第63話 (実力を)認めさせてみせるから
全面畳張りの広々とした稽古場の中央、道着姿で胡坐をかいていた男性はゆっくりと立ち上がる。俺よりも二回りは大きい立派な体格。鍛え抜かれた肉体は道着の上からでもわかるほどで、その精悍な顔つきは虎を連想させる。
「秋篠家28代目当主、秋篠育人(あきしの・いくと)だ。早速で悪いが手合わせを願おうか。娘が欲しければ私を倒してみせなさい」
「お、お父様っ!」
やっぱりとんでもない誤解がされてたな……。
秋篠さんは顔を真っ赤にして、慌てた様子で父親に語りかける。
「つ、土ノ日くんとはそういう関係じゃありません! 今日、土ノ日くんに来てもらったのは盾を――」
「古都、黙っていなさい。私は土ノ日君に訊いているのだ」
育人さんの歯に衣着せぬ物言いに、秋篠さんは言葉を詰まらせる。
真っすぐに見据えられた俺は、首を縦に振った。
「わかりました」
「つ、土ノ日くん……!?」
驚いた様子の秋篠さんを尻目に、俺は一歩前に出た。
育人さんは俺の実力を図ろうとしている。誤解を解くためにも、まずは実力を認めてもらうところからだ。実際に戦って、満足したら落ち着いて話も聞いてくれるだろう。
それに何より、あの久次さんの師匠だという育人さんに興味がわいた。
「ぜひ手合わせさせてください」
「いいだろう。ならばそこの壁にある武器から好きなものを選びなさい。もちろん、ステゴロでかかってきても一向に構わん」
さすがに素手で挑むのは無謀な気がするので、壁にあった武器の中から木剣を選んだ。木で出来ているはずなのにずっしりと重い。中に鉄が仕込まれているとかそういうわけではなく、単にステータスの恩恵がないからそう感じるだけだ。
思えば、ダンジョンの外で戦うのは初めてだな……。
前世の記憶を思い出すまでは、平凡でありきたりな毎日を過ごしてきた。もちろん喧嘩なんてしたことはないし、人を殴ったりしたこともない。習い事も水泳くらいで、こういう事とは無縁の生活を送ってきた。
ダンジョンの外だと凄まじい違和感がある。だけど、やると言ったからには引くわけにもいかない。秋篠さんや新野の前で「やっぱり辞めます」なんてダサいこと言えるわけがよな。
「土ノ日くん、お父様がごめんなさい……」
申し訳なさそうに謝る秋篠さん。俺は彼女を安心させるために笑みを作って答える。
「気にしないでくれ、秋篠さん。大丈夫、必ず秋篠さんのお父さんに認めさせてみせるから」
そして、誤解を解いて秋篠さんが俺のために用意してくれた盾を譲り受けてみせる。
そういう意味での発言だったのだが、
「み、認めてもらうって! そ、それってつまりわたしのことを……っ!」
ふらぁ~……と、なぜか顔を真っ赤にした秋篠さんがよろめいて新野に抱き留められていた。ど、どうしたんだ急に……!?
「あ、秋篠さん……!?」
「まったく……。大丈夫よ、ちょっと逆上せただけだと思うわ。あたしが見ておくから、あんたはさっさと誤解を解いて盾をもらってきなさいよ」
「お、おう……。秋篠さんのことは頼む」
秋篠さんを新野に任せ、稽古場の中央で待つ育人さんの元へ向かう。彼の手には俺と同じ木剣が握られていた。どうやら初めから同じ武器で相手をしてくれるつもりだったようだ。
「ルールは無用。いつ、どこからでもかかってくるといい」
……なるほど、ダンジョンでの実戦を想定した手合わせというわけか。実戦ではルールも始まりの合図もない。取るか取られるか、生きるか死ぬかだ。
どこからでも良いのなら、
「はぁっ――!」
俺は正々堂々、真正面から斬りかかる!
「ほぅ、良い度胸だ。筋もいい。剣の扱いにもなれているように見える。……だが」
……硬い。まるで岩を叩いているかのように、何度鍔迫り合いをしてもまるでびくともしやしない。俺の斬撃はすべて受け止められて届かず、それどころか一歩よろめかせることすら叶わない。
「ステータス頼りの攻め方がこの場で通用するものか!!」
「ぐっ……!?」
育人さんの一振りに、俺はその威力を殺しきれず吹っ飛ばされた。受け身も取れずに畳の上を転がる。なんてパワーだよ、くそっ……!
「ダンジョンでもそうやっていつまでも寝ているつもりか!?」
「……っ!?」
追撃の蹴りが間近に迫り、俺は咄嗟に飛び起きて距離を取った。容赦する気がまったくないな、この人……!
「はぁ、はぁ……くそっ」
たったこの程度でもう呼吸が荒れている。ダンジョン内ならどれだけ動いても息が切れねぇってのに……! ダンジョンの外だとただの高校生のままってことか……!
「その程度で息が上がるとは……。鍛錬が足りていない証拠だな。君は冒険者だと聞いていたが、呆れたものだ。この程度で限界を迎えている者に、誰かを守ることなんぞできるものか!」
「……っ!」
育人さんの言うことを何一つ否定できない。前世からずっと、俺はステータスに頼った戦い方しかしてこなかった。ステータスやスキルの力を駆使して真正面からぶつかって勝つ。それで何とかなっていたから、別の戦い方の必要性すら感じなかったのだ。
……だけど。
GWの時、俺は危うく小春を失いかけた。俺にステータスに頼らない戦い方ができていたなら、ナーガにもあそこまで苦戦してボロボロにならずに済んだだろう。〈魔力開放〉さえ使わずに済んでいたら、ナーガラシャを復活させることもなかったはずだ。
俺に必要なのはステータスに頼らない戦い方。それは、ダンジョンの中では絶対に身につかないものだ。
なにか今、試してみるか……?
「はぁああああああああああっ!」
俺は再び、真正面から斬りかかる――フリをした。右手で振り下ろした剣は軽々と弾かれるが、構わず左足を前に踏み出す。そして全力の左ストレートを育人さんの顔に叩き込んだ。
「うむ、悪くはない。……だが、パンチとはこういうものだ!」
カウンターで突き出される左の拳が、気づいたときには容赦なく俺の顎へ突き刺さっていた。
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