嬢さん、何も俺たちは乱暴しようってわけじゃないんだ。君がちゃんと教えてくれれば手は出さないよ」
奥から出てきたもう一人の痩せた男がガムテープを口と手首に貼りつけて蛍を拘束し直す。
ドンと押されて尻餅をついたのは、仏壇の前であった。恐怖と悔しさで目に涙が溢れるが、それを面白そうに笑う二人の男は「ほら、天国のおっかさんとじーさんも心配してるぜ?」「早く喋っちまいな」とにじり寄ってくる。
値打ちのあるもの、知っているけど絶対に渡してはいけない。先祖代々が守ってきた大切な巻物だということを、昔おじいちゃんが教えてくれたのだ。
物音に気付いた近所の人が通報してくれないかという気持ちで、男が顔を近付けてきたタイミングを見計らって思いっきり立ち上がる。
ゴツッ!という鈍い音と、男の短い悲鳴が響き、当の蛍も頭を強く打ちつけた為に一瞬くらりとふらついて、再び大きく尻餅をついた。
「いってぇえええ!!てめぇ!!!」
ーー激昂した男が、乱暴に蛍の髪を掴みあげて背中を壁に打ちつけようとしたその瞬間であった。
「お前、女の子の髪になにしてるの」
突如現れた凛とした声に瞑っていた目を思わず開ける。
背中に来るはずの衝撃は来ず、代わりに温かな温もりに包まれ、掴まれて痛かった頭ももう痛みを感じていない。
蛍を抱き込んだ鳶丸のほっそりとした大きな手が、目の前の男の顔を鷲掴みにして「お前、悪い奴だね」とグッと力を込める。
ゴリッと骨が動く音と、グエッという男の悲鳴が小さく聞こえたあとは、ただ静かに崩れ落ちるのみであった。
「汚い顔に触っちゃったな」
「ンー!!ンー?!」
「ああごめん、それ外した方がいいね」
「……っ!あ、あの、あなたあの」
「混乱してる?」
「えっと、あ、ありがとうございます!!」
色んなことが蛍の頭を駆け巡り、恐怖と安堵と大混乱の中、震えながらも絞り出した言葉であった。
「いや、なんか看病してくれてたみたいだし」
「貴方はおばあちゃんのお知り合いですか?なんで部屋に倒れて……」
「それよりもこの状況、どうにかした方が良いんじゃない?」
「え、あ」
蛍が振り返った先には、泡を吹いて倒れていた男と、部屋の外でガムテープでぐるぐる巻にされて気絶していた男が倒れており、またその先には呆然と立ち竦む祖母、満代の姿があったのだった。
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