第133話 親友との約束(新野舞桜視点)
段々と、あの声が大きく頭に響くようになった。
『我の力を開放せよ』
うるさい。
『お前は我だ。我はお前だ。何を恐れる必要がある?』
うるさいうるさいうるさい。
『お前は力を欲しているのだろう? さあ、我の力を開放するのだ』
うるさいうるさいうるさいっ!
こびりつくような声に苛まれ、あたしは目を覚ます。見覚えのない天井。慣れない布団のシーツの感触。ふと隣を見れば、古都が安らかに寝息を立てている。
……そうだ、自分の部屋じゃないんだった。
冒険者協会が用意してくれた旅館の一室。時刻を見れば午前2時過ぎで、夜明けにはまだほど遠い。
旅館の浴衣は汗でぐっしょりと濡れていた。とても二度寝できるような気分じゃなくて、古都を起こさないようこっそり布団から出る。
洗面台で顔を洗って、鏡に映った自分の顔を見る。
「あたしは……」
「眠れませんか?」
「――っ!?」
いつの間にか、洗面所の外に古都が立っていた。
「び、びっくりしたぁ。ちょっと、驚かさないでよもぉ」
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんです」
「…………古都、じゃないわね」
「はい。ニーナ・アマルフィアです」
ニーナはあたしに向かって一礼すると、道を開けるように一歩下がる。彼女が何の理由もなく表に出てくるはずがない。話をしたがっているんだとわかったから、洗面所から出て広縁の椅子に座る。ニーナは対面に腰を下ろした。
「それで、あたしに何か用かしら? まさか用もなく古都の体を乗っ取っているわけじゃないわよね?」
「ずっと二人きりでお話をする機会を探っていたんです。こうして向き合ってお話をするのは、随分と久しぶりに感じますね」
「…………」
「安心してください。古都さんはこの会話を聞いていません。ぐっすり眠っていらっしゃいますから」
「なんのことか、さっぱりわからないわね」
「水臭いですね。私とあなたの仲じゃないですか」
ニーナは拗ねたように頬を膨らませてそっぽを向く。古都の姿をしているのに、前世の記憶にあるニーナの姿が重なって見えるのは、古都がそもそもニーナの姿にそっくりだからかもしれない。
「魔王と聖女の仲なんて、ろくなもんじゃないわよ」
「……そうですね。ろくなものじゃなかったです。だけど、私は今でもあなたを親友だと思っているんですよ?」
「…………」
「新野舞桜さん。あなたの前世は確かに魔王です。ですが、同時に魔王ではありません。私の親友で、大切な仲間。……そして、勇者レインの――」
「違うっ!」
自分でも驚くくらい、大きな否定の声が出た。ぐちゃぐちゃになった感情が自分でも整理できない。だけど、これだけは否定しなくちゃいけない。前世のあたしが、前世の記憶を持つ今のあたしが、それを認めるわけにはいかないから。
「あたしの前世は魔王。勇者レインの敵なのよ……!」
「……だから、土ノ日さんに話せなかったんですね」
「……っ!」
「土ノ日さんはまだ、前世の記憶を完全に思い出せていないようです。ですがいずれ、きっと必ずあなたのことを思い出す時が来ます。その時あなたは、どうするつもりですか?」
「それは、そんなの……」
もしもあたしの本当の前世を知ったら、土ノ日はどう思うだろう。
怒るかしら。それとも、悲しむかしら……。
もしくは、前世のようにあたしを……。
「……今更、どんな顔をしてあいつに会えばいいのよ」
「別にどんな顔をしていても良いとは思いますけどね。勇者レインも、土ノ日さんも、あなたを拒んだりはしないですよ」
「そんなこと……、あたしが一番、わかってるわ」
レインの優しさも、土ノ日の懐の深さも、あたしが一番知っている。それでも素直になれないのは、あたし自身の問題でもある。あたしが、怖がっているからだ。
「……声が聞こえるのよ」
「声、ですか?」
「ずっと、あたしに呼び掛けてる。力を開放しろ。お前は我だって。初めはただの幻聴だと思ったわ。だけど、レベルアップして前世の力を取り戻していくたびに、その声が大きくなり始めて……」
あたしはもっと強くなりたい。なりたいのに、強くなればなるほど魔王に近づいていくのを感じてしまう。恋澄の式神だって、ホントは消し炭にするつもりなんかなかった。
「新野さん、それは幻聴です」
「違うわ! 魔王はあたしの中に居る。今にも外に出てきて、全てを滅茶苦茶にしようとしているのよ!」
「……もし仮にそうだとしたら、私はもう一度、親友との約束を果たすだけですよ」
「……っ!」
「新野さん。できればそうならないことを祈ってます。十字架を背負うのは私だけで十分です。古都さんを、どうか悲しませないであげてくださいね」
「ニーナ……」
古都の体が不意に脱力する。その次の瞬間に顔を上げた古都は眠たそうに眼を擦って周囲を見渡して首を傾げた。
「あ、あれ……? わたし、いつの間に……?」
どうやらニーナは引っ込んだようで、古都は不思議そうに首を捻っている。
「舞桜ちゃん、わたしどうして椅子に座ってるの……?」
「ちょっと、ニーナと話してたのよ」
「ニーナさんと?」
「別に大した話じゃないわ。驚かせてごめんなさい。さ、明日も早いんだしもう一度寝ましょ?」
「え、あ、うん。そうだね」
古都は戸惑いながらも、あたしと一緒に部屋に戻って布団に入る。あたしも自分の布団に入ったけれど、しばらく眠れそうになかった。
「……ねえ、古都」
「なぁに?」
「手、握ってもいい?」
「うん、いいよ」
古都は何も聞かず、手を差し伸べてくれる。その手を握って目を瞑ると、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。
――古都さんを、どうか悲しませないであげてくださいね。
ニーナの言葉が頭の中に響いて回る。
言われなくても、わかってるわよ。
〈作者コメント〉
7月より更新頻度3日に1回に変更します(´・ω・)
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