第52話 サイユの血戦

 それから間もなくして、狭い森道を一列に綺麗に並んで歩いてくる団体がいた。

 全員鎧を着こんでいる。鎧の配給、或いは生産が追い付いていないのだろうか。彼らの着ている甲冑は、ライトリー王国軍のものだった。尤も、その鎧からライトリー王国の紋章は削られている。


(……よりによって、同郷かよ)


 アデルは心の中で舌打ちをした。

 おそらく、ゾール教国軍に降伏したライトリー王国軍を元に編成してヴェイユ島に送り込んだのだろう。

 無論、特別に愛国心といったものをアデルは生まれ故郷のライトリー王国には持っていなかった。愛国心で言うならば、ヴェイユの方に持っているのは確実だ。

 しかし、それでもなお、同郷の国の者と争うのは辛い。


(いや……カロンやルーカスは、ずっとそんな中でこの解放戦争を戦ってるのか)


 ふと、元同僚の二人を思い出す。

 彼らも戦死していなければ、おそらく今も王都で同国民相手に戦っている。内戦の虚しさというのを、この時初めてアデルは感じたのだった。


「……貴様、何者だ!」


 アデルの存在に気付いた先頭の男が、少し距離を空けた状態で訊いてきた。


「何者だ、はないんじゃないか? そもそもそれはこっちの台詞だろうが。ゾール教国にひれ伏したライトリーの軍人さんよ?」

「ぐっ……貴様、我々が加勢に来る事を知っていた、だと? おのれ、情報が漏れていたのか」


 先頭の騎士が言うが、その後ろからは早く進めだの何を立ち止まっているだだのと文句が溢れている。

 ここから見ている限り、冒険者風の人間は見当たらない。Sランクパーティーがいるというのは、アモットの誤情報だったのだろうか。それなそれで有り難い限りだった。


「そういうこった。命が惜しかったら、回れ右して帰んな。今ならまだ、見逃してやるよ」

「ふっ、笑止! たった一人で我らの相手をするつもりか? 悪い事は言わん、道を開けろ。貴様がどれほどの腕かは知らんが、我らライトリー王国騎士団の相手ではないわ」

「おいおい、祖国の名前を間違えるなよ。今のお前らは『ゾール教国軍』だろ? 


 アデルは間違いを訂正して敢えて挑発をした。直線での戦いなら、相手に冷静さを奪わせた方が楽になると判断したからだ。


「ぐッ……貴様ぁ! 我らを侮辱するか!」

「侮辱? 事実を言っただけだろ。最後まで戦わずに屈したんだからな」


 アデルは大剣の鞘に付いた付け金を左の親指で外した。

 金属製の鞘が地面に落ちて、甲高い音を響かせる。


「さあ、始めよう。ここを通すわけにはいかないんでな」


 アデルが漆黒の大剣をぶん、と振り上げた。

 前方にいた兵士達がその刀身を見て、どよめく。


「く、黒い大剣だと⁉ 貴様、まさか〝漆黒の魔剣士〟か⁉」


 彼らはアデルと同じライトリー王国出身だ。国内でアデルの名は通っているので、その特徴も知っているのも当然だった。


「人違いじゃないか? そいつは一年程前、このヴェイユ島で死んだらしいからなぁ!」


 アデルは〝竜喰いドラゴンイーター〟を振り被って、最前列にいた騎士に斬りかかる。

 狭い道では避ける事など叶わず、アデルの攻撃が直撃。男は真ん中から真っ二つになって崩れ落ちた。


「お、おのれええええ、ヴェイユの蛮族がああ!」


 二列目にいた年配の騎士が剣を抜くが、アデルはお構いなしに順に斬っていく。

 サイユの森は一本道になっていて、その道は狭く整備もされていない。彼らは軍でありながら、ほとんど獣道に近い様な場所で戦わざるを得ないのだ。アデルにとっては順に一騎討ちをしていけばいいだけなので、随分と負担は少ない。

