第62話 秋篠さんの家

 チャットに送られてきた地図を頼りに辿り着いた秋篠邸は、俺が想像していた5倍は大豪邸だった。国友家も相当な広さの邸宅だがその比じゃない。


 武家屋敷のような……というより武家屋敷そのもので、土塀が遥か遠くまで続き立派な門の前には警備員が二人配備されていて常に周囲を警戒している。


「……帰りてぇ」


 思わず呟いた俺の背中を、新野がバシッと引っ叩く。


「ここまで来てなに尻込みしてるのよ、ゆう……アレのくせに」

「仕方がないだろ。ゆう……アレでも緊張するものは緊張するんだよ」


 というか、赤面するなら言わなきゃいいだろ……。


 ダンジョンの中では、勇者やら魔王やら口にするのにそこまで抵抗を感じない。それはきっと、ダンジョン内の環境が前世の世界に近いからだろう。その影響で俺たち自身が前世と自分を同一視してしまっている部分がある。


 あまり良い傾向とは言えないが……、とりあえずダンジョンの外ではまだ恥じらいを感じているあたり大丈夫だとは思いたい。ダンジョンの外でも勇者だの魔王だの言い始めたら末期だな。痛々しいにも程がある。


「とにかく! ここまで来たんだから男らしく乗り込みなさいってば! 娘さんを俺にくださいって勢いで!」


「勢いあまってとんでもないこと口走ってるじゃねぇか」


 そんなこと言ったら話が余計に拗れそうだ。俺が貰いに来たのは秋篠さんじゃなくて、秋篠さんが俺の誕生日プレゼントとして用意してくれた盾なんだが……。


 ……まあ、確かにここでくよくよしてても仕方がないな。いつまでも立ち話をしていたら警備員さんにも怪しまれてしまいそうだ。


 俺は意を決して警備員さんに話しかけた。すると既に秋篠さんから連絡がついていたようで、警備員さんは詰め所に入って電話をかけ、門の横の小さな扉を開けてくれた。


 中に入ると広々とした立派な日本庭園が広がっている。青々とした芝生や、滝が流れ錦鯉が悠々と泳ぐ池。石灯篭が幾つも並ぶ通路の先には枯山水のエリアもある。

 凄いな……。もはや邸宅というより観光名所の雰囲気だ。


「つ、土ノ日くんっ! 新野さんっ!」


 と、建物の方から藍色の着物姿の小柄な人影がこっちに駆け足でやってくる。


 秋篠さんは俺たちの傍まで来ると、ふぅふぅと乱れた息を整えた。


「よ、ようこそいらっしゃいました!」

「お邪魔します、秋篠さん」

「古都、着物似合ってるわね。それ私服?」


「う、うん。あ、でも家の中だけだよ? さすがに外に出るときはお洋服かな」

「うんうん、似合ってる似合ってる。…………ちょっと、あんたも何か言いなさいよ」


 新野に肘で突かれる。何か言えって言われてもな……。


「あー、えっと。俺も似合ってると思うよ。着物の秋篠さんも可愛いなって」

「か、可愛いっ!?」


 頬に手を当てた秋篠さんの顔がみるみる赤く染まっていく。ちょっとダイレクトに褒めすぎてしまっただろうか。女子の服装をどう褒めるのが正解かなんてわからないんだよな……。


「着物の秋篠さん『も』ねぇ。ふぅーん……」

「な、なんだよ」

「べっつにぃー」


 新野はどこか拗ねたように唇を尖らせそっぽを向く。ちなみに今日の新野は白のTシャツに水色のオーバーオールというシンプルな服装をしていた。


「新野も似合ってると思うぞ。素材がいいとやっぱり何着ても合うんだな」

「…………はぁ。待ち合わせすぐに言われてたら素直に喜べたのに」


 まあいいわ、と新野は溜息を吐いて苦笑している秋篠さんを促し歩き始める。秋篠さんのお父さんは稽古場に居るそうで、秋篠さんはそっちに案内してくれた。


「家の中に稽古場があるってことは、秋篠さんの家って何かしらの流派に属してるのか?」


「う、ううん。そういうわけじゃないの。秋篠家は昔から冒険者の家系で、稽古場はダンジョンの中で生き残る術を身に着けるために鍛錬する場所……かな。だから特定の流派とかじゃなくて、色々な武術の要素を抽出したちゃんぽんみたいな感じの稽古をするの」


