第67話 修学旅行1日目

 早朝5時過ぎ。普段よりも2時間も早く支度を整えた俺は、玄関先で小春に見送られながら家を出ようとしていた。


「おにぃ、気を付けてね。それからお土産よろしく」


 今日は修学旅行当日。6時に品川駅に集合し、6時30分過ぎの新幹線で関西へと向かうスケジュールだ。


 早朝ということもあってこっそり家を出ようと思っていたのだが、小春が眠たそうに眼をこすりながら見送りに来てくれた。わざわざ早起きした理由は言わずもがな、お土産の無心だろう。


「何を買ってくればいいんだ?」

「京漬物……えっと、かぶの千枚漬け?」

「渋いな」

「ってパパとママが言ってた」

「憶えてたら買ってくるって言っておいてくれ」


 小春がいつの間にか大人の階段を上ったのかと思ってビックリした。父さんたちからの注文なら納得だ。


「それから私は生八つ橋。餡子と生クリームが入ってるやつがあるんだって。他にもイチゴとか、みかんとか」

「バラエティー豊かなんだな……。わかった、いろいろと探してみるよ」


 そんな色物の生八つ橋がそう簡単に見つかるとは思えないが……。とにかく注文を頭に叩き込んで、わきに置いていたキャリーバックを手に取る。


「それじゃ、行ってきます」

「うん。いってらっしゃい、おにぃ」


 小春に見送られながら家を出て、最寄駅から品川駅へ向かった。まだ朝のラッシュ帯には早い時間。がらがらの車内で悠々と座席に座ることができた。集合時間には少し早めに着いてしまったものの、集合場所の新幹線の改札前には既に大勢の生徒が集まっていた。


 そんな生徒たちの中から、俺の姿を見つけたのか表情をぱぁっと明るくした秋篠さんがこっちに駆け寄ってくる。


「おはよ、土ノ日くんっ!」

「おはよう、秋篠さん。昨日の夜ぶりだな」

「う、うんっ!」


 昨晩、俺は秋篠さんの家を訪ねて育人さんに稽古をつけて貰っていた。テスト期間はさすがに通えなかったものの、あれから週に4日ペースで様々な戦い方を学ばせて貰っている。昨日は武器を持った人型モンスターを想定しての立ち回りを教わった。


「土ノ日くん、疲れてない? お父様、土ノ日くんが来るといつも張り切っちゃうから……」


「大丈夫だよ。ほんの少し筋肉痛だけど、おかげでよく眠れた」


 育人さんとの稽古の日は程よい疲労感と充実感でぐっすり眠れる日が多い。昨日はおかげで危うく今日の準備をせずに寝入ってしまうところだった。睡魔に打ち勝ってキャリーバッグに荷物を詰めていなかったら、今頃大騒ぎだっただろう。


「秋篠さんはよく眠れたか?」

「わ、わたしは少し寝不足かな……。今日のことが楽しみでなかなか寝付けなくって」

「その気持ちはすごくわかるよ。いい思い出を作ろう、秋篠さん」

「う、うんっ!」


 しばらく秋篠さんと話していると新野や神田たちも揃って、集合時刻になって学年主任の先生からの話がしばらくあった後に新幹線へと乗り込んだ。降りる駅は滋賀の米原という駅で、修学旅行1日目は滋賀での自然体験学習と伝統工芸体験となっている。


「楽しみだよなぁ、琵琶湖! あれだろ、滋賀県って半分が琵琶湖に沈んでるんだろ?」

「それ、滋賀の人に言ったら怒られるやつだよ、良悟。実際は面積の約六分の一が琵琶湖なんだって。しおりに書いておいたでしょ?」

「それでもめちゃくちゃデカくね!?」

「そりゃ日本で一番大きな湖だからな」


 そして、その地下には日本でも有数の巨大ダンジョンが眠っている。……そういえば、琵琶湖ダンジョンを攻略している愛良や恋澄は元気にしているだろうか。せっかくの滋賀に行く機会だが、学校行事だし会うことは難しいだろうな。


「あ、富士山!」


 と、静岡に差し掛かった頃に右側の席に座っていた大塚さんが声を上げた。うちの学校の生徒で貸し切り状態になっている車内がにわかに沸き立つ。今日は6月とは思えない快晴で、車窓には富士山がとても綺麗で色鮮やかに写っていた。


「晴れてるからすごく綺麗ね……! 古都、写真撮りましょっ!」

「う、うんっ!」

「ほら、土ノ日たちもっ! 天城せんせー、写真撮ってくださーいっ!」


 新野はちゃっかり担任の天城先生にスマホを渡して、俺たちを自分たちの座席に呼び寄せた。座席が向かい合わせにしてあるとはいえさすがにちょっと狭いものの、身を寄せ合って何とか画角に収まる。


「撮りますよー。はい、チーズ」


 カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッ! となぜか連射機能が作動して俺たちは堪え切れずに爆笑した。そんなこんな楽しく過ごしながら新幹線で移動すること2時間ちょっと。ようやく米原駅に到着する。


 そこからバス移動で約40分。ここからはクラス単位での自然体験学習と伝統工芸体験で、俺たちのクラスはまず琵琶湖沿いにあるレジャー施設に到着した。ここではカヌー体験と施設内のキャンプ場で飯盒炊飯を行うことになっている。


 施設の建物内で濡れても大丈夫な服に着替えて外に出ると、俺たちの目の前には巨大な湖が広がっていた。


「琵琶湖マジでっけーっ!」


 神田が思わず叫んでしまう気持ちもわかる。


 さすがに水平線は見えないが、対岸の町並みがとても小さい。テレビや写真で見る琵琶湖は高い位置から撮ったものが多くていまいち大きさが伝わって来なかったが、実際に波打ち際に立つとそのとんでもない広さが実感できる。


 カヌー体験はだいたい2時間ほど行われた。


 その後は各班に分かれての飯盒炊飯。火を起こすところから始まり、各班で飯盒を使ってご飯を炊いて、同時にカレーを作る。


 火起こしは神田に、飯盒は上野と大塚さんに任せ、俺と新野と秋篠さんはカレーの下準備に取り掛かった。普段から料理をする俺たちが作業を分担すると瞬く間に下準備は整い、あとは鍋で煮詰めるだけになる。


「3人とも手際良すぎじゃね!?」


 苦戦しながらようやく火を起こした神田が俺たちの作業速度に驚いていた。


「普段から家の手伝いをしてたら普通だろ」

「そう言われると耳が痛いよ……」

「私も……」


 水場で米を研いで来た上野と大塚さんが揃って気まずそうな顔をする。二人も料理はあまりしないみたいだ。


 鍋と飯盒を火にかけた俺たちの班は、どこよりも真っ先に昼食の準備が整った。先に食べていいとのことだったので、一番眺めのいい席でカレーを食べることにする。


 大自然の元、皆と食べるカレーの味は最高だった。


 その後、片付けを終えた俺たちはバスでタヌキの置物で有名な信楽というところへ移動して、信楽焼の絵付け体験を行った。皿に絵を描くだけだったが、絵を描いた皿は焼いてから学校へ送ってくれるそうだ。


 そうした体験も終えて、俺たちが乗ったバスは今日と明日の宿泊先である京都市内のホテルへと出発する。修学旅行1日目はあっという間に過ぎ去っていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る