第8話 生まれ変わりの準備

 いよいよ、その時が来た。

 独房の中で胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべて息絶えた死刑囚を前にして、アザミと太陽、そしてうさぎは悟った。


「これ……本当に影咲さんと昴君がやったの?」

「ああ。試行錯誤の甲斐があったよ。まだ狙った時間からはずれるが、予定死因と死亡予定者は完全に制御出来るようになった。ついでにこいつで、アタシも九十九個目の魂を手に入れたわけだ」


 アザミは鳥籠の中に収まった魂の光を掲げながら、八重歯を剥き出しにする。


「強磁性体の設置に出力の調整で一週間もかかっちまったが、時間があったお陰でセンパイとチビも百個集まったんだろ」

「うん。死神局からも転浄の門をくぐっていいって許可の連絡が来たよ」

「よし、準備は全て整ったな。それじゃあ最後の復讐を始めるぞ」


 鳥籠をゲームパッドに持ち替える。画面を起動すると薄暗い部屋の中で手を振る昴の顔が映った。


「PACさん、上手くいったんですね!」

「ああ。今の調整値は全て記録してあるな? そしたら今からアタシがボスの運命因子を観測してアンタにデータを送る。データを受け取り次第、奴が病死するよう運命を導き出してみろ。期限は明日中だ」

「わかりました。出来る限り早い時間に死ぬよう、出力を弄ってみます」

「しっかりやれよ。こいつが成功するかどうかはアンタにかかってんだからな。しくじったらキサマの魂の基盤を壊しに行くからな」

「か、勘弁してください! 絶対に成功させますから」

「指示は以上だ。ボスが死亡予定者リストに追加されたら連絡する」

「わかりました。それではまた」


 昴は手を振り、通信を切った。アザミは太陽とうさぎに目くばせした。


「明日、三人揃って生まれ変わる。アタシはCherryに渡すデータを集めてくるから、二人は先に部屋に戻って退居の準備を進めててくれ」

「うん、わかった」


 アザミとはそこで別れ、太陽とうさぎは先に帰ることにした。


 物は多くない方だが、それでも退居に向けた整理となると時間はかかる。

 うさぎと協力して作業していると、いつの間にか一時間以上経っていたようで、昴にデータを渡し終えたアザミが帰ってきた。

 アザミは部屋に戻るなりプレイ納めだと言って、片づけもそこそこにパックマンを始めた。実際アザミの荷物は殆どなかったため、片づけをする必要もなかった。

 思えばタイトルしか知らなかったこの昔懐かしいゲームも、この一ヶ月半の間にすっかり身近なものになったものだ。

 うさぎと一緒に部屋の中の衣類や雑貨類を整理し、はたきをかけながら、太陽はアザミが黙々とプレイしている後ろ姿をちらちらと見ていた。


「そろそろか」


 何面かクリアしてから、アザミはソフトを閉じ、『アプリケーションを終了』ボタンを押してはパックマンを起動し直した。そしてまた一面からプレイし始める。

 普段は残基がなくなるまでプレイするのだが、時々どういうわけか低難度の面を繰り返しプレイすることがあった。

 タイトル画面を立ち上げたアザミになんとなく問いかけてみる。


「たまにリセットしてるけど、なんでなんだ?」

「プレイしているとわかるだろう。パックマンってのはパワークッキーを食べている間は無敵になるのが売りなのに、どういうわけかそいつは最初の十八面だけにしかない設定なんだ。無敵時間は面を追うごとに短くなっていき、十九面以降はゼロ秒になる。

 一発逆転の神ゲーが十九面以降は逆転のチャンスもねぇクソゲーに早変わりする。

 ま、追ってくるゴーストをかわしながら全部のクッキーを食い尽くすってのも、四人がかりで捕まえられねぇ無能を笑ってるみたいで楽しくはあるがな」


 面を重ねるうちにそれまで使えた無敵の逆襲が使えなくなる。

 パックマンでは有名なルールで太陽もいい加減覚えたものだが、何度も十八面までを繰り返すアザミを見ているうちにいかにアザミが一発逆転の勝利を好んでいるのかを理解した。


(確かに、ゴーストすら食べちゃうパックマンの方が、追いかけ回されるだけのパックマンよりかっこいいっていうのはわかる気がする)


 コンコン。

 玄関ドアをノックする音が聞こえる。まもなく間延びした声が聞こえてきた。


「霧島君、退居するって聞いたから手続きしに来たよ」

「鳥海さん! ありがとうございます。ちょっと今荷物抱えているので……」

「だったらマスターキーあるから……」


 アザミがコントローラーを置き、黒い翼を広げて玄関に向かう。

 ガチャとドアを開けると、きょとんとした顔で目を瞬かせる智里の姿が見えた。


「あら、影咲さん?」

「ようこそ鳥海さん! お待ちしていました! ささ、早く中に入ってください」


 アザミが久々に後輩モードになって智里をおもてなししている。

 太陽はぎょっとしたが、思い返してみれば智里には荒々しい本性はまだ明かしていなかった。

 アザミは普段の図々しさをどこへやったのかと思うほど丁寧に智里を部屋の中に招き入れ、自分が使っていたクッションに智里を座らせた。


「なかなか成績の振るわなかった霧島君が、こんな短期間で百個目を集めちゃうなんて本当に驚いたよ」

「鳥海さんには本当にお世話になりました。影咲さんをシスターに任命してくれたお陰でトントン拍子でここまで来れました」

「ううん、私は霧島君の終導師として当然のことをしただけよ。影咲さんも霧島君と一緒に頑張ってくれてありがとう! 受け持っている子を贔屓するのは終導師として良くないと思ってるけど、霧島君は一番付き合いが長かったから、どうしてあげるのがいいのかずっと悩んでいたの」

「いえいえ! 私も霧島先輩がいつもロリポップをおごって励ましてくれるから、毎日頑張れたんですよ!」


 アザミはまるで屈託のない笑顔を浮かべる。物は言いようだなと太陽は心の中で呟いた。


「うさぎちゃんはそれまでも順調に集まってたけど、柳さんのシスターをやめてからも霧島君と頑張ってたんだね」

「うん! あざみおねえちゃんとたいようおにいちゃんと、いっぱいがんばったよ!」

「そうなんだね。それにしても、シスターとブラザーとお友達が一気に門出しちゃうなんて、寂しくなるなぁ」


 智里は困り顔で笑いながらのんびりとそう言って、タブレットに退居手続き画面を表示した。


「住所とか『境界』の滞在歴は終導師の方で把握してる情報を書いておいたから、内容に間違いがないか確認して、一番下の欄にサインして。それで退居手続きは終わりだから」


 太陽達は頷き、画面の内容を確認してそれぞれ指で文字を書いて署名した。

 生まれ変わればもうこの名前を使うこともなくなるのだと思うと、不思議な気分になった。

 太陽、確かその名前は父親がつけたと聞いた。どんな時でも常に輝き、皆の中心になるような人になれという願いを込めてつけたらしい。

 実際は皆の中心となるような求心力も、誰かに慕われるようなカリスマ性もなく、それほど好きだと思えない名前だったが、いざ手放す時が近づくと寂しさを覚えるものだから、少しは愛着があったのだと気づいた。

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