第10話 モンスターハウス
二階まで吹き抜けになった広い玄関ホールでは、馬程もある大蟻が牛みたいに足元の蔓を齧っていた。
「どうなってんだよ!?」
押し殺した声でジャッドに尋ねる。
「俺が知るか!?」とジャッド。
「まるで魔境だな」早くも臨戦態勢を取り、セリアンが精気を練り上げる。
窓が塞がっているせいで玄関ホールは暗い。あちこちに蔓がぶら下がっていて視界も悪かった。見える範囲にいるのは二匹だけだが、もっといるかもしれない。
精気を帯びて巨大化した大蟻は魔境では珍しい魔物じゃない。俺も何度か戦った事がある。大型化した昆虫系の魔物は大体そうだが、力が強く、外殻は鉄のように硬い。痛みにひるまず、ちょっとやそっとの傷じゃびくともしない生命力を持っている。流石に頭を吹き飛ばせば死ぬが、それでも即死とはいかず、命がつきるまでめちゃくちゃに暴れ回る。魔物としては低級なせいで弱点となる魔核もないので面倒な相手だった。
「どうするよ」ジャッドに尋ねる。
「どうするって……」
予想外の事態だ。ジャッドも言葉に詰まるが、頭の回転が速い奴だ。すぐに答えを出した。
「魔物がいるんじゃ職人は呼べない。片付けるしかないだろうな」
苦々しく告げる。
「そうこなくてはな!」
戦闘狂のセリアンが大声を出して剣と盾を構える。
「馬鹿! まだ早えよ!」
いくらなんでも先走り過ぎだ。
声に反応して、大蟻の頭がこちらを向く。
ジャッドが舌打ちを鳴らして弓を構えた。
「たった二匹だ! なにを臆する事がある!」
怒られてセリアンはむくれるが。
「そうとは限らねぇだろ!」
言いながら、俺は術を練り上げる。
「光球!」
頭上に掲げた手の先から拳大の光球が飛び出し、空中に留まって辺りを照らした。文字通り、照明代わりに使う術だ。熟達者なら数日は維持できるが、俺の場合は頑張っても一時間がいいところだ。切れたらかけ直せばいいだけなのでそれだけもてば大体の場合は事足りる。光量も松明より少し強い程度しかない。広い玄関ホールを明るく照らすには足りないが、暗闇に目が慣れている状態なら充分だろう。
「二匹じゃねぇじゃねぇか!?」
明るくなり、辺りを素早く見渡し俺は言った。ざっと数えても五匹はいる。もっといるかもしれない。
「多分七だな」
ジャッドが補足する。弓使いにとって目は生命線だ。ジャッドの場合、遠視や透視に加え、暗視の術も修めている。
「こ、これくらい、我々の敵ではない!」
セリアンは強がるが、閉鎖空間で大蟻七匹を同時に相手にするのは普通にきつい。
「人様の屋敷の中なんだ! 屋敷を壊すような派手な魔術は使えねぇんだよ! 剣士のお前にはわからねぇかもしれねぇが、俺とジャッドは戦力半減だ!」
「そ、そんなに怒らなくたっていいじゃないか!」
俺の言葉にセリアンが涙目になる。すぐ泣くな! 俺が悪いみたいになるだろ!?
「説教は後だ。どうにかしないと三人揃って虫の餌だぞ!」
ジャッドの言う通りだ。蟻共は一直線にこちらに突っ込んでくる。大きさは馬ほどもあるが、重量は倍じゃ済まないだろう。体当たりをかまされるだけで充分死ねる。喧嘩してる場合じゃない。
こんな事態は想定してないから作戦もクソもない。出遅れる俺達を尻目に、セリアンは一人駆けだした。
「馬鹿野郎! 勝手に飛び出すな!」
俺が叫ぶ。先走りはセリアンのミスだが、だからって無茶をする必要はない。
「私が囮になる! その間に始末してくれ!」
こちらを見ずに叫ぶと、セリアンは剣の腹で盾を叩いた。
「挑発(タウント)!」
セリアンが吠える。嘲るような感情の乗った精気が広がり、大蟻達の気を引く。挑発は挑発的な感情を精気に乗せて放出し相手の気を引く技で、本能だけで動いているような低級の魔物にはかなり効果的だ。熟達者なら人間が相手でも本人の意思を無視して注目を集める事が出来る。セリアンの挑発は中々の練度で、全ての大蟻が俺達など存在しないかのようにセリアンを狙った。練度が高すぎるせいで俺達もセリアンが気になってしまったが。狙った相手にだけ挑発をかけるのはかなりの高等テクだ。
セリアンが命がけで囮役を買ってくれたんだ。いつまでも魅力的なデカ尻を眺めているわけにはいかない。
