第5話 意外な訪問者

 昴が恐る恐る掃除屋に近づき、指先で掃除屋の頬を突っついた。

 一切抵抗されることなく首が向こう側へゴロンと転がるのを見て、昴は腰を抜かしたようにへたり込んだ。


「ギリギリだったが、運命は変わったな。まさか撃った弾が鉄骨に跳ね返って心臓を射抜くなんざ漫画のような展開だが、まぁ運命が変われば楽勝だな」

「ど、どうしよう……? これ、死体って、どうすればいいの?」

「チッ、そういや死の運命が切れたせいでアタシの姿も見えなくなってんだったな」


 おろおろとする昴を横目に、アザミはゲームパッドを取り出す。ビデオ電話をかけると、昴が使っていたPCが着信音を響かせた。


「PACさん、ですか?」

「ああ。死の運命が断ち切られたせいで直接会話出来なくなったからな。とりあえずアンタのお陰でチートの力の正体が何なのか証明された。運命因子に作用する妨害電波の出し方も目星がついたというわけだ」

「そうですね。これは大きな前進……ってことですよね?」

「前進どころか勝ち筋が見えたぞ。アタシはこれから『境界』で必要な量の強磁性体を集めてくる。アンタはインビジブルに殺されねぇよう一刻も早く別の場所に身を隠せ。死体はそのままにしていい。どうせ任務完了連絡がなければインビジブルの誰かが隠蔽作業しに来るだろ」

「あー、確かに。でしたらボクはジャックした電波塔に忍び込むことにします。何かと便利でしょうから」

「出来んのか?」

「一応、潜入の訓練は子供の頃に受けていたので。これでも男ですし、結構力もあるんですよ、ボク」

「窓を蹴破って飛び降りてたくらいだしな。わかった。連絡が取れるようになったら電話をよこせ」

「はい。このPCにあるデータを持っていくのですぐに連絡出来ると思います。データはきちんと暗号化して足がつかないようにしますから、心配しないでください」

「わかった。それと予期せず機器に干渉されると困る。魂の基盤の強磁性体は抜いていくぞ」


 ギクッと昴が顔を強張らせる。


「まさか、またあれをやるんですか……?」

「今は死神が見えねぇし、何も感じずに済むかもよ?」

「そ、そんな保証はどこにも!」


 PCに表示されたビデオ電話画面でアザミが八重歯を剥き出しにする。その姿が昴の後ろに立ち、右手を体の中に突っ込んだのが見えた。


「ういい!? や、やっぱり、無理ぃーーー!!」


  ◇


 アザミが昴を使って運命操作の実験を行った数日後。

 太陽とうさぎはその日回収した魂を死神局に提出しに来ていた。局内の端末の台に鳥籠を置き、仕事完了の手続きをする。

 隣の端末で手続きを終えたうさぎと合流し、ロビーに移動すると、太陽は自分のタブレットを取り出した。設定画面にある自分のプロフィールを表示させると、集めた魂の数が九十と表示されていた。


「残りはあと十個か。本当にあと少しだな」

「うさぎは、あとごこだよ! あざみおねえちゃんのおかげで、あっというまにあつまったね」

「うん。僕なんて一ヶ月前まで『劣』だったから、本当に信じられないよ」


 とはいえ、アザミの準備がいつ整うかはわからない。

 階級を『優』に上げるために過密スケジュールをこなした時ほどまでとはいかないが、ペースを上げなければ。


「どうする? 僕はもう一回現世に行って魂を集めてこようと思うけど」

「うさぎもいく! うさぎ、まだげんきだよ!」

「そっか。それじゃあ行く前に、パフェでも食べに行く?」

「ぱふぇ!? ぱふぇって、あまくておいしいあれ?」

「うん。前に終導師の鳥海さんに連れていってもらったんだ。今見たらアニマも結構集まってたし、ちょっと贅沢しよう」

「やったー! ぱふぇぱふぇ! ぱふぇすきー!」


 うさぎはロビーの椅子から立ち上がると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを爆発させた。

 こうして見ると普通の子供だ。既に死んでいることも、死神であることも忘れてしまいそうなほどに。


(そういえば、あんな家庭に育ったのにうさぎちゃんって凄く普通な気がする。僕にもすぐに懐いてたし……。案外こういうもんなのかな?)


