第80話 世界を救うために
関西方面で活動するAランク冒険者が次々と到着したことで救助活動が本格化し、俺たちもAランク冒険者の護衛を受けながらダンジョンから脱出することができた。
ダンジョン化の被害者はもれなく近隣の病院へと搬送されているそうで、俺たちもマスコミからの目隠しとして張られているブルーシートの脇を通って救急車に乗り込み、病院へと搬送された。
怪我の程度が酷かった神田と大塚さん、新野が処置室に運ばれていく。秋篠さんと共に待合室で冒険者協会の職員さんからの聞き取りを受けていると、真っ先に処置室から出てきたのは神田だった。
頭には包帯を巻いているものの、たいした怪我ではなかったようだ。
職員からの聞き取りも終わって、俺たちは大塚さんと新野の処置が終わるのを待つことになった。
「……くそったれが!」
落ち着かない様子で頭を掻き毟り、神田は壁に拳を打ちつける。
「お、落ち着いて、神田くんっ」
「……すまねぇ、秋篠さん。けどよぉ、あいつのせいで夢や新野さんが! それに、純平まで……!」
神田が取り乱したのは、冒険者協会の職員から上野がまだ見つかっていないという知らせを受けたからだった。
……上野のことを、俺はまだ誰にも伝えられていない。俺自身が混乱してまだ受け入れられていない部分もあるし、何よりどう伝えたらいいのかもわからなかった。
俺は上野を探しに行って、そのままモンスターと戦って上野を見つけられなかったことになっている。
ただ、この嘘はいずればれてしまうだろう。救助活動が落ち着けば愛良と、彼女と共に居た少年が上野と戦ったことを証言するはずだ。そうすれば、上野が今回のダンジョン化に関連していることが冒険者協会に伝わる。当然、俺の嘘もばれることになるはずだ。
それでも、せめて神田と大塚さんには……。
「委員長、目が覚めたわ」
処置室の扉が開き、新野が顔を出す。彼女も軽傷だったようで腕や足に包帯を巻いているものの大事には至っていなかったようだ。
一番の怪我人は大塚さんだった。神田の話では青い髪の少女に襲われ、新野が助けに入らなければ危うく魔法で溺死させられるところだったようだ。
おそらく神田たちを襲ったのは上野の仲間だろうが……。考えるのは後回しだ。神田に続いて、俺と秋篠さんも処置室の中に入る。
大塚さんは腕に点滴の針を通され、ベッドの上に横たわっていた。
「夢っ!」
そんな彼女の元に神田は一目散に駆け寄り、点滴とは反対側の手をギュッと握りしめた。
「よかった……、本当によかった……っ!」
「りょうご……? うえの、くんは……?」
処置室に入ってきた俺たちを見渡して上野が居ないことに気づいたのだろう。大塚さんは意識を朦朧とさせたまま神田に問いかける。
「……っ! 純平は……」
「上野なら心配ない。きっとすぐに会えるよ」
言い淀む神田を遮って俺がそう伝えると、大塚さんは「そっか……」と安心したように呟いて瞼を閉じた。すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。回復まではもう少しかかりそうだ。
「……すまねぇ、勇。嫌な役を押し付けちまった」
「気にしないでくれ」
嘘ならもうとっくについている。一つ二つ塗り重ねた所で変わりない。
「……土ノ日、話があるわ」
「俺もだ、新野」
大塚さんに付き添っている神田と秋篠さんに断りを入れ、俺と新野は処置室を出て二人きりで話せる場所を探し病院の屋上へ辿り着いた。
太陽が傾いて西日が差している。本来なら今頃、6人で京都観光を楽しんでいたはずだったんだけどな……。学校側には冒険者協会から連絡を入れてもらっているはずだが、きっと大騒ぎになっているだろう。
……いや、学校だけじゃない。ちらりと屋上から下の様子を見ると、病院前には大勢のマスコミ関係者が詰めかけている。稲荷山の方角には何台ものヘリが飛び交っていた。今回の一件では日本中どころか世界中が大騒ぎになっているはずだ。
「怪我の調子はどうだ?」
「平気よ。……気分は最悪だけど」
「そっか……。お互い、何があったか話し合おうぜ。一人で抱え込むのも限界なんだ」
