第24話 安物のネックレス
待ち合わせの十分前にアデルは中庭に辿り着いていた。
カロンがデートなどというので、無駄に緊張してしまった。ただの護衛の任務で、王女様はお買い物を楽しみたいだけである。そう自分に言い聞かせて待ってはいるものの、やはり緊張してしまうのが男の性というものであった。
そうして王女殿下を待つ事十分。彼女は待ち合わせ時間ぴったりに中庭に現れた。
「……お待たせしましたか?」
少し不安そうに彼女は顔を覗き込んでくる。
いつもの王族が着る様な服ではなく、一般市民が着る様な平服だ。おそらく町娘に溶け込もうとしているのだろうが……如何せん、彼女の白銀髪は目立つ上に、平服の上でも彼女の放つ神々しさは隠せやしない。
「いや、さっき来たところだ」
「それはよかったです。それより……どうですか?」
王女は恥ずかしそうにちらちらとアデルを見た。
「え? どうって──」
何が、と訊こうとして、
「ああ、服か。うん、似合ってるよ。でも、さすがに町娘に紛れ込むのは無理があるな」
そういえば、フィーナの時はそれで叱られた記憶がある。
一度失敗しておけば、同じ轍は二度踏まなくて済むのである。
「ど、どうしてでしょうか⁉ 街の女の子達が着ている様なもの、と侍女には言っておいたのですが……何かおかしなところでもありますか?」
「いやいや、そうじゃなくてさ。もうその髪色とか雰囲気で、どれだけ服変えてもこの国の人ならアーシャ王女だってわかるって事さ」
はっきり言って、洋服が完全に着られている。アーシャ王女の纏う尊さを服が隠しきれていないのだ。おそらく薄汚れた服を着ても、アーシャであればそのオーラが際立ってしまうだろう。
「そういうものでしょうか……」
「そういうものさ。ま、だからあんまりうろちょろしないでくれよ。護衛ができないからな」
「そんなに子供じゃありません!」
「わかったわかった。ともかく、行くぞ」
ぷりぷりと怒るアーシャを他所に、アデルが歩き出すと彼女は横について歩いてくる。
怒ってはいるものの、笑顔も漏れていた。おそらく彼女は今日という日を楽しみにしていたのだろう。
アーシャは普段、城下町へは滅多に出ない。いや、出れないのだ。彼女はその人生の大半を王宮か、大地母神フーラの神殿で過ごしている。万が一誘拐等があってはならないし、事件に巻き込まれでもすれば大事だ。その過保護加減が嫌なのだろうが、彼女はこの国にとっては国宝と言っても良い存在だ。万が一があってはならないのである。
今日もそうだ。アデルが彼女の同伴護衛に選ばれたのは、アーシャのご指名があったからなのである。実際には、アデル以外にも周囲に十人程私服の護衛がアーシャを見張っている。
カロンはデートなどと言っていたが、これほど見張られていてはデートも何もないだろうとアデルは思うのだった。
「露店がたくさん出ていますよ、アデル! 早く行きましょう!」
「あ、おい──」
アーシャはアデルの手を引いて、雑踏へと紛れ込んでいく。
「お前な、俺以外にも護衛はいるんだぞ!」
「知ってますよっ!」
「知ってる⁉ 知ってるのにこんな事してたらお前どうなるか──」
「たまにはいいじゃないですか! いつも閉じ込められて座学や作法ばっかりなんですから。たまには私だって羽を伸ばしたいんですっ」
言いながら、アーシャは敢えて人混みを選んで、護衛の目を眩ませていく。
本来ならばアデルは無理矢理にでも彼女を止めて、しっかり護衛の目の届くところに留めておかなければならないのだろう。だが、楽しそうなアーシャの表情を見ていると、それも気が引けてしまい、結局彼女にされるがままになってしまうのだった。
アーシャは雑踏から抜け出して、路地裏に入ると、壁に凭れて息を整えた。
「どうですか?
