終 生まれ変わり

 その翌日。太陽とアザミとうさぎは転浄の門にいた。


 大死卿・内富聡里を討ったことで、太陽達は残った終導師達から様々な事情聴取を受けることになった。

 そこで太陽達は聡里のしようとしていたことについて知っていることを全て話し、聡里がインビジブルを結成してまでして犯してきた罪が改めて調べられることになった。

 太陽達にかけられたままになっていた容疑も事情を汲んで取り下げられることになり、生まれ変わりの許可も無事にもらうことが出来た。

 更に陪審員達は太陽達に世界を救ってくれたお礼にと、たっぷりのアニマを三人に譲ってくれた。これだけあれば次は幸福な人生が歩めるということらしい。


 ちなみに聡里が乗っていた人工衛星は死の鎌デス・サイスの干渉を受けたせいでシステムエラーが起きて使い物にならなくなったらしい。

 この先、フォルトゥーナ計画の技術を誰かに悪用されることもないだろうとアザミは言った。


「本当に影咲さんは一緒に来ないの?」

「ああ。アタシにはもう一仕事あるからな」


 転浄の門で太陽が問いかけると、アザミは八重歯を見せて笑いながら手からぶらさげた大鎌のロザリオを触った。

 大死卿が討たれたことで『境界』は新しいトップを必要とし、終導師達は大死卿を討った太陽にその任を受けないか打診してきた。

 しかし太陽はこれを辞退し、アザミが代わりに大死卿になる人を選出する任を引き受けることになったのだ。


「でもなんか悪いような。やっぱり次の大死卿が決まるまで僕も残って……」

「別にすぐに終わるからいいだろ。センパイはさっさとチビを連れて生まれ変われ。もう『境界』に用はないはずだ」

「……そうだけど」

「心配すんな。アタシもきちんと生まれ変わる。エンディングを迎えたゲームも、リセットボタンを押せばまた楽しめるからな」

「そうだね。ちゃんと影咲さんも生まれ変われるなら、僕も心残りはないかな」


 太陽は隣に立つうさぎを見下ろし、頷き合う。


 転浄の門を管理している終導師がアニマを納めるように言ってくる。太陽とうさぎは順番にアーチに手をかざし、持っているアニマを全て提出した。


「確かにアニマは全額戴きました。手続きはこれで以上となります。よくぞ自殺の罪を償われました。今日までお疲れ様でした」


 マニュアル通りの挨拶をして終導師が道を開けるように下がる。

 岸辺のような足場から下を覗き込むと、キラキラとした輝きを放ちながら、天の川が誘うように流れていた。


「それじゃあ……そろそろ行くね」

「あざみおねえちゃん、ばいばい」

「ああ。次は負け組になるんじゃねぇぞG o o d   L u c k、うさぎ、霧島」


 太陽とうさぎは思わず顔を見合わせる。

 後輩モードになっている時以外で名前で呼んでもらえたのは初めてだった。

 認めてくれたのか、兎に角嬉しさがこみ上げる。


「たいようおにいちゃん、ちゃんとたいようおにいちゃんのこと、わすれられる?」

「ん? どういうこと?」

「うちゅうで、おめめがばちって、なってたでしょ? きょーじせーたい、のこってない?」

「強磁性体はないよ。影咲さんに外してもらってから、ずっと」


 あの時、何故運命が変わったのかは太陽にもよくわからない。

 しかし、真実がどうであれ三人で掴んだ勝利だ。それだけは間違いない。


「うさぎちゃん、心の準備はいい?」

「うん!」

「それじゃあ行くよ。せーのっ!」


 太陽とうさぎは手を繋ぎ、天の川にダイブした。

 天の川が明滅するのに合わせて太陽とうさぎの体も色を失い、同化する。輪郭が薄くなり、心地よい眠りに就くように意識が遠のく。

 これで霧島太陽として過ごす時間は終わりだ。次はどんな人生を歩めるだろうか、期待に胸を膨らませながら、太陽は基盤だけになっていく体で意識を手放した。


「無事に済んだみてぇだな」


 太陽とうさぎが転浄の川に受け入れられたのを見届けたアザミは満足げに口角を吊り上げる。

 ポケットからロリポップを取り出すと、さくらんぼのイラストの描かれたフィルムを剥がして口に入れた。


「さて、後は奴が来るのを待つだけだが……」


 突然、転浄の門の前にある転送ゲートが淡く光り、一つの人影が形作られていく。

 人影はきちんと色を取り戻す前に大きな翼を広げてゲートから飛び出し、大鎌を振りかぶって高く舞い上がった。

 大鎌から星屑のような光がきらめき、流星のように尾を引きながら弾丸となってアザミに降り注ぐ。

 アザミは一切怯むことなく向かってくる星屑の位置を確かめると、黒い翼を広げて舞い上がり、全ての攻撃を避けた。

