第114話 避難民護衛クエスト

 古都が待ち合わせ場所に着くと、既にパーティメンバーの二人は装備を整えて待ってくれていた。


「あっ! こっちですよー、古都ちゃんせんぱぁーいっ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて大きく手を振っている美奈津の姿に苦笑しながら、古都は愛刀〈虎斬丸〉を抱えながら仲間の元へ駆け寄る。


 場所は文京区の区役所前。大勢の区役所職員や冒険者職員、そして自衛隊員や装備を整えた冒険者が行き交うそこは、ダンジョン化した文京区から住民を避難させるための前哨基地となっていた。


「お、お待たせっ! 遅くなっちゃってごめんね」

「いいや、時間ぴったりだよ。それじゃ、さっそくクエスト開始と行こうか」

「う、うんっ!」


 パーティリーダーである綾辻冬華を先頭に、三人は区役所から北へと向かう。少し行けば道路がバリケードと自衛隊によって封鎖されており、そこから先がダンジョン化した地域だった。


 今回、古都たち〈ノースプリング〉が冒険者ギルドから受けた依頼は、ダンジョン化した地域に住む住民の護衛とダンジョン内の哨戒任務。


 ダンジョン化から二日が経過した現在も、ダンジョン化地域に取り残されている住民は大勢居る。人々の避難誘導は現在進行形で続けられていて、ちょうど三人の横を周辺住民が乗った自衛隊のトラックが通り過ぎて行った。


 彼らは一時避難場所に指定された東京ドームに集められ、各地の仮設住宅や中長期的な避難所へと振り分けられるのだという。


「うちの学校の子がこの近くに住んでて、話を聞いた感じだと凄く大変みたいですよ」


「ニュースでもやっていたね。地震や火災で家に住めなくなったわけじゃないから、お年寄りなんかは避難をしたがらないって」


「どうりで避難が遅れているわけですよね。そりゃまあ、電気もガスも水道も止まってないのに住み慣れた家を離れなくちゃいけないっていうのは酷ですけども」


「今はまだ差し迫った危機を感じられないんだろうね。モンスターの発見報告もまだないようだし」


「伏見ではどうだったんでしたっけ?」


「モンスターの発見は三日後だったと記憶しているよ。それ以降、日に日に増加してあっちの冒険者が定期的に討伐しているようだね」


「それじゃあ、こっちもそろそろ危ないですね……」


 話しながら歩く二人の後ろを、古都は黙ってついていく。そんな古都が気になったのか、前を歩く美奈津が振り返って尋ねる。


「古都ちゃん先輩、さっきから静かですけど緊張してるんですか?」

「ふぇっ? あ、ううん。そういうわけじゃないんだけど……」


 少しだけ考え事をしてしまっていた。


(今頃、土ノ日くんと舞桜ちゃんは神田くんを連れて新宿ダンジョンかな……)


 心配しているわけではない。恐山ダンジョンを踏破したAランク冒険者、そんな二人と一緒なら神田に万一のこともないだろう。


 ただ、思うのは寂しいなという気持ちだった。


(二人とも、わたしを置いて先に行っちゃった……)


 今から三か月ほど前。土ノ日と新野と三人で初めてダンジョンに潜ったあの日から、いつかこうなる覚悟はしていた。二人の冒険者としての才能は抜きんでている。それは二人がイービルウルフと戦っている姿を見れば一目でわかった。


 特例とはいえたったの三か月でAランク昇格を果たした実力は本物だ。ステータスはとうの昔に追い抜かれ、今の古都では二人とともにダンジョンへ潜っても足手まといにしかならないだろう。


 叶うことなら、一緒に戦いたい。二人が恐山ダンジョンを攻略している間、ただ待っていることしか出来なかった古都はそんな想いを募らせていた。


 来月に迫った未踏破迷宮攻略作戦。参加条件はAランク以上の冒険者であり、Cランクの古都はその参加資格を持たない。また待っていることしか出来ない。


 そんな自分が不甲斐なくて、もどかしい。


「古都ちゃん先輩、大丈夫ですか?」


「古都、そろそろダンジョン化地域だ。悩みならクエストが終わってから聞くよ。だから今は集中すんだ。いいね?」


「う、うん。ごめんね、冬華ちゃん、美奈津ちゃん」


 古都は雑念を振り払うように頭を振って、頬をぺちぺちと二度叩いた。冬華の言う通り、今は集中するべき時だ。目の前のバリケードを超えた直後からそこはダンジョン。少しの油断が命取りになる場所だ。


 自衛隊員に冒険者IDが表示されたスマホ画面を見せ、バリケードに隙間を開けてもらう。そこから先へ一歩踏み込んだ瞬間、体が一気に軽くなった。


「うわっ! やっぱり、わかってても違和感半端ないですね!」


「まさか、東京の街並みの中でステータスの恩恵を受けられるだなんてね……」


 既存のダンジョン以外の場所でステータスの恩恵を受けたことに驚く冬華と美奈津。古都は伏見とこの文京区で既に体験済みだったが、それでも違和感は拭えない。


 抱えていた〈虎斬丸〉を片手で持って軽くジャンプする。新宿や池袋の地下に広がるダンジョンの内部と、感覚は同じだ。けれど見上げればまだ夕暮れとも言えない明るさの空が広がっている。薄暗く閉塞感漂うダンジョンとは大違いだ。


 ダンジョン化した地域に入って歩くこと10分ほど。この辺りの住民の避難は完了しているようで、街全体を静寂が包み込んでいる。人が居ない日中の東京の街並みというのは、かなり不気味に感じられた。


「避難誘導はここからもう少し先の地域で行われているみたいだ。二人とも、まずはそっちへ向かおうか」


「……待ってください、冬華ちゃん先輩、古都ちゃん先輩。これは……ちょっとまずいかもですよ」


「美奈津ちゃん……?」


 ダンジョンに入って早々、美奈津はアスファルトの地面に片膝をついて、目を瞑りながら意識を集中させている。彼女が持つ索敵のスキルを発動させているのだろう。


 以前は30メートルほどの範囲までしか索敵できなかったが、レベルが上がったことで今の彼女は50メートルの範囲で索敵を行うことができる。


「……居ます。この近くに、モンスターが」



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