第85話 夜の旅
新宿駅にある冒険者協会の支部のロッカーに預けていた装備一式を受け取り、俺は新宿駅近くのバスターミナルへ向かった。
予約した夜行バスの出発時間まではまだ少しある。
コンビニで買ったおにぎりを食べながら、待合室で出発時刻を待つことにする。
「どちらまで行かれるのかしら?」
わざわざ隣に座ってきた少女が俺にそう問いかけた。
「ちょっと青森まで一人旅でもと思ってな。そっちは?」
「あたしも青森まで一人旅」
「考えることは一緒だったか……」
隣を見ると、新野はコンビニ袋からサンドウィッチを取り出して食べようとしている所だった。まさかこんな所で出会ってしまうとは。
「……なに、あげないわよ?」
「いらねーよ。とんだ偶然もあったもんだと思っただけだ」
おそらく新野も帰宅してからバスの予約をしただろうから、もしかすると乗るバスまで一緒かもしれないな。当日のぎりぎりで予約できるバス会社は確か一社しかなかったはずだ。
「偶然ねぇ。それにしても水臭いじゃない。あんた一人で浪川さんを手伝いに行こうとするなんて」
「お互い様だろ、それは。第一、浪川さんが本当に恐山ダンジョンに居るとまだ決まったわけじゃない」
「……それでも行くんでしょ?」
「まあな。…………俺も、可能性があるなら縋りたいからな」
……あのまま、結ちゃんが弱って死んでいくと知って、何もせずに居ることは出来なかった。ほんの少しの可能性であっても、結ちゃんを元気にする方法があるのなら。俺はその方法を諦めたくない。
仮に浪川さんが恐山ダンジョンに居なくても、最奥まで行って霊薬があるのかどうかを確かめるつもりだ。
「このこと、古都には伝えたの?」
「いちおう後でチャットを送ろうとは思ってる。そっちは伝えたのか?」
「まだよ。今送ったら追いかけて来ちゃうでしょ?」
「そうなるよなぁ……」
俺たちがこれから向かう恐山ダンジョンは、日本に残る5つの未踏破ダンジョンの内の1つ。日本で五指に残る最難関ダンジョンだ。
俺たちがこれまで潜ってきたダンジョンとは、危険度は比較にならない。Bランク制限のある新宿ダンジョンの下層で余裕をもって戦えるようになった俺達でも、どこまで通用するかは未知数だ。
そんなところに秋篠さんは連れて行けない。
本音を言えば新野も連れて行きたくなかったのだが、まさか新野も一人で青森に行こうとしていたなんて完全に予想外だ。残れと言っても聞く耳は持ってくれないだろう。
「そろそろ時間みたいね」
「行くか」
バスの出発時刻が近づき、俺たちは待合室から出て停車していたバスに乗り込む。やはり新野とは同じバスで、席も通路を挟んで隣という近さだった。
「何だか少しわくわくしちゃってるわ」
「そうだな……」
もちろん事情が事情なので心の底から夜の旅を楽しむという感情にはなれないが、ほんの少し気分が高揚してしまうのはわかる。普段とは違う環境にちゃんと寝られるかだけが心配だ。
バスは22時過ぎに新宿駅のバスターミナルを出発し、予定では明日の8時半頃に青森駅へ到着する。
秋篠さんたちにチャットを送り、眠ろうとしたのだがやはりあまり寝付けなかった。新野もまとまった睡眠はとれなかったようで、途中バスがSAに停まったため俺たちは降りて休憩をすることにした。
「んぅーっ!」
バスを降りて早々に、新野は腕を伸ばしながら体を反らして伸びをする。俺も真似をして体を伸ばすと心地よかった。そこそこ良いグレードの夜行バスだけあって座り心地は悪くなかったが、やはり数時間も座りっぱなしは体が硬くなる。
「確か1時間ほど休憩よね? せっかくだしサービスエリアを見て回りましょ」
「こんな夜中でも店やってるんだな」
時刻はとっくに0時を回っているが、SAの建物内には明かりがついていて人もまばらだが土産物を見て回ったりフードコートで食事をしたりしている。こんな時間に滅多にこんな場所には来ないから、何というか新鮮だ。
「ちょっとお腹空いたかも」
「出発前にサンドウィッチ食べてただろ」
……とは言いつつも、俺もじゃっかん小腹が空いている。フードコートが営業中でどこからともなくいい匂いが漂ってくるから仕方がない。
こんな夜中に食べる夜食の誘惑には勝てず、俺たちはフードコートで食事をすることにした。新野が先にラーメンなんて注文するから、俺まで同じものを注文してしまう。深夜に食べるラーメン……この背徳感がたまらなく食欲を掻き立てる。
ラーメンを食べ終わって空腹が満たされると、自然と眠くなり始めた。トイレを済ませてバスに戻り、うとうとしていたらバスが出発する。そのまま寝入ってしまい、目が覚めた頃には朝になっていた。
バスは予定通りに青森駅に到着し、ここからは電車と路線バスを乗り継いで恐山へ向かう。
昨晩東京を出発してからここまでで約半日。ようやく辿り着いた恐山だが、このままダンジョンに入るというわけにもいかない。俺たちはBランクまでの立ち入り制限を免除されているが、恐山ダンジョンの立ち入り制限はAランクだ。
無断侵入も最悪の場合には一つの手だが、幸い俺達にはダンジョンに入る当てがあった。
恐山ダンジョン最寄りのバス停からすぐ近くの喫茶店に入り、あらかじめ昨晩の内に連絡を入れていた人を待つ。
喫茶店に入って10分と経たず、その人は来てくれた。ぼさぼさの髪によれよれのスーツという、俺たちのよく知る姿で。
「まさか、こんなにも早く君たちと再会するとは思ってなかったよ。久しぶりだね、土……えーっと、あ、そうそう。土ノ日くんだ。それに彼女さんも」
久次さんは相変わらず、勘違いをしたままだった。
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