第9話 覚醒の時

「何? 私と戦う気? さっき負けたくせに」

「戦ってください。次は負けません!」

「くだらない」


 聡里は石化の大鎌を取り出し、力を誇示するようにクルクルと回転させて柄の先端で床を叩いた。


「自分がどれだけ無力でつまらない存在か、魂まで思い知らせてあげる!」


 聡里は蝶のような青い翼を広げて太陽に猛然と向かっていった。

 体を一回斬る、それだけで太陽は再び物言わぬ石像になり決着がつく。簡単すぎる勝ち筋だ。失敗など有り得ない。

 太陽は怯むことなく大鎌を振りかぶって突き進んでくる聡里を見据えている。

 妙に強気な姿勢が気に食わず、聡里は舌打ちする。大鎌が届く間合いに入った瞬間、石化の大鎌を太陽の体に向けて振り下ろした。


「ふん、口ほどにもない」


 石化の大鎌はあっさりと太陽の体を斬る。どうして大鎌を構えているのに攻撃を防ごうとしなかったのかは不思議だったが、そんなことは些事だと気にしなかった。

 しかし次の瞬間、鉄がへし折られるような硬い音が響き、聡里は息を呑んだ。


「え? なんで?」


 音がした方、振り下ろした大鎌の刃に目を向けると、三日月型の刃が真っ二つに折られていた。

 聡里の大鎌の上には太陽の大鎌が乗っており、石化の大鎌が太陽の大鎌によって折られたという事実を雄弁に物語っていた。


「僕が見つけた強者の姿は、実現者。僕は望んだ運命を掴むに足る最強の武器を手に入れたんです!」

「ふざけないで! こんなのどうせ何かのトリックがあるのよ! 私の大鎌がただの大鎌ごときに折られるなんて!」


 聡里は石化の大鎌を消し去り、もう一度両手を構えて出現させる。

 しかし現れたのはやはり刃が折れて使い物にならなくなった大鎌だった。


「嘘よ……嘘!」


 大鎌の破壊を証明するように、太陽の傍に転がっていたアザミとうさぎの体からも、メッキが剥がれるように石の表皮が崩れていく。

 殻を破るように石の中から起き上がった二人は、折れた大鎌を構える聡里と一見何の変哲もない大鎌を構える太陽とを見比べて状況を理解した。


「センパイが助けてくれたのか?」

「うん。もう大丈夫だから」


 互いに顔を見合わせ、アザミとうさぎが立ち上がる。

 聡里は癇癪を起したように金切り声を上げ、石化の大鎌を捨てるともう一本の大鎌を取り出した。


「壊してやる! どんな大鎌だってひとたまりもないわ。この大死卿が振るう死の鎌デス・サイスの前には!」


 聡里は太陽の構える大鎌に向けて、死の鎌デス・サイスを振り下ろす。しかし――


 ガチン。


「な!」


 いかなる大鎌も破壊するはずの死の鎌デス・サイスは太陽の大鎌に受け止められていた。

 聡里が大きく目を見開く中、刃と刃の擦れ合う緊迫した音を鳴らしながら、太陽は凄んだ。


「言ったでしょう。僕は実現者。その大鎌が全ての大鎌を壊す特別な物なら、僕が使うのも特別になればいい!」


 聡里の大鎌を弾き返し、反撃に出る。銀色の光を宿した翼を広げて舞い上がり、今度は太陽が聡里を圧倒する。

 金属と金属のぶつかり合う鋭い音を響かせながら、二人は大鎌と大鎌をぶつけ合った。

 どうして死の鎌デス・サイスを相手にしても太陽の大鎌が壊れないのか、不可解な現象を目の当たりにし、勝利を確信していた聡里の表情が険しくなっていく。

 自分が上に立てない事実が聡里の戦意を削ぎ落とし、怪訝な表情は段々と不安げになり、やがて恐怖へと変わっていった。


「いや……私は負けない! 負けてはいけないの!」


 自分を鼓舞するようにそう言って大鎌を振る。

 しかし銀色に輝く翼をはためかせて先に上を取った太陽が優勢なのは変わらず、聡里は制御室の奥へと追い詰められていった。


「どうして、たいようおにいちゃんのおおがまは、こわれないの?」

「恐らくあれは死の鎌デス・サイスだ。少なくとも機能は同じなんだろう。最強に太刀打ち出来るのは最強だけ、ガキでもわかる単純な理論だな」