「なるほど……」


 様々な武術の寄せ集め。それも立派な流派にはなるだろうが、あえて型にはめずにしてあるのかもしれない。モンスターとの戦闘では咄嗟の対応力と柔軟性が問われる場合もある。決まった型ばかり鍛えても、対応力や柔軟性は身につかない。


 実戦形式の鍛錬が多いんだろうか、なんて考えながら歩いていると、前方から見覚えのある男性がこちらに歩いてきた。ぼさぼさの髪に、皺だらけのスーツは忘れるはずがない。


「あれ、見知った顔が三人並んでる」


 久次さんも俺たちに気づいたようで、俺たちの前で立ち止まる。


「こ、こんにちは、久次さんっ。お父様との稽古はお済みになられたんですか?」

「うん。久々に師匠と手合わせできて有意義な時間だったよ。新幹線の時間をずらしてまで来た甲斐があった」


 師匠? 話の流れからして、秋篠さんのお父さんが久次さんの師匠なんだろう。GWの後で知ったのだが、久次さんは日本に7人しか居ないSランク冒険者の一人だ。そんな人の師匠って、いったいどんな人なんだ……?


「えーっと、つち……つち…………ああ、そうそう。土ノ日くんだ。久しぶりだね」

「ご無沙汰しています、久次さん。それと、姿は見えませんが福留さんも」


 福留さんの姿はダンジョンの中ほどハッキリ見えないが、どうにか気配だけは感じ取れる。きっと今も久次さんの傍を漂っているんだろう。


「やっぱりダンジョンの外じゃ見えないか……。でも、久々に僕以外の誰かと会話ができてリイルも喜んでいたよ。また機会があったら、一緒にダンジョンに潜りたいってさ」


「俺からもぜひお願いします」


 Sランク冒険者から学べることはきっと沢山ある。久次さんは社交辞令で言ってくれたのかもしれないが、機会があれば本当に同行してみたいものだ。


「久次さんたちって普段どこで活動してるんですか?」


「青森だよ。普段は恐山ダンジョンの未探索領域を探索してるんだ。GWは偶然東京に用があって、奥多摩の件でしばらくこっちに釘付けにされていたけどね」

「そうだったんですか……」


 あの場面で駆けつけてくれたのは、本当に偶然だったわけだな……。久次さんが居なければ小春を守れていなかった。そう考えると、久次さんがこっちに居てくれた偶然に感謝してもしきれない。


「今日の午後の新幹線で青森に帰るんだ。青森の方へ来る機会があれば連絡してよ。ど田舎だけど案内くらいはするからさ」


 そう言って久次さんは俺と連絡先を交換してくれた。青森か……。滅多に行く機会はなさそうだが、このままダンジョンを攻略していけばいずれ恐山ダンジョンに挑戦するときも来るかもしれない。その時には久次さんに連絡を入れてみるのもいいかもしれないな。


「それじゃ、また。古都ちゃんと、土ノ日くんの彼女さんも」


 そう言って去っていく久次さんを見送り、


「……ちょっと、なんかとんでもない勘違いされてるんですけど」

「ま、舞桜ちゃんが土ノ日くんの彼女ってどういうこと!?」


 残された俺は新野と秋篠さんに事情を説明する羽目になった。そういえば誤解を解くのをすっかり忘れてたな……。


 そんなこともありつつ、たどり着いた稽古場。


 俺を待ち構えていたのはオールバックに髪を整えた、道着姿の壮年の男性だった。


「君が土ノ日勇君だな。娘が欲しければ、この私を倒して見せなさい」


 こっちにも誤解してる人居たよ……。



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