第2話 見えた勝ち筋

「兎に角だ、ロリ島にもわかるように説明すると、アタシら死神の行動は常に大死卿に監視されている。今まで何も干渉されなかったのはアタシらの行動が黙認されていたからだ。

 だがアタシらがお役御免となった今はそうもいかなくなってしまった。メガネには魂の基盤に干渉する能力があるから上手いこと自分の正体を隠せていたんだろうが、それでもインビジブルを追っているスパイだと気づかれることを恐れて現世への接触は控えなければならなかった。

 メガネだって馬鹿じゃない、十二年もあれば抜け穴くらいは探しただろうが、どうにもならなかったほど監視が厳重だったんだろう。だからずっと息を潜めて機を見計らっていた。そして勝ち筋が見えたから行動を起こした」


 アザミは、うさぎに介抱されながら身を起こした秋人の方へ目を向ける。


「そういうことなんだろ?」

「うん、そう。凄いね、説明がちっとも要らないや」

「だがわからねぇな。アンタは上手く立ち振る舞って終導師どころか執行人になるまでの信頼を勝ち取ったんだろ? そこまでやったんなら大死卿を出し抜く方法なんていくらでもあったはずだ」

「まぁ普通はそう思うよね。僕だって大死卿の寝首を掻くために深く潜入してたんだから。けど、予想していないことがわかったんだよ」


 秋人の隣でうさぎが死の鎌デス・サイスを拾い上げる。秋人はそんなうさぎの手首を素早く掴むと、死の鎌デス・サイスの先端を自分に向けさせた。


「斬ってみて」

「え? どうして?」

「いいから。ね?」

「いやだよ。しんじゃうんでしょ?」

「やってみろ、チビ。今こいつが死ねばドームが壊れて不幸を被るのはアタシらだ。死なねぇ算段があるってことだろ」


 もう少し他に根拠の示し方があるんじゃないかと太陽が閉口していると、うさぎは眉をハの字にしながら大鎌の先端を秋人の差し出した手に乗せた。

 そこでハッと息を呑む。


「きれない。てつみたいに、かちこちだよ」

「そう。僕達執行人が死の鎌デス・サイスをもらう時、大死卿像に祈ってるでしょ? あれね、聡里に連絡して死の鎌デス・サイスを使っていい相手を設定してもらってるの。死の鎌デス・サイスってのは死神を殺せる唯一の手段だから管理も厳重でね、誰構わず殺せるってわけじゃないんだよ」


 秋人はうさぎから素早く大鎌を奪うと、今度はうさぎに対して振り下ろした。

 しかし切っ先はうさぎの胸に触れた瞬間に見えない壁に阻まれたように動きを止めた。


「ほらね」


 うさぎは驚いて目に涙を浮かべ、逃げるように駆け出すと太陽に縋りついた。

 アザミは秋人に歩み寄り、興味深そうに死の鎌デス・サイスを眺めた。


「アンタみたいなへっぽこが執行人を任されるのも納得だな。死の鎌デス・サイスが無差別殺人の道具にならないように厳重に管理されているというわけか」

「そういうこと。今は法廷にいる人が使用可能対象に入ってるね。炎華は大死卿の野望を知った人達を皆殺しにするつもりだったみたいだ」

「キチガイ女らしい横暴さだな。まぁ言いたいことはわかった。そいつの使用可能対象を決めているのは大死卿本人。だから大死卿を殺す設定は出来なかったというわけだな?」

「うん。死神を唯一殺す方法なのにそれは禁じられてしまっている。お手上げなんだよ。だから今日まで何も出来なかったってわけ」


 秋人は死の鎌デス・サイスをアザミに差し出した。


「でもアザミのお陰で死の鎌デス・サイスをじっくりと調べる時間が出来たから、上手いこと設定が変えられたよ。今ならこれで聡里を討てるはずだ」

「わざわざドームを張っていたのはキチガイ女から位置情報を特定されないようにするためだけじゃなかったのか」

「こう見えてかなりの効率主義だからね。十九面以降残基なしのクソゲーなんて、僕だってナンセンスだと思うよ」

「ハッ、気が合うじゃねぇか。まるで親子みてぇだ」

「パックマンは僕も子供の頃にやり込んだんだよ。世代だから」


 アザミは大鎌を受け取ると、素早くその切っ先を秋人に向けた。


「何を隠してる?」

「何って?」

「とぼけんなよ。大鎌の設定を書き換えれば勝てる戦いなら十二年の間でただの一度もチャンスが訪れなかったはずがねぇだろ。アンタが大死卿を討とうとしなかった本当の理由はなんだ?」


 大鎌を向けられたまま、秋人は笑った。太陽にもわかった。

 あの笑顔は娘を愛でる時の本当の笑顔ではない。執行人、土浦秋人がいつもつけている仮面の笑顔だ。


「本当に凄いよ。結構上手く騙せたと思ったんだけどね」

「アンタ何なんだよ? 味方なのか敵なのかどっちなんだよ?」

「味方だよ。そこだけは絶対」

「だったら何故肝心なところを隠す? 一体何を考えてる?」

「何故? 何を? 考えてごらんよ、アザミ。君は天才だろ?」


 秋人は何かに気づいた様子で目を見開くと、アザミを突き飛ばした。

 更にドームの中にノイズが走ったかと思うと、太陽とうさぎも重力の向きが変わったようにアザミが飛ばされた方向へスライドした。


 バリンとガラスの割れるような音がし、ドームに大きな穴が開く。

 穴から赤い花びらが吹き込み、先程までアザミがいた場所に立っていた秋人の体をズタズタに切り裂いた。


「もう、潮時みたいだね」


 秋人は柄だけになった大鎌を構えながら苦しそうに笑顔を作った。

 柄だけになった大鎌には漆黒の刃が突き刺さっており、大鎌の持ち主である炎華が鬼のような形相で秋人を睨みつけていた。


「おい、メガネ!」

「役目は、最後まで、果たすさ!」


 炎華の大鎌を受け止めた柄を押し返すようにしてドームの床につける。

 するとアザミ達の周りの壁が急に収縮し出し、ドームはひょうたんのような二つの球の連なりに変化していった。

 太陽は慌てた。このままではアザミ達のいる場所と秋人達のいる場所が分断されてしまう。


「逃がしませんわ!」


 炎華が秋人を突き飛ばし、閉じゆくドームの連結部分へ急ぐ。

 その瞬間、どこからともなく現れた青白い光のイノシシが炎華に体当たりを食らわせ、派手に転ばせた。


「行くべき場所に着いたら、ドームは自然とほどけるから」

「囮になるつもりだったのか? 最初から?」

「言っただろ? 僕は効率主義なんだって」


 秋人はアザミ、うさぎ、そして太陽の顔を見比べると、健闘を祈るように拳を振った。


「見つけてみせてよ。僕が見た勝ち筋を。そして超えてくれ。君達の手で完全なる勝利を掴むんだ」

「待て、くろが――」


 ドームの連結部分が閉じ、アザミ達のいる球が秋人のいる場所から急速に離れていく。

 アザミは閉じてしまったドームの壁を叩き、「クソがDamn!」と悪態をついた。


「影咲さん……」

「チッ……。この後、ドームは大死卿の所に行くんだろ? 作戦を練るぞ」

「いいの?」

「時間がねぇ。あいつが見つけた勝ち筋とやらをさっさと見つけないといけねぇからな」


 アザミは秋人から託された死の鎌デス・サイスを引っ提げて、秋人がいた方向に背を向ける。

 三人が入るのでやっとの狭いドームの中で、太陽は必死で考えを巡らせるアザミを心配そうに見守った。

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