 様子を見ていたアザミはハッと調子よく笑い、八重歯を剥き出しにする。


「さすがはセンパイだ。変形させた大鎌までチート級じゃねぇか。こいつがアンタの見た勝ち筋だったってわけだな、黒鉄くろがね


 打ち合いになる太陽と聡里。

 聡里は心に劣化した金属板のように亀裂が入るのを感じた。

 近づいてくる敗北の音。

 どんなに足掻いても覚醒した太陽を押し返せない状況に聡里は思わず視線を逸らす。


 その一瞬の隙を太陽は見逃さず、大鎌の先端で聡里の大鎌を絡め取ると、思いっきり右へと振った。

 不意を突かれ、聡里の手から大鎌がするりと抜ける。支えを失った最強の刃は円を描きながら宙を進み、制御室のディスプレイを貫通して衛星の外へ飛んでいった。

 突如静かに実行ボタンが押されるのを待っていたディスプレイにノイズが走り、回線が切られたように沈黙する。


「まさか、基盤のデータが壊れて……」


 慌てて復旧させようと、倒れ込むようにディスプレイに近づく聡里の首元に黒い刃が差し出される。

 息を呑み、刃、それから柄を辿って追い詰めた張本人へ顔を向けると、太陽が凛とした表情で立っていた。


「ここまでです」


 武器を失い、首に刃を向けられ、聡里は全身をわなわなと震わせながら弱々しい悲鳴を漏らす。

 唇は痙攣したように震え、眉間に深いシワが刻まれ、まるで泣いているかのような表情を浮かべる。

 そして耳がおかしくなりそうな金切り声を上げて膝をつき、聡里は髪をグシャグシャに掻きむしった。


「どうして? ねぇ! あなたのその力……それだけの力があるなら、私といた時に一緒に戦ってくれればよかったじゃない! なのにどうして私に力を振るうの? アザミの復讐は良くて、なんで私の復讐は手伝ってくれなかったの!?」

「……もし今の僕が昔のあなたと会っていたとしても、あなたの復讐は手伝わなかったと思います」

「なんで? 私の何が間違っていたというの? あくどい強者は死ななきゃ人を踏みにじることをやめない。あなただって知ってるでしょう!? 可哀想な人達を救おうとして何が悪いの? どうして止めるの!?」

「簡単な話だ。アンタのやり方が自己満足だけでクソくだらねぇからだよ!」


 戦いを静観していたアザミとうさぎが太陽の隣へ進み出る。聡里は忌々しそうに二人の顔を睨んだ。


「くだらない? 私がやろうとしたのは人助けよ? けなされる覚えはないわ!」

「たすけられたままじゃ、なにもかわらないんだよ。じぶんでやらなきゃ、だめなんだよ」


 うさぎが両手で拳を握り、力強く反論する。


「うさぎはだから、じぶんでおとうさんとたたかったんだよ。おかあさんのたましいを、かいしゅうしたんだよ。たいようおにいちゃんには、おねがいしなかったよ。うさぎがやんないといけなかったから!」

「チビの言う通りだ。助けを求められたわけでもねぇのに助けて何になる?」

「本当に助けが必要な人ほど、助けの手は伸びてこない……。濡れ衣を着せられた父を助けてくれる人はいなかった! 私を助けてくれる人はいなかった! もうあんな惨めな思いをする人がいちゃいけない。だから私は……!」

「全員が全員アンタと同じだと思うな? アンタのやり方は確かにアンタが望んだ助けかもしれねぇ。どうにもならねぇ現実、理不尽な仕打ち、逃れるために神にも縋りたくもなったんだろ。

 だがな、そうやって助かった奴はその後どうなる? 同じ目に遭ったらまた神頼みだ。結局自分でどうにも出来ねぇ状況は続く。次の助けが来るまで苦しみは続く。そんな状態で幸せになれるかと思うか? アンタは満足かもしれねぇが、そいつらが救われることはねぇんだよ!」

「だとしても、何もしないよりはずっとマシよ! また同じ目に遭うんだったらまた救えばいいだけ。私は全ての弱者の味方なの! この世界から弱者も強者もなくなるまで、私は戦い続けると誓うわ!」