「撒けました、じゃねえだろ!」
アデルは王女の質問に盛大なツッコミを入れた。
「俺ひとりでどうやって守るんだよ、自分の立場わかってんのか!」
「わかってますよ? だから……こうして人通りの少ないところを選んでるんじゃないですか」
アーシャは細い路地を見て言った。
露店と人でごった返している表通りとは打って変わって、路地裏は静かだった。
人通りも少なく、道も細い。人が近寄ってくればすぐにわかるし、警戒もできる。
表通りよりも遥かに護衛はしやすい環境だった。
「人がたくさんいるところだと、アデル一人では私を守り切れないかもしれない──だから、他にも護衛がたくさんついていたんですよね?」
「まあ、そうだけど……」
この王女は思った以上に賢い──アデルは素直にそう思った。
何も考えていない様に見えて、実はしっかりと考えて、尚且つ周りも見えている。これまで彼女はそれを上手く隠して生きてきているのか、本人ですらもその賢しさに気付いていないかのどちらだろうか。アデルはこの一瞬で、アーシャ王女にそんな感想を抱いたのだった。
「ここなら大丈夫じゃないですか? 人も少ないですし」
「いや、大丈夫っちゃ大丈夫だけど……何もないぞ?」
路地裏を見てみるが、客が全く寄り着いていない露天商が一人と、その奥には今日は商売上がったりであろう安料理屋しかなかった。今日は表通りに人が集まっているので、客入りはなさそうだ。
これでは買い物を楽しみたかったアーシャ王女の欲求を満たせないのではないかと思うのだが、案外彼女は気にしている様子がない。「ちゃんとお店があるじゃないですか」とぴょこぴょことその露天商へと歩み寄り、地面に並べられているアクセサリーを楽しそうに見ている。
露店にある装飾品は一般市民向けに作られた装飾で、とてもではないが王族が身に着けるべきものではないように思えた。
「アーシャ──なら、もっと高価なもの持ってるだろ」
王女、と言いかけて、慌てて言い直した。
一応、この露天商はまだ彼女がかの〝ヴェイユの聖女〟でありヴェイユ王国王女である事も気付いていない。
咄嗟に呼び捨てにしてしまったのでアーシャが気を悪くしたのではないかと思ったが、彼女はそれが余程嬉しかったのか、にやにやと口元を緩めていた。
「やっと、呼び捨てで名前を呼んでくれました」
「……今だけだよ、怒らないでくれ」
「いつでもそう呼んでくれて良いんですよ? 私は大歓迎です」
「勘弁してくれ。色々な人に殺されてしまう」
アーシャはくすっと笑うと、再び露店へと視線を移した。
「あ、これ可愛いです!」
彼女が手に取ったのは、兎のシルエットをしたネックレスだった。素材は銅か何かで、色を青色の塗料でつけている様な安物だ。
「つけてみて良いですか?」
アーシャが露天商に訊くと、露天商は無言で頷いた。売る気がまるでない様な露天商だ。
おそらく、良い場所が取れなかったので不貞腐れているのだろう。或いは、人と会話をするのが苦手なのかもしれない。
アーシャはネックレスを身に付けると、自慢げにアデルに見せつけた。
「似合ってますか?」
「ああ、とっても」
王女が身に付ければ何でも高級品に見える、と思ったが、それは心の内に留めておいた。
「じゃあ、これ買います!」
「おい」
まさかの露天商の商品を買おうとするので、思わず止める。
とてもではないが、国の王女が身に付けて良いものではない。どちらかというと子供が身に着けるようなものだ。
「なんですか?」
「それを買うつもりなのか」
「はい」
彼女は「何か変ですか?」とでも言いたげに首を傾げた。
「お前な……」
「だって、これはアデルが似合うと言ってくれました。それなら、私は欲しいです」
全くの他意などなく、本当に嬉しそうにして微笑んで言うものだから、何も言えやしない。
アデルは溜め息を吐いて、露天商に銀貨を一枚支払った。露天商はこんなにもらえないと慌てたが、アデルが手でそれを制して、取っておけ、と伝える。
おそらく価値で言うなら銅貨数枚程度の価格の装飾品だろう。それを一国の王女に買わせるわけにはいかない。
「それなら……そのネックレスは俺からのプレゼントだ。取っておいてくれ」
「本当ですか⁉」
アーシャは瞳を輝かせて、胸元に輝く安物のネックレスを嬉しそうに眺めた。
彼女が持っているどのアクセサリーよりも安物なのは間違いない。しかし、彼女はそれを眺めては大切そうに撫でている。
「アクセサリーなんて腐る程持っているだろうに」
路地を歩きながらアーシャに言うと、彼女は「確かにたくさん持ってますけど」と言ってから続けた。
「殿方にこうした贈り物をされるのは初めてなので……とっても、嬉しいです」
顔を赤らめて、幸せそうに言う。
そんな表情をされては、アデルも何も言えなくなってしまう。
「それに、こうして殿方と街を歩いて、買い物をするのも憧れでした。私には縁のない事だと思っていたので……今、凄く嬉しいです」
「……そうか」
「はいっ」
アーシャは笑顔で頷くと、今度は奥の安料理屋に入りたいと言い出した。
アデルはもう一度大きく溜め息を吐いて、安料理屋の扉に手を掛けるのだった。
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【ご挨拶】
今年も残すところ、あとすこしとなりました。僕の作品と出会ったのも何かの縁かと思いますので、これからも宜しくお願い致しますね。
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『学校一の美少女がお母さんになりました。』
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