第29話

 次の日、九月も終わりかけたある日。

 俺は実家に帰って、親父とミズキに会った。

 今の自分の考えを話した。

 親父は黙って聞いてくれて、ミズキは心配そうな顔をしていた。

 親父は、以前にも聞いたような気がしたが、ショウタが俺の息子ではなくなるということではない。何かあれば言いに来い。と言って、道着を渡してきた。突然の稽古。トレーニングはしてたけど、久しぶりすぎて身震いする。

「あんたらもやるか。」

 SPの人たちにも道着を渡している。そして受け取るコンドウさんと、サナダさんという若い男性SP。アラキさんも受け取っている。やったことあるのかな。

「マサトくんには私から言っておこうか。」

 道場に向かう俺にミズキが言ってくれる。ありがとう、と言って手を振った。

「親父は俺に道場を継いでほしかったりした?」

 おそるおそる聞いてみる。

「考えたことはあるが、食えない商売だしな。やりたいって言われたら考えようと思っていた。」

 帯を締めると気合が入る。

「また稽古しに来てもいいかなぁ。」

「勿論だ。」

 そして俺はボコボコにされるのだった。

 SPの人たちと稽古したのは初めてだ。流派の違いを感じたが、とても楽しかった。

 汗だくでスポーツドリンクを飲みながら話した感じ、親父はミズキが合気道がうまい伴侶を連れてくると信じている節があるようだ。

 ヤバいぞ、ミズキ!


 実家を出た後、俺は、ゴンダさんとサヤさんに、今の自分の思いを話した。

 二人はずっと静かに聴いていてくれた。

 話終わった時、二人の目にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた。

「それではショウタ様。最終面接に参りましょうか。」

「本日ですと16時くらいなら大丈夫かと。」

 サヤさんは何か知っているようだ。


 15時に宮殿の衣装室で、礼服に着替えさせられた俺は、相変わらず広い廊下にポツンと置かれた椅子に座って待っていた。

 宮廷官ってたくさんいるんだなぁ、皇族のために毎日毎日、たくさんの人が従事している。何してる人なんだろう。掃除とか、食事の用意とかをする人もいるだろうし、運転手とか、SPとか、宮司みたいなのとか。他にもいろいろいそうだ。

 ぼーっとしていたら時が来た。

 謁見である。

 緊張しないようにと頑張ってきたけどダメだ。足に力が入らない。

「大丈夫です、ショウタさん!」

 バシッと背中を叩かれた。

「さっき私たちに話してくれたことをそのまんま、言ったらいいですからね!」

「帯締めろ、ボウズ」

 コンドウさんもボスっと肩を叩いてくれる。

 二人のおかげで、俺の背筋がぐっとのびた。

「いってこい!」


 宮殿の謁見の間は、ゲームとかでよくある雰囲気だった。

 両開きの扉をくぐると、長い絨毯がまっすぐ敷かれ、俺が座るためと思われる立派な椅子が一脚ある。

 そして、その先に階段があり、皇帝と皇妃がいる。

 シュウトクとキョウカも右隅の方にいる。左隅にはゴンダさんや宮廷官の偉そうな人たちがいる。

「失礼します!」

 彼らを視界の端で捉えながら、俺はできるだけ普通にまっすぐ進んだ。ふわっふわの絨毯を畳みたいに踏んでいく。

 椅子の前に立ち、皇帝と皇妃の顔を見た。

 オーラがすごい。

 普通の顔をして立っているだけなのに、膝をつき頭を垂れたくなるような。


「スメラギ ショウタと申します。」

 とりあえず名乗った。

「聞いていますよ、どうぞ、掛けてください。」

 なんという穏やかな声なのだろうか。一言言われただけなのに、牙を抜かれたような、不思議な気持ちになる。

「君の決意を、聞かせてくれるんだってね。」

「はい。」

 俺はゆっくりと話し始めた。

 皇室はパンジャーブの文化を支えてきたこと。養子になれと言われた時は驚いたけれど、後継者に関する事情を知り、今のままではいけないと思うようになったこと。自分に何かできるなら、手伝いたいと思ったこと。

「自分の人生について、こんなに深く考えたのは、たぶん初めてです。考えて考えて、僕は、パンジャーブの皇室の新しい在り方を模索したいと思いました。若い人たちは、皇室のことをあまり知りません。僕も知りませんでした。何をしてるのか、何の意味があるのか。皇族は今、国民の中の皇族として、もっと国民の社会の中に関わっていってもいいと思います。もちろん、そのためにできなくなることもたくさんあります。まず、信頼を損ねたらいけないし、企業とかでは働けなくなるし、ちょっと邪な心が働いたとしてもそれを打ち消して誠意ある人生を送らないといけない。けっこう大変だろうなと思ってます。でも、僕は一生をかけて、この仕事を全うしていきたい。」

 俺は顔をぐっと上げて、皇帝を見た。

「みなさんが、俺にその資格があると言ってくださるのなら、俺は皇族に入りたい。俺を、皇族の一員として認めていただけないでしょうか。」

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