俺達は精気を高めてセリアンの挑発を解除すると、それぞれの役目を果たした。
ジャッドの放った矢は精気を帯びて、大蟻の分厚い外殻を貫通して深々と頭部に刺さる。その程度では大蟻はびくともしないが、そんな事はジャッドだって分かってる。矢強化の術とは別に、矢じりに爆破の術をかけておいたのだろう。数秒遅れて、セリアンに噛みつこうとしていた大蟻の頭が内側から弾け飛んだ。
「いゃあああああ!?」
大蟻の肉片と体液をもろに浴びて、セリアンが悲鳴をあげる。
「あ、わりぃ」
「わりぃで済んだら勇者官はいらない! うわああああ! 気持ち悪い!?」
すっかり女の声をだし、セリアンが泣き喚く。それでもしっかり四方から襲い掛かる大蟻の攻撃を剣で払い、盾で防ぎ、転げ回って避けているからたいしたものだ。
俺も負けてはいられない。
「爆炎矢!」
人差し指を突き付けて、慎重に狙いを定めて術を放つ。飛び出した炎の矢は見事大蟻の側頭部に当たって爆発した。焦げた肉片と体液の雨がセリアンを襲う。
「ひぃいいいい!? フーリオ!?」
「仕方ねぇだろ! こいつが一番使い勝手がいいんだ!」
魔弾や魔刃は命中しても消えずに貫通し、屋敷の内装を傷つける恐れがある。爆炎矢は外せば大事故だが、セリアンが囮になってくれるなら狙いもつけやすい。当たれば爆発するから標的以外に被害を及ぼす事もない。まぁ、派手に血肉が飛び散るという欠点はあるが、そこは勘弁してくれ。
「いやだ! もっと私の汚れない術で仕留めてくれ!? う、おぇ、く、臭い!? うわあああああ!?」
発狂しながら、セリアンは大蟻の噛みつきをすり抜け、細まった首めがけて処刑人のように剣を振り下ろす。
刃の閃く涼やかな音共に、巨大な頭部が果実のように落ちた。切断された首から、滝のように体液が流れ出す。
板金の甲冑を両断するようなものなのだが、そのくらいはあっさりやってのけるセリアンだ。
「――うわぁ!? まだ動くのか!?」
別の大蟻に対峙したセリアンを、頭を失ってめちゃくちゃに暴れる大蟻が押し倒す。そこに、さらに別の大蟻が襲い掛かった。
ジャッドが舌打ちを鳴らして早撃ちを行う。矢を強化する時間はなかった。ただの矢では大蟻の外殻は貫けない。硬質の音を残して、大蟻の頭部がジャッドの矢を弾く。
矢は一本ではない。瞬く間に放たれた三連射だ。続けざまに命中した二本の矢に、ダメージは受けずとも大蟻の頭部が狙いを外す。
稼いだ時間は一秒にも満たないが、それだけあれば充分だ。
「魔弾!」
「ふごっ!?」
威力を絞った力場の弾がセリアンの胸当てに命中し、大蟻の腹の下から弾き出す。
セリアンは転がりながら体勢を立て直し、すぐに立ち上がると、剣先をこちらに向けた。
「痛いじゃないかフーリオ!?」
「助けてやったんだよ!」
「私だって女の子だぞ! もう少し優しくしたらどうだ!」
「女の子って歳じゃねぇだろうが!」
「ひ、酷い! 私はまだ二十代なんだぞ! それも前半だ!」
「俺だってそうだ! 俺が男の子だったらおかしいだろうが!?」
セリアンが顎に手を当て、値踏みするように目を細める。
邪な気配に、俺は鳥肌が立った。なんとなく、セリアンが半そで短パン姿の俺を想像した気がした。
「そういうのも悪くないな」
「お巡りさ~ん! こいつで~す!」
「だぁ!? いつまでイチャイチャしてんだ! ちったぁ手伝え!?」
俺とセリアンが言い合っていると、一人黙々と矢を放っていたジャッドが怒った。
気がつくと大蟻の数は残り二体になっている。本能的にジャッドは危険だと思ったのだろう。二体の大蟻は二手に分かれ、俺とセリアンを狙って突撃する。
「だれがぁ!?」
精気を帯びて、セリアンの長剣の刃が白く輝く。そのまま、セリアンは大蟻の腹の下に潜り込むようにして低く走り、下から振り上げた剣で縦に両断する。
「こんな奴と!」
一方の俺は、両手に集めた精気を合わせ、正面から突っ込んでくる大蟻の顔面に叩きつけた。
「圧撃!」
超重力の力場が大蟻の頭を地面に押し付け、トマトのように押しつぶした。
「「イチャイチャするか!?」」
大蟻を始末すると、俺とセリアンは互いを指さして叫ぶのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。