第7話 狂信の笑み

「おい、チビ」


 アザミは声を落として話しかけた。


「この世には音響兵器が存在している。アンタの能力なら再現出来るはずだ」

「おんきょうへいきってなに?」

「だぁ、もう。これだからガキは。音を使った武器のことだよ。強烈な音で相手を怯ませて、思考を止めるんだ」

「こわいおとをだせばいいの? おばけのおと?」

「そうじゃなくて、よく言うだろ、黒板を爪で引っ搔いた音とか、発泡スチロールをこすり合わせた音とか」

「こくばん? はっぽうさい?」

「はぁ……もういい。なんでもいいから、一番嫌いな音を出してみろ。ただ出すんじゃなくて、あの囚人にぶつけるような感じで指向性を持たせるんだ」

「きらいなおと……あのひとにぶつける……」


 うさぎは目を閉じて集中した。その間に青年は人質を抱えて開いた扉の方へ移動していた。

 このままみすみす逃がすしかないのかと死神達が無言のやり取りをしていると、うさぎが目を閉じたまま大鎌を出し、柄の先についた紐を持って大鎌をクルクルと回し始めた。


 カンッ。バキッ。


 金属の鋭い音が響く。勢いよく空き缶を壁に投げつけた音だとわかった。

 青年にはすぐ近くで音がしたように聞こえたのだろう。扉の前で周囲を見回し、音の出どころを探している。


「ううん、ちがう。うさぎがいちばん、きらいなおとは……」


 そう呟いて更に大鎌を高速回転させる。すると今度はキーンというモーターが回るような音が聞こえてきた。


「ドリルの音か? いい。脳みそをグラグラと揺らせそうだ。もっとボリュームを上げて、奴の耳に突き刺せ」


 うさぎは辛そうに顔をしかめたが、アザミは青年に注目しており気づいていない。

 そんなアザミの様子を見て、炎華は目を細めた。


「人の痛みに共感出来ない……ゲームに勝つことこそが全てという単純化された価値観。それが天才たる異常性ですか。やはり彼女は早急に排除する必要がありそうです、大死卿」


 誰にともなくそう呟いた炎華のそばで、うさぎは恐怖心を振り払うように歯を食いしばった。


「おとうさんにまけないもん! うさぎ、ちゃんとつよくなる!」


 宣言した瞬間、うさぎの大鎌がバチバチと火花を放ち、法廷内に耳障りなモーター音が響き始めた。

 音の中心にいる青年と人質はたまらず耳を塞ぎ、その場にうずくまった。

 しかし執行人に楯突いた囚人がそれで止まるはずはなく、音を放っているのがうさぎだと理解するや否や、死のデス・サイスを構えて立ち上がった。


「貴様ぁ! ぐっ……!」


 立ち上がるも、青年はすぐにふらついてうずくまってしまった。強烈な音のせいで平衡感覚が麻痺したようだ。

 音響兵器の本領が発揮されたとアザミはうさぎを見てほくそ笑んだ。


 バサッと翼のはためく音がし、秋人が青年の前に降り立つ。コウモリの翼をしまうと、赤い絨毯の上に放られた死のデス・サイスを拾い上げた。


「なるほど、こりゃあなかなか強烈な音だねぇ~。僕も能力がなかったら、きっとここに立っていられないよ」


 秋人の腕には青年を拘束していたのと同じ黒い輪がはめられている。それでうさぎの大鎌のもたらすダメージを防いでいるようだ。


「それじゃ、執行の時間ですよっと……!」


 振り上げた死のデス・サイスが青年の体を貫通する。

 刃が背中に触れた瞬間、炎華がうさぎにしたように体が半透明に透け、心臓の位置に浮かんだ魂の基盤が見えた。

 そして大鎌はレゴブロックのような基盤を豆腐を切るようにあっさり両断した。

 青年が驚いたように目を見開く。震える唇で何かを言いかけたが、言葉が紡がれる前に体全体に青白いノイズが走り、次の瞬間、消滅した。

 剥き出しになった真っ二つの基盤が支えを失ったように赤い絨毯にポトリと落ちた。


「ご苦労様~! うさぎ、もう音止めていいよ。というか止めてくれないと陪審員の彼女がいつまでも立ち上がれないからね?」


 音に集中し、目を閉じていたうさぎは秋人の言葉に気づかず、炎華に肩を叩かれてようやく大鎌をしまった。


「いやぁ~、噂には聞いていたけど凄い能力だね! アザミも運命方程式のことを直感で理解しているし、二人とも優秀で感心感心! これから一緒に働けるのが楽しみだな~」

「は? 一緒に働く?」

「あれ? 炎華が説明してくれなかった? 今日の見学は終導師として相応しいかの最終試験も兼ねてたんだよ。君達は文句なしに合格だ。おめでとう!」


 秋人はここが法廷であることも、周囲に陪審員達がいることも忘れてしまった様子で、爽やかな笑顔を浮かべて拍手した。


「それにしても、壇上から様子は見させてもらったけどさ、アザミって意外と面倒見がいいんだね~! 僕感動して、ちょっとほろりとしちゃったよ!」

「ふざけんな。誰がいつアンタらと一緒に働くと言った?」

「え? 働いてくれないの? 終導師になれば次は勝ち組の人生が歩めるって保証されたようなもんなんだよ?」

「興味ねぇよ。第一、終導師として仕事を引き受けるようになったら、魂を回収しに行く時間がなくなるじゃねぇか」

「え~? 別によくない? 終導師としてアニマをがっぽり稼げば、回収した魂が百個に満たなくても生まれ変われるんだよ? 僕はとーってもお得だと思うけどな~」

「ハッ、どうやらアンタらとアタシとでは根本的に価値眼が違うらしい。なぁ?」


 アザミが同意を求めるように問いかけると、うさぎは強く頷いた。


「アタシはただ、今日行けば今後は二度とスカウトされないって聞いたから来ただけだ。終導師にならなくてもいいって言ったのはそっちだろ」

「うーん、まぁ、そうなんだけどねぇ……」

「だったらこれ以上アンタらと話すことはねぇ。次の仕事まで時間がねぇんだ。そろそろアタシらは帰らせてもらうぞ」


 アザミはうさぎを連れて法廷を出た。古めかしい木造の階段を降り、正面口の扉を開けると、タブレットの『Return《帰還》』ボタンを押して死神局へ飛んだ。


 二人の背中を見送った秋人は、気が抜けたように肩を落として首筋を掻いた。


「振られちゃったねぇ。アザミと一緒に仕事がしたかったのは本当なんだけどなぁ~」

「心配せずともすぐに会えますわよ。彼女は天紡台を見たんです。運命方程式の法則を解明した暁には、必ず禁忌を破りますわ」

「ああ、そういえば君の目的はアザミに運命方程式の存在を教えることだったんだっけね」

「残念ながら記憶保持者ではなかったようですが、だからと言ってわたくしが彼女を殺す計画に変更はありませんわ」

「君のアザミを殺したいっていう執念も恐ろしいものだよ。ま、大死卿の計画には支障はなさそうだし、僕も遠くから見守りますか」


 秋人は眼鏡の中央を眉間に押しつけ、真意の見えない笑みを浮かべた。

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