 星屑を放った張本人は黒い髪に色白の肌、さくらんぼのあしらわれた黄色いTシャツと色を取り戻しながら、アザミを真下から見上げた。


「ほぅ? 思ったよりも早かったな」


 星屑を操る星色の死神はキッと顔を上げて素早く立ち上がる。赤く滲んだ瞳は業火のように激しくアザミを睨みつけていた。


「よくも、よくも姉さんを!」

「こうして見ればそっくりだな。アンタも誰かを狂信することで己を強化するタイプか、Cherry」

「死神局で聞きました。姉さんはあなたを追っている時に捕らわれ、転浄の川に突き落とされたのだと! 許しません……許しません許しません許しません! ボク達は家族になるはずでした! 新世界が出来上がったら、この世の神として世界を見守りながら三人で永遠に暮らすはずだったのに!」

「よくもまぁそこまで真っ直ぐ信じられるものだ。ここまで突き抜けられるとむしろ感心するぜ、双子ちゃんCutie twins?」


 アザミはチェリー味のロリポップを口から出し、舌の先でぺろりと舐める。昴は炎華と同じ色をした瞳を見開き、食って掛かるように姿勢を低くした。


「いつから気づいて……!」

「Cherryのコードネームの理由を尋ねた時に予感がし、Arch of Death死の門だなんて毛ほども笑えねぇ嘘をつかれていたと知った時に確信に変わった。アンタはCherryという名前が赤い瞳から来ていると言ったが違う。さくらんぼは大抵の場合、二つ並んだ果実で示される。だから度々双子の代名詞として使われる。アンタが占いに長けていたのも納得だな。アンタは秘密裏にキチガイ女からメールで死神しか知りえない運命の情報を聞かされていたんだろう。正確なデータさえあれば占いの精度は上がる。凄腕ハッカーCherryはその名の通り双子だったんだ」


 蔑むようにアザミは眉をハの字にする。


「お陰ですっかり騙されたぜ。アンタのインビジブルに対する憎悪は本物だったんだろ。なにせ姉に自殺を命じたのがインビジブルの輩だったってことは知ってたんだろうからな。たとえアタシを騙すための演技だったとしても、ボスに姉を殺された時の話をされれば当時の怒りも蒸し返したもんだろうさ。真実の中に1%の嘘を混ぜて誘導する、騙しの鉄則だ」

「そうです。ずっと恨んでいました。でも姉さんから届いたメールに、聡里様は目的を達成したらボスを殺してインビジブルを解体するつもりでいるから我慢しろって言われて、だからインビジブルの言いなりになっていたんですよ!」

「泣ける話だな。結局アンタら双子を引き離したのだって奴だったっていうのに」


 ロリポップを口にくわえると、アザミは素早く降下し、昴の懐に入った。


「まぁ、キチガイ女の方はヘラヘラメガネに取られちまったが」


 反撃を試みる昴の大鎌を弾き飛ばしながら、分岐させた大鎌の先端で昴の首に交差した大鎌のロザリオをかける。


「アンタへの復讐はアタシがきっちりと果たさせてもらう。死んだアンタに与えるのは大死卿の資格、つまり代が変わるまでこの『境界』で過ごす孤独の時間だ。さっき聞いた話だが、大死卿ってのは誰かにでもしない限り、五十年くらい続けるものらしいぞ? 大切な姉の兄弟にはまず生まれ変われねぇ。これまでも、この先も、アンタはずっとずっとひとりぼっちだ。一番効くだろう? 家族を与えられることばかりを望んだアンタには!」

「い……嫌だあああ!!」


 アザミは左手に出したタブレットを昴の腕に乗せると、翼を翻して離脱した。

 そしてそのままアニマの手続きもせずに転浄の川へと背中から身を投げる。


「そのアニマはアンタにやる。『境界』で贅沢三昧でも、代替わりが済んで生まれ変わる時に勝ち組の人生を掴む資金にでも好きにしろ」

「ボクに恩を売ったつもりですか? こんなことをしたところで!」

「勘違いするなよ。捨てるゴミ箱がねぇからアンタにやるってだけのことだ。勝利が確定したゲームなんて、十九面以降残基なしのクソゲーよりつまらねぇだろ」


 八重歯を剥き出しにし、チェリー味のロリポップを甘噛みしながら、アザミは高笑いする。


「アタシはどんな状況でも強者として生きてやる。アンタは高い所からアタシの逆転劇を観測していろ!」


 アザミの体は形を失い、レゴブロックのような魂の基盤だけとなって転浄の川に落ちる。

 光の川は石を投じられた水面のように光の粉をまき、何事もなかったように静かになった。


               〈終わり〉

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デス・リベンジャーズ――死の復讐者達―― 星川蓮 @LenShimotsuki

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