 太陽自身も親との関係が良好だったかと聞かれると自信は持てなかったが、少なくとも虐待はされていなかった。

 うさぎのような家庭環境にいればもう少し歪んでしまっても無理はないように思うが……。


 飛び跳ねるうさぎの後ろに大きな影が立つ。気配に気づいたのだろう、うさぎは飛び跳ねるのをやめて、背後に立った人物を見上げた。


「たつおさん……」

「久しぶりだね、うさぎ」


 一方的に関係を断つ形で別れてしまった元ブラザーと再会し、うさぎの顔から笑みが消えた。

 うつむいてワンピースを握るうさぎを見て、辰夫も声をかけたはいいがどうしたものかと困惑の表情を浮かべていた。


 太陽は立ち上がり、うさぎを挟む形で辰夫の前に立った。


「こんにちは。二週間ぶりくらい……ですかね?」

「そうだな……まだそれだけしか経っていなかったか。うさぎの元気な顔を見て安心したよ。面倒を見てくれてどうもありがとう」

「いえ。とてもしっかりしてますから、むしろ僕が助けられているくらいで……」


 うさぎは居心地が悪そうに太陽の後ろに隠れ、顔だけそっと出して辰夫を見上げた。


「たつおさん、なにかごよう? うさぎのこと、おこりにきたの?」

「まさか。私はうさぎが家を出たことを怒っていないよ。声をかけたのはお別れを言うためだったんだ。五日前も家を訪ねたんだが、留守だったみたいだから」

「え? 留守?」


 太陽は思わずうさぎを見下ろす。五日前といえば太陽とアザミがインビジブルの拠点を調査に出掛けていた日だ。うさぎは昴からの接触があった時のためにずっと家にいたはずだが……。

 うさぎは申し訳なさそうに太陽のズボンのすそを掴んで俯いた。どうやら居留守していたらしい。


「今日も訪ねたんだが会えなかったからね、死神局にいてくれてよかったよ」

「あの、辰夫さん、お別れというのは……」

「そうだね。実は色々と話したいことがあるんだ。見たところ、パフェを食べに行くところだったんだろう? 立ち話もなんだ、そっちで話そうじゃないか」


 辰夫に促されるまま、太陽はおずおずと頷いた。


 智里に教えてもらった喫茶店に行き、前回食べた物と同じフルーツパフェを注文する。

 四人掛けのソファー席に太陽とうさぎが横並びに、向かいに辰夫がいる形で座って待っていると、テーブルの上の空間が揺らぎ、三人前のパフェが現れた。

 目の前に並んだつやつやとしたご馳走を見ても、うさぎは手をつけず辰夫の様子を窺っていた。


「うさぎちゃん、アイス、溶けちゃうから食べよう?」

「……うん」


 太陽に促されてようやくスプーンを手に持った。大きくカットされたフルーツを大口を開けて必死に口に入れようとするうさぎを見ながら、太陽と辰夫もパフェに手をつけた。


「それで、話というのは……?」

「実は、私はこれから転浄の門をくぐろうと思っている」

「生まれ変わるんですか?」

「そうだ。うさぎが家を出てから私なりに考えたんだ。うさぎが自分の力できちんと魂を集められるのなら、私がこの『境界』に留まる理由もない。ならばさっさと決められた量の魂を集めて、次の人生を始めるべきなんじゃないかと思ってね」


 うさぎは大きなフルーツで頬をいっぱいにしながら辰夫の顔を見上げている。

 辰夫はうさぎに微笑むと、タブレットを出し、太陽とうさぎの前にそっと置いた。


「私の口座だ。この三年半の間に私が集めたアニマが全て入っている。殺害による死の案件をあまり受けていなかったから額は少ないが、内職をしていたから少しは蓄えがある」


 タブレットを見ると、約一万アニマあった。太陽は一アニマに百円くらいの価値があると考えていたため、ざっと計算すると百万円貯めたということになる。


「凄いですね。僕にはとてもじゃないですけど集められない額です」

「太陽君は確か、先輩となるブラザーがいたね? そのブラザーが生まれ変わる時に持ち物をもらったことはなかったかな?」

「あ、はい。殆どゲーム機や漫画でしたけど。もしかして辰夫さん、このアニマをうさぎちゃんに?」

「そうだ。一応確認したが、一度でもブラザー或いはシスターになった相手になら持ち物を譲ることが出来るらしい。だからこれをうさぎに残していこうと思うんだ」


 うさぎは目を丸くし、口の中にあったフルーツを慌てて飲み込んだ。

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