第134話 作戦開始
早朝6時。ついに琵琶湖ダンジョン攻略作戦が始まった。琵琶湖の畔にある長命寺の地下階段を下り、薄暗い洞窟を総勢38名の冒険者が進む。
ここまで大人数でダンジョンに潜るのは初めてだ。隊列の後方に配置された俺たちは、ほとんど戦闘という戦闘をせずにダンジョンを進んでいる。
さすがAランク冒険者を集めただけのことはある。道中、遭遇するスケルトンを始めとしたモンスターは全て隊列の前方に居る冒険者たちが片付けていた。
「未踏破迷宮だっていうから身構えてたけど、さすがに後ろの方は暇ね」
「気を抜くなよ。前の方の人たちが簡単に倒しているから錯覚しそうになるが、モンスターの強さは新宿ダンジョンの下層並みだ。上層でこれなら十分ヤバいだろ」
肌がひりつくような感覚。歩いているだけで、それ以上の疲労を感じる。恐山ダンジョンの時もそうだったが、独特な雰囲気がダンジョン内に漂っている。
「大丈夫か、秋篠さん?」
俺は後ろを歩く秋篠さんに問いかけた。俺より冒険者歴は長いけど、未踏破迷宮に挑むのは今日が初めてだ。緊張やそれに伴う不調がいつ訪れてもおかしくない。
振り返って顔色をうかがうと、やはりほんの少し緊張しているようだった。けれど、心配していたほどじゃない。
「う、うん。大丈夫だよ、土ノ日くん……っ!」
秋篠さんは自身の身長よりも長い大太刀を抱えながら力強く頷く。その後ろ、
「ずっと聞こう聞こうと思ってたんやけど、なんで〈虎斬丸〉持ってきたん?」
「てっきり魔法を使う戦闘スタイルに切り替えたのだと思っていました」
「あ、うん。確かに魔法は使えるようになったけど、わたしの基礎はこっちだと思って……。お父様や土ノ日くんと舞桜ちゃんにも相談して、持って来たの」
秋篠さんの愛刀〈虎斬丸〉はともすれば魔法を使う際に邪魔になる可能性もあった。だから初めは秋篠さんも今回の遠征に持ってこないつもりをしていたのだが、それに待ったをかけたのが育人さんだ。
「古都。付け焼刃の力で生き残れるほどダンジョンは甘くはない。お前がこれまで積み上げてきたものこそ、ダンジョンで最も信じられる力となるはずだ」
育人さんの考え方には俺も賛成だった。秋篠さんの魔法は確かにどれも強力だ。けれど、使い慣れない強力な力ほど厄介なものはない。特に魔法には、MPを消費するという最大の欠点がある。
実際、秋篠さんも何度かMP切れを経験している。新野によれば、MPを消費する感覚を掴めない内は自分の残りMPを把握するのが難しいらしい。今の秋篠さんは自分のMP残量を完全には把握しきれていないのだ。
その点も考えると、攻撃手段は魔法以外にあった方が良いというのが俺と新野の出した結論だった。秋篠さんのMP消費は回復魔法とバフに優先して、攻撃はこれまで通り使い慣れた大太刀で行う。
ただ、それも最低限。
基本的には秋篠さんが戦闘に参加しないよう俺と新野でサポートするつもりだ。秋篠さんには回復とバフに専念してもらいたいし、何より唯人との約束もある。
「ふぅーん。ま、護身用って考えたら無いよりあった方がええのは確かやな。でもあんま無茶したらあかんで?」
「古都さんは今作戦唯一の回復要員ですからね。戦闘は私たちに任せて回復に専念してもらえると助かります」
「う、うん」
恋澄と愛良に釘を刺され、秋篠さんは少し寂しそうに頷く。ようやく俺や新野と一緒にダンジョンで戦えるって張り切ってたからなぁ、秋篠さん。仕方のないことだが、本心ではやっぱり魔法に大太刀にとガンガン前で戦いたいんだろう。
その後も琵琶湖ダンジョン上層では戦闘という戦闘をすることもなく、約4時間歩き続けて開けた地底湖へと辿り着いた。
ここが作戦の第一目標地点。この地底湖の底から先が琵琶湖ダンジョン中層、大昔から人類の踏破を阻み続けてきた琵琶湖ダンジョンの最難関になる。
ここでは臨時のテントが組み立てられ、その中で各自水中装備へと着替えを行う。脱いだ服と装備を防水リュックに詰めて背負い、テントの外へ出ると青い顔をした新野がまだ着替えもせず突っ立っていた。
「まだ着替えてなかったのかよ」
「……だってウミヘビだし」
拗ねたようにボソッと呟く新野の態度に、思わず溜息が出そうになる。
「だからって着ないわけにはいかないだろ。中層はかなりの距離を泳いで移動することになるんだ。水中装備なしじゃ息が続かないぞ」
「いちおう酸素ボンベも持ってきてるみたいだし、あれを借りれば何とかならないかしら」
「ならねーよ。ボンベに何かあったらそれこそお陀仏だぞ。それに、ただでさえ大荷物を持って泳ぐんだ。移動力の面でも水中装備がなくちゃ話にならないだろ」
「むぅー」
新野は反論の言葉が浮かばなかったようにむっすぅと頬を膨らませる。普段大人びているくせにたまに年相応の可愛いところがあるんだよな。だからと言って水中装備を着ずに中層へ入るのを許すわけにもいかないが。
「舞桜ちゃん、いい加減着替えないと怒られちゃうよー?」
女性用テントから顔を覗かせた秋篠さんが新野に呼びかける。それでようやく諦めがついたようで、新野はとぼとぼとテントの方へ歩いて行った。
……まったく。
そんなこんなありながら、琵琶湖ダンジョン攻略作戦は順調に中層へと進んでいく。
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