「弱者……弱者って」


 聡里の主張を聞いていた太陽は震える声で呟いた。


「なんでそうやって弱者って決めつけるんですか? あなたにそんな資格あるんですか?」

「決めつけてなんてない。本当の弱者は声を上げることが出来ないの。だから私が救い上げてあげているのよ!」

「おかしいですよ、やっぱり。なんで人の事情にあなたが介入するんですか? なんで勝手に救うんですか? 救うってことは、弱者だって決めつけてるってことじゃないですか!」


 太陽は胸の中の熱を解き放つように、宣言した。


「自分が強者か弱者かは僕が決めます。あなたが勝手に決めないでください!」


 聡里は悔しそうに顔の筋肉を痙攣させる。首に突きつけられた大鎌を見下ろし、引きつったような笑みを浮かべる。


「随分とご立派な啖呵を切ったけど、私のことは殺すの? その大鎌が死の鎌デス・サイスだったとして、有罪判決の出ていない死神を殺せばあなただって消滅させられるのよ」

「それは……」

「耳を貸すな、センパイ。そんな未来は訪れない」


 アザミが大鎌を構える太陽の手に自分の手を添える。


「アンタは実現者なんだろ? だったら望んだ運命を実現させればいい」


 アザミとは反対側から、うさぎも太陽の手に自分の手を重ねた。


「うさぎもねがうよ。いっしょに!」


 二人の存在を力強く感じる。心が無性に掻き立てられ、今なら何でも出来そうな気がした。


(そうだ。僕は今まで何度も運命を変えてきた。こんな状況だって覆せる。完全なる勝利に向けて!)


 バチッ。

 太陽の目の中で火花が弾ける。その瞬間、衛星の外がにわかに騒がしくなった。


「この声って、まさか……!」


 壁をすり抜けて修道服を纏った死神達が押しかけてくる。

 狭い制御室から隣のスペースにかけて十一人の終導師達が並び立ち、先頭に立った一人が高らかな声で言った。


「これより被告人・内富聡里の判決投票に移る。罪状は絶対不可侵とされる運命への干渉及び数々の私刑による魂の過剰回収。陪審員は有罪の意思を大鎌を掲げて示すように」


 陪審員達は一斉に大鎌を取り出し、背筋をピンと伸ばして大鎌を掲げる。

 衛星の中でゲリラ的に死神裁判が始まったのだと太陽は理解した。

 聡里はふるふると首を振り、陪審員達と進行役を見上げた。


「なんで? 私は大死卿なのよ? 死神のトップで、死神裁判を牛耳る最高責任者で……その私をあなた達は裁こうというの!?」

「判決が出ました。十対ゼロ、満場一致で被告人・内富聡里を有罪判決とする! 尚、執行人が不在のため、特例として代理執行人の任を霧島太陽に与える」


 進行役はそう言って太陽に目配せした。

 ここで有罪判決が出た意味を理解し、太陽は目を輝かせた。

 これでもう死の鎌(デス・サイス)を振るっても太陽が罪に問われることはない。本当に全てが理想的な形で宿敵を討てるのだ。


「聡里さん、あなたのせいで沢山の人が亡くなりました。数え切れないほどの人が不幸になりました。報いを受けてください。僕から幸せな人生を奪った罪をあがなってください!」

「勝広さん……」

「勝広じゃないです。僕は太陽ですよ、聡里さん!」


 足を一歩踏み込み、大鎌で聡里の体を斬る。確かな手応えがあり、聡里の体の中にある硬い物が簡単に両断されたのが感覚でわかった。

 まもなく聡里の手足の先から光がほどけ、塵となって崩れていく。

 侵食が体の中心へ向かってきているのを見て、聡里は情けない悲鳴を上げた。


「どうして? 消滅なんて、嫌……駄目よ!」

「ハッ、お似合いだぜ。弱者のアンタにはな」

「私は弱者なんかじゃない! 私は世界を変える力だって持って……!」

「弱者だろ。それだけの力を手に入れたって、結局強者を恐れてるじゃねぇか」


 聡里の目が恐怖に見開かれる。侵食の止まらない腕をアザミに伸ばし、欠けた脚で立ち上がろうとして派手に転ぶ。

 俯いた聡里は両目からポロポロと涙を流していた。

 痛々しい嗚咽を漏らしながら、侵食は胸から首まで達し、最後に何かを呟いた唇を呑み込んで、そして――


 ポトリ。


 宙に浮かんでいた真っ二つに割れた魂の基盤が浮力を失って落ちる。


 死神の頂点に立つ革命者・内富聡里は完全に消滅した。

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