第61話 最高傑作

「なあ新野、俺はどうすればいいと思う?」

「あたしに聞かれても知らないわよ」


 秋篠さんの御父上から秋篠家への招待を受けたその日の放課後、俺と新野は二人で葛飾区にある国友家へと向かっていた。安珠から剣の試作品が出来たという連絡を受けたのだ。


 道すがら、俺は昼休みに秋篠さんを通じて受けた誘いに頭を悩ませていた。話の流れから察するに、絶対何か勘違いされてるよなぁ……。


「別に彼女の父親に会いに行くわけじゃないんだから、普通に行けばいいじゃない。ただの冒険者仲間でしょ」

「それはそうなんだけどな……」


 ただでさえ秋篠さんの家に行くというだけで緊張するのだ。そのうえ、そのお誘いが秋篠さん本人からでなく秋篠さんのお父さんからというのが何とも……。


 まあ、既に行くという返事はしてしまっている。こうなったらもう腹を括るしかない。気分はさながら魔王との決戦に挑む勇者のようだ。……さすがにそこまでではないか。


 とにかく気持ちを切り替えて、国友家にお邪魔する。インターホンを鳴らして安珠のお母さん――国友安音さんに門を開けてもらい、直接安珠の工房を訪ねた。


「おぉ! 来たか、勇!」


 中で作業をしていた安珠は、俺の姿を見るとゴーグルとマスクを外して駆け寄ってきた。


 気のせいか……? 安珠の顔がほんの少しやつれているように感じた。パッチリとした瞳の下には薄っすらとクマが浮かび、頬もGWの時よりほっそりして見える。


「大丈夫か、安珠。随分と疲れてそうだが……」

「これくらい平気じゃ……と言いたいがさすがにちっとばかし疲れたのぅ。儂を癒して欲しいのじゃ~勇ぅ~」


 なんて言いながら俺にしな垂れかかってくる安珠を、新野が腕を掴んでグイっと引っ張り寄せた。


「はいはい、代わりにあたしで我慢しなさい」

「むぅ、舞桜も来ておったのか……」


 新野に背中から抱きしめられた安珠は不満そうに頬を膨らませるが、なぜかすぐに心地よさそうな顔になった。


「むふぅ……。これはこれでアリじゃなぁ。柔らかくていい匂いがするのじゃ」

「あんたはちょっと汗臭いわよ。ちゃんとお風呂入ってるの?」


「シャワーは浴びてるんじゃが、鍛冶師とはそういう仕事じゃからのぅ」

「肌も荒れてるわよ。あんた最後にいつ寝たのよ」

「昨日じゃったか、一昨日じゃったか……。剣を打つのに夢中になってしもぅてあんまり憶えてないのじゃ」


 マジか、道理でやつれているはずだ。安珠が俺の剣を作るために頑張ってくれていたのは知っていたが、ここまで気合を入れているとは思いもしなかった。


「そんなに頑張らなくてよかったんだぞ……?」


「なぁに、半分趣味みたいなものじゃ。剣作りもなかなか奥深くてのぅ。父上にも手伝って貰いながら作ってたんじゃが、上手くいかないことばかりで久々に儂の職人魂が燃えてしまってのぅ。今日、ようやく試作1号が完成したのじゃ」


 ほれ、と安珠が顎で示した先、作業台の上に剥き身の剣が置かれていた。剣身は淡い緋色を帯び、一目で業物とわかる佇まいだ。


 手に持ち、剣身を指でなぞる。


 GWからまだ2週間と経っていない。その期間で初めての剣の鍛造をしたにもかかわらずこの出来栄えは、とてつもなく凄いんじゃないだろうか。採寸も俺が注文した通りに作られている。


 凄まじく良い剣だ。これで試作だったら、完成品はどうなってしまうのか。


「気に入ってもらえたようで何よりじゃ。……じゃが、肝心の魔力との相性が未知数でのぅ。今日はその確認をしておきたいと思ってお主を呼んだのじゃ」

「なるほど、そういうことだったのか」


 ちょうど新野が同行してくれて助かった。今後のことも考えると、俺の魔力のみを付与するより新野の魔力で炎属性の付与を試しておいたほうがいいだろうからな。


 さっそく俺たちは池袋ダンジョンに移動し、中層でイービルボアを相手に試し斬りを行うことにした。池袋ダンジョンの中層はDランク以上の立ち入り制限があるため、臨時で3人のパーティを組む。そうすることでEランクの安珠も中層に立ち入ることができた。


 俺と新野なら池袋ダンジョンの中層に生息するモンスターは問題なく対処できる。ただ、安珠が寝不足でふらふらしているのであまり長居はしないほうがいいだろうな。数匹倒したら引き上げよう。


 GW以来久々のダンジョン。そして新しい武器。心なしか気分が高揚している気がする。なんというか、新しいゲームを買ったときに似たわくわく感だ。


 中層に入ってさっそく近くに居たイービルボアに狙いを定める。安珠の試作したヒヒイロカネの剣は、イービルボアの皮と肉を容易く切り裂き骨までも断ち斬った。刀のような鋭い切れ味。安珠の持つ技術が惜しみなく注ぎ込まれているのだ。


「切れ味に問題はなさそうじゃの。次は魔力を注いでみるのじゃ」

「新野、頼む」

「わかったわ。〈魔力伝達〉」


 新野はネックレスにした指輪を握りしめ、そこに魔力を注ぎ込んだ。すると俺が右手の薬指に嵌めた指輪が徐々に熱を帯び始める。十分な魔力を新野から受け取り、俺はそれをヒヒイロカネの剣へ流し込んだ。


「〈魔力付与〉」


 淡い緋色だった剣身が灼熱の業火を思わせる深紅に染まっていく。刀の時よりも魔力の通りが良く、剣身の色も鮮やかだ。魔力を帯びた剣身は陽炎を揺らめかせ、軽く振るうだけで周囲に火の粉が舞い落ちる。


 ……もしかしたらアレが使えるんじゃないか?


 近くにあった岩に狙いを定め、剣を構える。距離はだいたい30メートルほど。普通に剣を振っただけでは決して届かない距離だが、


「――〈炎刃〉!」


 魔力を込めて振りぬいた剣の軌道に沿って、炎の刃が顕現し放たれる。炎の刃は狙い通りに岩に当たり、岩を粉々に爆砕した。


 なかなかの威力だが、剣身が元の色に戻っている。流し込んだ魔力を全て使い切ってしまったのだ。前世で使っていた時はカンストステータスで気にもしなかったが、今のステータスじゃ燃費の悪さがネックだな……。


「さすが儂の最高傑作じゃな。魔力との相性もバッチリじゃのぅ」

「ああ、予想以上だ。ありがとう、安珠。これならどんな敵とも戦える気がするよ」


「お主がさいこうの素材をよういしてくれたからのぅ。きたいにこたえられてよか……ったのじゃ……――」


 安珠は首をかくっと俯かせると、ふらりとよろめいて隣に居た新野に抱き留められた。


「安珠っ!?」

「……しー。安心して眠っちゃったみたいね。あんたが変に高品質なヒヒイロカネを持って帰ってくるから、きっとプレッシャーだったのよ」


「それで気合が入ってたのか……」


 安珠の厚意に甘えて大変な物を押し付けてしまったのかもしれないな……。救いは安珠の寝顔がとても満足感に溢れていることだろうか。


「ありがとな、安珠」


 新野から安珠を受け取り、負ぶってダンジョンを後にする。


 後日完成した剣の代金を、安珠が提示した額に色を付けて払ったのは言うまでもない。



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