 一人、また一人と元ライトリー王国の騎士団達を屠っていく。

 左右に大剣を振るい、肩口から胸まで切裂さかれた騎士は血しぶきを噴き上げながら地面に落ち、そして首が飛んだ男も同じく崩れ落ちた。


「ひぃっ……こいつ、強いぞ!」

「一対一で戦うな!」


 そんなやり取りが最前列で交わされている中、後方からは「どうなってるんだ!」と苛立つ声が聞こえてくる。後ろからは前衛の様子が見えないのだ。

 元ライトリー王国騎士団は狭い道に二人並び──二人とも片足は足場の悪い森の中に踏み込んでいた──アデルに攻撃を仕掛けるが、不安定な体勢からの攻撃を貰う彼ではない。

 一歩後ろに下がって攻撃を避けると、左の者の頭を剣の平で割り、右の者の腹を斬る。二人をそれぞれ一撃で息絶えていた。脳漿と内臓が狭い森道を赤く染め上げる。


「弱いなぁ、敗残兵ども。五〇人じゃ足りなかったんじゃないか?」


 アデルは元同郷の者の死体の頭部に足を乗せて、嘲笑った。


「ぐ……前は二人ずつかかれ! 我らは森の中から攻撃を仕掛けるぞ!」


 最前列の騎士達が剣で斬り掛かり、その後ろの騎士達が横の木々の間に散っていく。


「おいおい、そっち行かれちゃ──困るんだよ」


 アデルは腰に差してある短剣ダガーを、それぞれの方角に向けて投げる。今回は敵の数も多い事から、十本ほどの短剣ダガーを備えているのだ。

 草木が生え渡っており、足場も悪い事から、その短剣を避ける事は敵わず、一人は絶命してもう一人が怪我を負っていた。それを確認してから、正面の騎士にも大剣を振るってそれぞれ命を奪っていく。


「おい、道を開けろ! 我が槍の錆にしてくれる!」


 歩兵では勝てないと踏んだ騎士が、騎上して歩兵を掻き分けて現れた。

 そして、そのまま突撃専用槍ランスを構えて突っ込んでくる。

 だが、ここは平地ではなく森の中の獣道だ。馬が真っすぐ走れるわけがなく、足をくじいて攻撃がぶれた。

 アデルは大剣を下段に構えて、その剣を馬へと向けて跳ね上げる。馬の首が飛ぶと同時に倒れ、騎手は落馬。アデルはその騎手めがけて剣を振り下ろした。


「糞……化け者めぇ!」


 そこから騎士達も戦法を変え、長槍ロングランスを主体に、アデルの剣が届かないところから攻撃を加えてくる。


(ちっ……厄介だな、これは。一本道なのが裏目に出やがった)


 長槍で同時に突きを加えてくるものだから、アデルは後方に飛んで避けるしかない。

 片方の槍を斬り落としてみたが、そのすぐ後にまた別の者からの槍が飛んでくるので、避けざるを得ないのだ。


「いいぞ! このまま広い場所まで追い立てろ! さすれば我々の勝利だ!」


 長槍の攻撃に切り替えられた途端、アデルは防戦一方となる。

 平地ならばこの様な長槍の攻撃などおそるるに足りないが、一本道では横に避けられない。


「ちく、しょう……!」


 後ろに避けているうちに、どんどん森の入り口が近付いてくる。

 およそ十の敵は屠ったが、それでもまだ残りは四〇騎だ。広い場所に出て同時に相手にするにしては、まだ多い。

 アデルは意を決して、短剣ダガーを投げて先頭の槍使いを屠ってから、〝竜喰いドラゴンイーター〟でその後ろの敵を薙ぎ払う。そこで出来た僅かな隙の中、敵陣に飛び込んで、大剣を右へ左へと振るった。剣が大きい故に、木々に引っかかる事もあったが、彼はそれを剛腕で木ごと斬り伏せていく。彼が剣を振るう度に、サイユの森の木々は次々と赤色に染まっていっていた。

 アデルはただ、心の中で愛する者の名を叫びながら剣を振るうしかなかった。

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