第66話 勉強会

 その日、修学旅行の自由時間を回る班の班長に就任した大塚夢さんの号令で、大塚班の俺たち6人は放課後に集まって勉強会を行うことになった。


「私が班長に就任した以上、班員から補習者は絶対に出させないっ!」


 という大塚さんの確固たる信念のもと開かれた勉強会の会場は、班員の上野純平の部屋だった。ファミレスやファーストフード店では集中できないという理由から誰かの家でやろうという話になって、そこで上野が手を挙げたのだ。


「ごめんね、純平くん。場所を用意してもらっちゃって」

「いいよ、大塚さん。みんなで修学旅行に行けるように頑張ろうね」


 学年一の頭脳を持つ上野が居てくれるのがめちゃくちゃ心強い。俺はこのままじゃ赤点ギリギリか、下手すれば補習も十分にあり得る。勉強は正直あまり得意じゃないのだ。


「せっかくの修学旅行なのに赤点だったら行けねぇとかマジないわー。テストとか赤点以外取ったことねぇってのによぉー」


 上野の家に向かう道すがら、神田良悟が頭の後ろで腕を組んで不満を口にする。それを聞いた大塚さんは額に手を当てて溜息を吐いた。


「よく留年せずに進級できたものね……」

「おぅ! 毎日欠かさず補習に通って先生とも仲良くなったからな!」

「このコミュ力お化けめ。というか、毎日行ってる時点でダメでしょ……」


 それで何とかなってしまうのが神田の凄いところだ。こいつなら仮に補習になってもなんだかんだ修学旅行には参加できてしまいそうだな……。


「そういえば、新野ってうちの学校に来て初めてのテストだろ? 勉強のほうは大丈夫そうなのか?」


 俺が後ろを秋篠さんと歩いていた新野に問いかけると、彼女は「もちろんよ」と髪をかき上げた。


「勉強で困ったことは一度もないわね。前の学校でも成績は上のほうだったし、問題はないと思うわ」


「へぇー、人は見かけによらないんだな」

「おいこらどういう意味よっ!」

「ぐぉっ!?」


 後ろから思いっきり襟を引っ張られて首が絞まった。し、失言だったか……。


「あはは……。わたしはあんまり自信ないなぁ」


 俺たちのやり取りを見ていた秋篠さんがポツリと呟く。それを聞いて新野は意外そうな顔をした。


「古都ってそこそこ勉強が出来る方だと思ってたわ。国語とか得意そう」

「よ、よく言われる……。数学に比べれば確かに得意だけど、そこまでテストの点数がいいわけじゃないよ」


「そうなのね。……ということは、数学とかけっこうヤバめ?」


 秋篠さんはしばらくの沈黙の後、こくりと頷いた。新野はそんな秋篠さんの傍に寄って、頭を優しく包み込むように抱きしめる。


「大丈夫よ、古都。あたしが絶対にあなたを修学旅行に連れて行ってみせるわ」

「ま、舞桜ちゃん……!」

「……あのー、新野さん。俺もちょっと勉強の方がですね……」

「ごめん、土ノ日。あたし、古都の専属家庭教師だから」


 せっかくだから一緒に勉強を教えてもらおうと思ったら歯牙にもかけられなかった。く、くそぅ……。やっぱり上野に頼るしかないか。


 なんてやり取りをしながらたどり着いたのは、学校から徒歩10分の高層マンション。その中層階の一室に上野家があった。


「どうぞ。両親は遅くまで帰って来ないからゆっくりして行ってよ」

「お邪魔しまーす! うぉお! 何度来ても純平の家すげぇよなぁ!」


 広々とした5LDKのマンションは、何なら俺の住む一軒家よりも広いかもしれない。上野のご両親がどんな仕事をしているか知らないが、かなり裕福な家庭なのは間違いなさそうだ。


「ここがぼくの部屋だよ。飲み物をとってくるから、みんなはくつろいどいて」

「あ、私も手伝う! 一人で持ち運ぶのは大変でしょう?」

「ありがとう、大塚さん」


 俺たちを自室に案内した上野は、大塚さんと一緒にキッチンへと向かう。その様を見て、


「あの二人って仲良いよなぁ」


 神田がポツリと呟いた。普段のテンション高めな声音ではなく、本当に心の底から出たような呟きが妙に耳に残った。


「いいんちょーと上野君ってクラス委員だし、よく一緒に居るところを見かけるわね。もしかしたら、付き合ってたりして」


「そ、そうなのっ?」

「そう見えるってだけよ。でも、お互いに悪い印象は抱いてないんじゃないかしら」


 なるほどなぁ……。確かに教室でもよく話している所を見かける二人だ。もし付き合ったらお似合いのカップルかもしれない。


 なんて考えていると、


「ま、どうでもいいべ。それよかべんきょーしよーぜ、べんきょー」


 神田はさっさと絨毯の上に座って、部屋の中央にあるローテーブルに教科書を広げ始める。まさか神田に勉強を促されるとは思わず、俺たちは顔を見合わせてしまった。


 確かにここで立ち話をしていていても時間が無駄になるだけか。俺たちも神田を見習ってローテーブルに教科書とノートを並べる。そして、オレンジジュースを入れたコップを持ってきた上野と大塚さんを交えて勉強会が始まった。


 6人の内、勉強が出来るメンバーは新野、上野、大塚さん。この3人が、それぞれ秋篠さん、俺、神田とペアを組んで勉強を教える流れになった。


「どうして私が神田とペアなの……」


「そう落ち込むなって、委員長! 俺ちょー頑張るからさ! というわけでさっそく教えてくれ!」


「……はぁ。どこがわからないの?」

「全部っ!」

「…………上野君助けて」


 大塚さんから助けを求められた上野はと言えば、二人のやり取りを見てニコニコと笑っているだけだった。結局、なんだかんだ言いながら大塚さんは神田に勉強を教え始める。神田も真面目にペンをノートへ走らせていた。


「あの二人、本当はすごく仲がいいんだよ」

「そうなのか?」


 俺たちから見たら上野と大塚さんの方が仲良さそうに見えるけどな。本人的にはそうでもないんだろうか。


「ほら、土ノ日くん。手が止まってる。ぼくらも頑張ろう」

「あ、ああ。頼む」


 その後も俺たちは中間テストに向けて定期的に勉強会を開き、何とか全員が赤点を回避することに成功したのだった。


 そしていよいよ、修学旅行が始まる。


 だが。


 そこで俺たちが生きるこの世界を大きく揺さぶる出来事が起こるなんて、この頃はまだ知る由もなかったんだ。




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