「そうね。あたしも、あんたに聞いて欲しいことがたくさんあるの」
俺たちはお互いに、稲荷山での出来事を報告しあった。上野の件も、ここでようやく実際の出来事を吐き出せる。ほんの少しだけ、胸の痛みがマシになったような気がした。
「上野君があたしたちと同じように前世の記憶を持っていたなんて……」
「そっちはエルフの聖女か……」
聖女アクリトの名は上野の口からも語られていたが、まさかエルフだったなんてな……。あのリース国教会がエルフを聖女と認めるとは考えづらい。エルフ族がリース王国内部でそれだけの権力を得る何かがあったのだろうか。
「ねぇ、本当なの? 前世の世界が、こっちの世界に侵攻を企てているなんて」
「上野の言葉を信じるならな。聖女アクリトは何か言ってなかったのか?」
「……滅び行く世界を救済すると言っていたわ。とても信じられなかったけど」
「そうだな……」
神田や新野から聞いた話から判断すれば、聖女アクリトが信用に値する人物だとは思えない。上野の言葉に嘘は感じなかったが、そもそもの情報源がアクリトであった場合には疑わざるを得ないだろう。
「前世の世界からこっちの世界に攻め込める方法があるってことよね。それに必要なのがこの世界のダンジョン化なのかしら」
「おそらくそうだ。こっちの世界は今のままじゃ、ダンジョン以外ではステータスの恩恵を受けられない。それが前世の世界の人間にも当てはまるとしたら、侵攻は自殺行為だろうからな」
仮に戦争になった場合、こっちの世界の科学力や軍事力は前世の世界を遥かに凌駕している。それと対等に戦おうと思えば、ステータスの恩恵を得ることは不可欠だ。魔法なども使えるようになるし、そうなればこっちの世界の優位性は容易く崩れてしまう。
「じゃあ今後も、今回と同じような事が起こり続けるってことよね……」
「そうなるな……」
ようやく一歩を踏み出せたと上野は言っていた。だとしたら、二歩目三歩目もあるということだ。上野たちは今後、世界各地で今回と同じようなダンジョン化を進めていくだろう。それを止める手立てを、今のところ俺たちは持ち合わせていない。
「上野くんはそのために、この世界に転生してきた……」
「上野は聖女アクリトの秘術で転生したと言っていたがどう思う? 俺たちもそうだと思うか?」
「……たぶん違うわ。アクリトはあたしのことをイレギュラーと呼んでいたもの。彼女が言う転生をあたしたちがしたのだとしたら、聖女アクリト以外の誰かの仕業よ」
「誰かの仕業か……」
皆目見当がつかないが、俺たちが前世の記憶を思い出したことが偶然じゃないとわかっただけでも収穫だろうか。
考えるべきことはまだ山ほど残っている。ただ、今ここで新野に確認しておくべきことがある。
「新野、俺はあんな悲惨な戦争を繰り返したくない。だから、力を貸してくれないか?」
「もちろんよ。もう二度と戦争なんて起こさせない……!」
あの悲惨な戦争を経験した一人の人間と、一人の魔族として。
そして、この世界に生きる人間として。
アクリトや上野たちが仕出かそうとしていることを認めるわけにはいかない。
……ただ、今の俺たちには戦争を止めるだけの力はない。二つの世界の戦争を止めるためには協力者が必要だ。
俺は屋上へと続く階段の踊り場、少し開いた扉に向けて呼びかける。
「秋篠さん、俺たちの頼みを聞いてくれないか」
俺の呼びかけに扉の向こうから物音がして、バツの悪そうな表情をしながら秋篠さんが顔を出した。処置室から追いかけて来ているのは気づいていたのだが、あえて気づかないふりをしていた。
「ご、ごめんなさいっ! その、二人が何を話すのか、気になって……」
「構わないわ。いずれ古都にも話そうと思っていたから」
「秋篠さん。君のお兄さんの力が借りたい。場所をセッティングしてもらえないか?」
「お兄様の……?」
「ああ。……頼む、秋篠さん。世界を救うために、協力者が必要なんだ」
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